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約束の日。
少し早めに着いたカフェで、ないこは窓際の席に座っていた。
(……大丈夫)
そう思おうとしても、
指先は無意識にカップをいじっている。
「お、待たせたな」
「ないちゃん、久しぶり!」
二人が来て、ないこは小さく頭を下げた。
「……こんにちは」
会話は、前よりも少しだけスムーズだった。
天気の話、最近のこと、
まろがいないからこそ出る軽い話題。
しばらくして、
「なぁ、ないちゃん」
「まろちゃんのことさ…どう思ってるん?」
あまりにも自然な聞き方だった。
だから余計に、胸の奥が詰まる。
(どう、思ってる)
好き。
恋人。
大事。
どれも、言葉としては知っている。
でも、自分の感情に当てはめようとすると、
どこか引っかかる。
ないこはすぐに答えられなかった。
視線を落として、
テーブルの木目を見つめる。
「……わからない」
やっと出た声は、小さかった。
「そっか」
それだけ言って、続ける。
「無理に答え出さなくてもいいと思うよ!」
「……大事、なのは、たぶん、」
言葉を選びながら、ゆっくり。
「一緒にいると…落ち着く、かな?
怖いことがあっても、帰る場所、みたいな」
それ以上は、続かなかった。
自分でも、
それが“恋”なのかどうか、判断がつかない。
「それで十分ちゃう?」
「いふくん聞いたら、めっちゃ喜ぶよ」
その言葉に、ないこは慌てて首を振る。
「……言えない」
「やろな」
答えられなかった。
でも、逃げなかった。
それだけで、
今の自分には十分だった。
カフェを出るとき、
胸の奥が少しだけざわついている。
まろのことを、
“どう思っているか”。
その問いは、
ないこの中に静かに残り続けていた。
まだ、答えは出ないまま。
でも。
考えようとしている自分が、確かにいた
家に帰ると、部屋は静かだった。
靴を脱いで、灯りをつける。
いつもと同じはずの空間なのに、
今日は少しだけ、落ち着かない。
ソファに腰を下ろしても、
頭の中に残っているのは、昼のあの一言だった。
まろちゃんのこと、どう思ってるん?
(……どう、思ってる)
考えようとすると、
胸の奥がざわつく。
好き、という言葉は知っている。
恋人、という関係も理解している。
でも、自分の中にそれがあるのかと聞かれると、 途端にわからなくなる。
一緒にいると、安心する。
何も話さなくても、苦しくない。
触れなくても、離れていかない。
それは確かだ。
でも、それが“感情”なのか、
ただの依存なのか、
まだ区別がつかなかった。
スマホが、机の上で小さく震える。
まろからのメッセージ。
『帰った?』
短い文なのに、
胸の奥が、少しだけ緩む。
『うん。』
そう返して、
画面を閉じる。
(今、あの質問のこと聞かれたら)
答えられない。
きっと、言葉に詰まる。
だから、
何も聞かれないことを、少しだけ願ってしまう。
ベッドに横になり、天井を見る。
まろの声。
背中。
手の温度。
一つ一つを思い出すたびに、
胸の奥が、わずかに痛む。
(……大事、なんだとは思う)
それだけは、嘘じゃない。
でも、それ以上を言葉にしようとすると、
まだ、怖い。
感情を持つことは、
失う可能性を持つことだから。
目を閉じる。
今日、逃げなかった。
答えは出なかったけれど、
向き合おうとはした。
それだけで、
今夜は十分だと、自分に言い聞かせる。
眠りに落ちる直前、
頭に浮かんだのは、まろの背中だった。
その後ろ姿を、
手放したくないと思ったことだけ