「あっ、お帰りエトワール。お話終わった?」
「お話って……そこまで、たいしたことじゃなかったけど」
「そう?てっきり、帰ってこないと思ってた」
「何でよ」
「だって、皇太子殿下と、エトワールってそういう関係でしょ?だったら、そのまま……」
何を言うか分かったので、私は、ラヴァインの額にデコピンを喰らわせた。「痛っ」と、ラヴァインは額を抑えつつ、私を目で追うと、からかいすぎたと分かったのか、謝ってきた。それはもう、媚びるように。
「ごめんって。でも、そう考えるじゃん。だって、時間が時間だし」
「色々あったの。アンタが思うようなことにはなってないし、まだ結婚式とかあげてない。婚約の状態」
「えー、お堅いなあ」
「堅いって……はあ、アンタと話してると頭が痛くなりそう」
私は、軽くあしらって部屋に戻ろうとしたが、ラヴァインが私を帰らせてはくれなかった。
「頭が痛いって、酷いなあ。俺何もしてないじゃん」
「……」
「何か言ってよ。無言は怖いんだって」
と、ラヴァインはしゅんと眉を下げていってくる。そんなに構われたいのか、此奴は、と呆れて物も言えなくなってしまった。こんな性格だったのか。はたまた、私に甘える術を見つけたのか分からないけれど、どうにも年下属性には弱い私は、ラヴァインを許してしまう。
思えば、年下に弱いというのは、グランツから始まって、そうして、トワイライト、ラヴァインと、すっかり懐かれてしまった。子供が好き、と言うわけじゃないけど、何というか、ラヴァインとか、圧倒的年下ていうのに弱いのかも知れない。
(グランツ……は)
全員タイプは違うんだけど、ふとあの頃の従順(今も従順というか、騎士魂的なものはあるんだろうけど)なグランツの事を思い出すと、胸の奥がキュッとなる感覚に陥る。未だ彼は眠ったままで起きない。いつ起きるのかな、ずっとこのままなんじゃと心配になってくる。この世界の医療はそこまで発達していない。でも、魔法でどうにかなっている部分もあって、魔道医師がグランツの状態を見ていてくれるらしい。色んな役職があって、あっちの世界と比べてしまいそうになる。便利と言えば便利だけど、若干、あっちの機械的な数値と比べて、疑いはある。
「また、何か考え事?」
「ああ、ごめん。というか、ラヴィは何で私にそんなに引っ付いてくるのよ」
「エトワールが好きだから」
「聞かなかったことにする」
聞けば、こういう回答がかえってくることぐらい分かっただろうに、聞いてしまった私はバカだと思った。それは良いとして、私はすぐに相手に感情というか考えていることが読まれるから、ここは気をつけないとと思った。また、悪い奴に騙されたらとか考えると、恐ろしくなるから。
「まあ、それは置いておいて。何か、いくときよりも顔色悪くなってるから、心配してるんだけど。これは、本心」
そう言って、ラヴァインは私の進行方向を塞いだ。数日後に、ラジエルダ王国に行くというのに、そんなので良いのかと、ラヴァインは言いたいらしい。私だって、この調子でいって大丈夫なの勝手言うのはあるけれど、約束した手前、裏切ることは出来ない。
「眠いから、部屋に帰って寝ようとしてるんだけど、退いてくれない?」
「さっきの話し合いで何かあった?」
「アンタに関係ある?」
「ある」
と、即答してきた。
ラヴァインには何も関係無いんだけどな、と私は目線を逸らす。長い廊下が続いているだけで、たいして、景色は変わらない。ラヴァインを巻く事なんて、ここじゃ出来やしないことぐらい分かっていた。だからこそ、どう、言いくるめるか考えて、私はラヴァインを見る。
濁りのない満月の瞳を見ていると、全てを話したくなったが、彼を心配させるわけにもいかないと思って口から言葉が出ない。
(ラヴァインを心配って、此奴心配すること何てないでしょう)
ラヴァインが人のことを心配するって、それこそ、天と地が引っ繰り返ってもないと、私は思っているが、今のラヴァインじゃあり得て強い舞うのが恐ろしいところだ。
「何かされたわけじゃないんだよね」
「リースのこと疑ってるの?私の恋人なんだけど」
「そうだけどさ、彼奴なんか鼻に作って言うか、上から目線って言うか」
「皇太子だし、上に立つものとして、気を張ってるだけ。それに、リースからしたら、皆下々じゃん。いずれ、皇帝になる人だし」
この返し方があっているかどうかは置いておいて、ラヴァインは頬を膨らませていた。私の調子が悪いのは、リースが私に何かを言ったからだと勘違いしているようだった。それは、大きな勘違いだ。逆に、リースが私に会ったことで、さらに頭を抱えていると言っても過言ではない。
(なんて、ラヴァインは気づかないだろうけど)
言うつもりもないし、記憶を忘れている彼からしたら、どうでも良いことだと私は思っている。
