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穏やかな日常を破る、その瞬間は突然訪れました。夕食の後、童磨がしのぶの足をマッサージしながら、いつものように穏やかな会話を楽しんでいた時のことです。
「……っ、あっ」
しのぶが小さく声を上げ、下腹部を押さえて動きを止めました。同時に、座っていたクッションに温かな液体がじわりと広がっていきます。
「しのぶちゃん!? どうしたんだい、顔色が……」
「……破水、しました。童磨さま、予定日より少し早いですが……生まれます」
しのぶの声は冷静さを保とうとしていましたが、その指先は微かに震えていました。これまでに何度も人の死や怪我に立ち向かってきた彼女でも、自分のお腹から新しい命が溢れ出そうとしている未知の感覚には、抗えない緊張が走ります。
「破水……! ああ、ついに……ついにか! 大丈夫だよ、しのぶちゃん。僕が、僕が全部やるから。落ち着いて、ゆっくり息をして!」
いつも余裕綽々な童磨が、この時ばかりは見たこともないほど狼狽し、部屋の中を右往左往しました。しかし、しのぶの苦しげな吐息を耳にした瞬間、彼の瞳に鋭い理性が戻ります。
「……ごめん、僕が焦ってどうするんだよね。よし、準備はできているよ。病院へ行こう」
童磨はしのぶを横抱きにし、羽毛のように軽く、けれど決して落とさないよう力強く抱きかかえました。車へ向かう間も、彼は何度も彼女の額に口づけを落とし、安心させるように囁き続けます。
「大丈夫だよ、しのぶちゃん。僕がずっとそばにいる。君の痛みも、不安も、全部僕が半分……いや、全部引き受けてあげたいくらいだ」
「ふふ……それは無理ですよ、お父様。……でも、あなたの手が温かくて……少し、安心しました」
病院の分娩室に入ると、しのぶの陣痛は次第に間隔を狭め、激しさを増していきました。
額に玉のような汗を浮かべ、枕を強く握りしめるしのぶ。童磨は彼女の傍らに跪き、その手を片時も離さず、力強く握りしめていました。
「しのぶちゃん、上手だよ。深呼吸して。……そう、上手だ! 頑張れ、あと少しで僕たちの宝物に会えるんだ!」
童磨は、しのぶの痛みを和らげるように、空いた手で彼女の腰を絶え間なく擦り続けました。かつては人を傷つけるために使われたその強靭な力が、今はただ一人の女性を支え、新しい命を導き出すための慈愛に満ちた力へと変わっていました。
「う……っ、ああぁっ! ……童磨、さま……っ!」
「ここにいるよ、しのぶちゃん! 離さない、絶対に離さないからね!」
しのぶが彼の名前を叫び、繋いだ手に指が食い込むほどの力を込めたその時。
静まり返った室内を突き破るように、力強く、瑞々しい産声が響き渡りました。
「……生まれた……」
童磨の声が震えていました。
看護師に抱き上げられた、自分たちの血を分けた小さな命。赤ん坊の泣き声を聞いた瞬間、しのぶの目からは堰を切ったように涙が溢れ出しました。
「お疲れ様、しのぶちゃん……。ありがとう、本当にありがとう……。君は、世界で一番強いお母さんだ」
童磨は、汗と涙で濡れたしのぶの顔を優しく包み込み、深い感謝を込めて口づけました。
産声が響く部屋の中で、二人は新しい命の誕生を喜び合いながら、これまで以上に固く手を繋ぎ合っていました。かつての宿敵同士が、今、完全な「家族」になった瞬間でした。