テラーノベル
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彼女とホテルの前で──俺的には一生の──別れを告げ、春風の強さを感じながらも、静かだと感じる帰路。ふと2人分の全力で駆ける足音と奥の方で怒声が背後で聞こえる。
「っちょ、お兄さんっ!」
不意に箱から煙草を取り出した右腕を捕まれ、咄嗟に振り返ると真っ先に目に入ったのは昇り始めの朝日に照らされてキラキラと艶めく明るい茶色と揺らぐ瞳。こちらを見上げる顔はまだ少しだけあどけなさが抜けきれていなくとも端正なものだった。
「………何?」
その更に向こう側に目をやると、少し先からいかにもな感じの男が尚もこちらへ駆けてきたが、俺の顔を視認すると徐々にその脚が速度を落とし、やがて止まった。よく見たら手癖が悪いと密かに噂されていた店の黒服で。
「れ、レンさん!?おっ…おはようございます!」
「おはよ。…何やってんの、こんな時間に。」
「そのガキが色目使って俺の金を…!」
「いやちゃうやろ!アンタが金はあるからって急に、」
いつの間にか後ろに回っていた男が、俺を挟んで黒服とぎゃいぎゃい騒いでいる。…朝からうるさいな、何時だと思ってんだよ…。
面倒なことに巻き込まれた、と眉根を寄せて空を仰ぐ。ふと黒服の手元に目をやると、その黒い鞄を凝視した。
「──待って。お前、何で店の売上金のバッグそのまま持ってんの?」
「あっ…これは…!」
「それって夜間銀行に、…え、ていうかさっき『俺の金』って言ったよね?」
鞄を隠すように背中に回し、分かりやすくどぎまぎしだす愚かさ全開な彼に全てを察し、《あー…なるほど。》と俺は誰にも聴こえないように声を漏らした。
「お前もう明日から、…じゃなくて今日か。来なくていいよ。」
「「えっ?」」
前後で張り上がる2つの驚きの声。いや、何で後ろのコイツまでビックリしてるわけ?若干の疑問が浮かぶ中、口早に黒服へと言葉を畳み掛けた。
「こっそり少しずつ金くすねて遊んでるっていう噂は店内には出てるけど、これはさすがにやり過ぎ。…街中に広まる前に『あの人』には一身上の都合で自主退職ってことで言っとくから。ホントのこと知れ渡って警察に突き出されるか誰かに後ろから刺されるかの前に、直ぐに雲隠れした方がいいよ。」
「レンさん!すみませ──」
「うるせぇって。早く売上金返してどっか行けよ。」
言い分も許さないまま、今日のストレスをぶちまけるように凄めば、言葉を詰まらせて謝罪ひとつなく当てつけのように鞄を叩き落とし、大通りへと逃げていく。その様をぽかんとしながら未だに見ている男は、尚も上げられたままの俺の腕を掴んで離さない。
まるで気付いていない彼に見せつけるよう、その手に持った煙草を口に咥えて空いた手で火を点けたが、鈍感なのか俺のその様子に目を移していた。
「………いい加減この手離してくれる?」
「、あ。すんません。」
漸くぱっ、と解放された腕。下りた血を巡らせるように軽く振りながら、最早職業病が相俟って改めてその男の姿を上から下まで分析するように眺める。
印象的な鼻のホクロ、顔の小ささ…うん、店に居たらいいとこまで行くかも。服のブランド、は…ファッションは好きなんだろうけど、まあこの辺でそれなりにバイトしてる大学生くらいか。脚の長さと、…ん?俺より靴デカくね?
僅かな沈黙の中で、結果まじまじと見てしまっていたことが気まずかったのだろう。彼はちらちらとこちらの様子を伺いながら口を開いた。
「その…ありがとう、ございました。」
「別に。うちの『元』従業員が何かやらかしたみたいでごめんね。それじゃ。」
「あ、あの!」
経緯が分からないままの謝罪もそこそこに、鞄を拾い上げて彼の隣を通ろうとしたその時、両手を拡げてずいっと前を阻まれた。
「何?俺さ、今疲れてるから早く帰りたいの。」
「その、お礼を──」
「今言ってくれたでしょ?それでいいよ。君のためにやった訳じゃないし。」
「でも、ちゃうくて、」
「君もちょっとしつこいな…じゃあ貸しってことでいいよ。まあ、もう会うことないと思うけど。連絡もしなきゃだから…もういい?」
あの女と言い、元黒服といい、目の前のコイツといい…もうなんなんだよ。
立ち上る苛立ちが止まらない。忙しさを象徴するようにスマホを取り出して連絡先一覧を開けば、そこでおずおずと障害物が横へずれこみ、目の前の視界が広くなる。じゃあね、の言葉だけを置き、スマホを耳に当てる。足早に歩を進めると通信音が途切れ、目的の人物の声が聞こえ、
『──めめ?お疲れー。こんな時間にどうしたの?』
「お疲れ様です。…リョウさん、その呼び方マジでやめてって言っ、」
『めめ今日アフター入ってたよね?何かトラブル?』
「……まぁ、はい。今日のアフター自体ではな…いや、それは後で話します。電話したのはアフターの後にたまたま遭ったことなんだけど、──…」
思ったより早く繋がった上司兼先輩との業務連絡の通話に集中した。
「…貸し、ね。──レン…?なんかどっかで見た顔やったな。」
そう1つの記憶を辿りながら、ぽつりと呟いた彼の呟きが届くことないまま。
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