「でも、エトワールの顔が暗いのは気になる。俺には言えない事?」
「……いっても仕方がないことだから」
「俺、エトワールの力になりたい」
ラヴァインはそう言って私の手を握った。行動が急すぎると思うと同時に、そんなこと言えるんだ此奴とまた冷めた目で見てしまうのは許して欲しい。私は、手を振り払おうとしたが、力が強くて、振り払うことが出来なかった。何で、そんなに私に構うのだろうかと。
(このままじゃ、八つ当たりしちゃいそうだから、私も感情を抑えないと)
リースの言葉が頭の中にまわって仕方がない。私みたいな人間がラジエルダ王国に潜んでいて、悪さをしようとしていて。それが、もしかしたら、私かもみたいな話が出ていて。
(ダメだ、考えるだけ思考が鈍くなる)
「エトワール」
「……アンタの兄がいるかどうか分からないけど、ヘウンデウン教の残党がいるってそういう話をしてきたの。もう、混沌は眠りについたし、大丈夫だってそう思ってた……でも、ヘウンデウン教の残党が、まだラジエルダ王国にいる。それで、不安だったの
「そう……ヘウンデウン教って、悪い奴らのことだよね」
と、ラヴァインは言う。
どの口が言うのだと、自分がその教団にはいっていたという事実さえ忘れている彼は、ある意味無敵だったかも知れない。だから、そう他人事のように言えるんだと。
疲れているせいか、何を言われても反発してしまいそうになって、私は口を閉じる。ラヴァインにぶつけても仕方がないのだ。彼は何も悪くない。今回のことに関しては、だが。
「ああ、俺分かったかも。エトワールが俺の事避けてる理由」
そう、唐突にラヴァインは声を上げた。そして、何かを本当に分かったように、私から距離をとる。私が、怖がらないように、そんな配慮な気がした。
「何?」
「俺、もしかしなくても、そのヘウンデウン教にはいってたんじゃない?」
「……」
「そして、エトワールの敵だった。だから、エトワールは俺の事を信じてくれない」
「……」
「そうでしょ?違う?」
と、ラヴァインは聞いてきた。ここで、本当のことを言って良いのか、でも、嘘をつく理由もないし、と私はラヴァインを見る。ラヴァインは大丈夫だから、言ってよとでも言わんばかりに私を見つめてきた。何で、彼はそう兵器でいられるのだろうか。嫌われることにも慣れているような、そもそもに、愛されることを望んでいないような顔に。諦めてしまったような顔を見ていると、辛くなった。
まだ、全然闇魔法の人達と会話をしたことがないし、そういう人達がどんな風に生きているか知らないけれど、その顔が、同じく闇魔法を使っていたアルベドと重なってさらに苦しくなる。
「アンタは、自分で言っていて辛くならないの?」
「何のこと?」
「嫌われているとか、殺意を向けられているとか。そういう感情向けられて怖くないのかって聞いてるの。アンタは……」
「多分、俺そういう感情小さい頃に捨てちゃったんだと思う」
ラヴァインはにこりと笑った。
笑えないことをいっている。何を言っているのか分からない。
それは、私と同じように? 私が、両親に愛されることを諦めたように。他人に自分の趣味を理解して貰うことを諦めたように。ラヴァインも諦めた人間なんだろうか。
「そんな顔しないでよ。まあ、俺を嫌っているっていう理由も分かったし、俺は、これからエトワールに近づかないことにするよ」
「何で」
「何でって、エトワールが嫌がったんじゃん。俺の事。それに、トラウマってさ、抉られるの嫌じゃん。痛いのも苦しいのも嫌だって、辛い辛い辛いっていって生きていたくないじゃん。だから」
と、ラヴァインはひらひらと手を振って私に背を向ける。
本気で、私と関わらないようにする気だろうか。あの、ラヴァインが? 信じられない。と、そう思っていても、彼の小さくなっていく背中を見て、現実なんだと思うようになってきた。
私が、ラヴァインとのあいだに壁を作ったせいで、彼を傷つけてしまったのではないだろうか。彼は、慣れて閉まったと云っていたけれど、慣れることなんて出来ないのでは無いかと。
私は、またしくじったなあ、とラヴァインの消えた廊下で思った。
それでも、ラジエルダ王国に行くことは決定事項で、今更辞めたなんて言えない。それに、矢っ張り私はアルベドの事が気になって仕方ないのだ。
(少し、不安だけど……)
同じ髪色の女性がいること、ヘウンデウン教がまだ何かしようとしていること。あの非人道的な教団だから、またよからぬ事をしているのではないかと、考えれば考えるほど恐ろしくなってきた。
私はギュッと拳を胸の前で握って、何もないことを祈ることしか出来なかった。
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