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「エトワール様、昨日はよく眠れましたか?」
「え、ああ、まあ……うん。気にしてくれて、ありがとう。アルバ」
「いえ。当然のことなので」
少し前屈みになって私の顔を覗き込んだアルバに、私はハッと意識を戻して、微笑んだ。上手くだませたのはよかったが、良心が痛む。
予定通り、ラジエルダ王国行きの船は出航したわけだが、朝から頭痛が酷いのだ。偏頭痛のような物にも感じるが、寝ているときも違和感を感じて、どうにも寝付けなかった。今日という日が近付いてくるにつれて、その頭の痛みは増していき、まるで、今日、不吉なことが起きるとでも予見しているかのように。
でも、アルバの前では、気を張っちゃって、見栄張っちゃって、大丈夫だと言ってしまった。アルバは、心配しながらも深くは突っ込んでこなかった。それはありがたかったし、今は人と話す気分ではなかったのだ。
「聖女さま」
「ルフレ珍しい……何?」
「珍しいって、何さ。僕だって、聖女さまに話しかけに行くことぐらいあると思うけど?というか、話し掛けちゃダメなの?」
と、頬を膨らまして、私の隣にやってきたルフレは私を見上げる。
ダメじゃないけど、珍しいというのは本音だった。
この船には、アルバと私、ラヴァインと双子、ヒカリと沢山の人が乗っているが、まあ、私の分かる範囲で名前を挙げるとするならそれぐらいだろう。ヒカリはこの間からそうだったが、ラヴァインにそこまで興味を示していなかった。ヒカリも元、ヘウンデウン教の一員で……まあ、強制敵に入れられていただけだから、自分の意思じゃないのでカウントはしないが。なので、ラヴァインのことを知っているかと思っていたが、どうやら、彼女を操っていたのはラヴァインではないらしい。上司と元部下という関係になるかと思えば、ヒカリ曰く、ラヴァインも関与していたが、自分を操っていたのは、もっとたちの悪い人間だと。
今になって思えば、その人物が誰かすら思い出せないとヒカリは言っていた。ラヴァイン曰く、そういう魔法がかけられているのでは無いかとのこと。本当に、魔法って便利だと思う反面、何でも出来てしまうことに恐怖すら感じる。
けれど、まだそのヒカリを操っていた人間がいるとするなら、要注意人物と言うことになる。ラヴァインが記憶を取り戻した後、どちら側につくかによって、またそれも変わってくるだろうけど。
「それで、何のようだった?」
「聖女さま、彼奴と喧嘩した?」
「彼奴って……?ああ、ラヴィのこと」
ルフレくいっと顎であっちを向けというように言ってきた。私は、そんな横暴な態度に呆れつつも、彼の視線の先をたどれば、そこには、ルクスと仲よさそうに話すラヴァインの姿があった。
ルフレの言うとおり、私は、この間の事があってから、ラヴァインに避けられている。絡まれなくなったという意味ではよかったのかも知れないが、いきなり絡まれなくなったため、物足りさを不本意ながら感じている。彼は、以外と律儀なのか、一度いったことは、自分のいったことは守る主義のようだ。だが、ラヴァインは誤解をしている。
(別に嫌いじゃないし、今はそんなに怖いとか思っていないけど……)
ラヴァインは私に嫌われていると、それが敵だったから、自分を避けていると思っていたらしい。まあ、そうなのだが、今のラヴァインは別に嫌いじゃない。そう、私が伝えていれば変わっていたかも知れないが、すれ違いの中、こんなことになっている。
「別に、喧嘩なんてしてないわよ」
「じゃあ、何で」
「何でって……あっちが、一方的に避けるって言いだしたから、かな?」
「何それ」
何故、ルフレが私とラヴァインの関係について気になったのか理解できなかったが、ルフレは、納得いかないというように口を曲げた。
でも、ルクスとラヴァインが楽しそうに話しているところを見て、ああ、なるほどな、と、私は理解する。
「もしかして嫉妬?」
「し、嫉妬じゃないし。ルクスが、彼奴と仲良くしていようが、関係無いし。彼奴が、危ない奴だからって、気になるだけだし」
「だから、私の側にいさせたいって事?ラヴィの相手をしろと?」
「……う、違う。そうじゃなくて」
「混ざってこれば良いんじゃない?」
私がそういえば、ルフレは、俯いてしまった。
大体予想は出来ていたが、ルフレは、ルクスがラヴァインにとられてしまって焼き餅を焼いているのだろう。こう見えて、ルフレとルクスはブラコンで、拗らせていた時期があって、未だに拗らせているんだろうが、ブラコン。だからこそ、自分のものだと思っているルクスがラヴァインと仲よさそうに話しているところを見て、焼き餅を焼いたのだと。そういうことだろう。
別にそこまで心配しなくてもいいのにな、と私は思うが、ルフレは気が気でないようだった。多分、ルクスはラヴァインへの興味から話しかけに行っているだけだし、大切なのはルフレの方だから、心配しなくてもいいと思うけど。でも、それがルクスにとって嫉妬に繋がる物で。
(まあ、可愛い感情だからいいけど)
子供の抱く感情だし、と思いながら、私はフッと笑う。それを、よく思わなかったのか、ルフレはムスッとした顔で私を見ていた。
「僕真剣なんだけど?」
「分かってるって。でも、大丈夫だよ、きっと。ラヴァインが珍しいだけで、ルクスのことだしすぐ飽きるでしょ」
「ま、まあ、そうかもだけど」
「あと、私とラヴィのことは気にしなくて良いから。どうせ……」
「どうせ?」
私は言葉を詰まらせる。
記憶が戻ったら、私の元から去ってしまうのでは無いかと思った。私は彼を置いて、井本を救うために行動したけど、置いていかなければよかったなとか、いなくなるって分かっていたら、一緒にいたのに、とか思って、胸が締め付けられた。きっと、そんな兄の弟だから、ラヴァインは私をからかうだけからかって、姿を消すんじゃないかと。そう思ってしまった。
「聖女、さま?」
「何?何かまだあるの?」
「う、うん。聖女さま、悲しい顔してるから」
「悲しい顔?」
「うん」
と、ルフレは頷く。悲しい顔なんてしていないのになあ、何て思いつつ、言われたら自覚してしまうような気がして、私は首を横に振った。不安になる事ばかり考えても仕方ない。今は、目の前のことに集中しないとと。
まあ、目的は、ラヴァインの記憶を取り戻すことなんだけど。
「ルフレ達は、観光みたいな目的でついてきたんでしょ?」
「観光って、僕達の船に乗らせて貰ってるのに、何さ、その言い方」
「ま、まあ、そうなんだけど!私は、理由あって来てるんだから。観光とかじゃなくて、もっと大切な!」
ルフレにどう説明すれば良いものかと、私は悩んでいるうちに、ラジエルダ王国が見えてきた。あの時は、豪雨で嵐で、全く前が見えなかったけど、澄んだ空の下、見えたラジエルダ王国は美しい緑に囲まれていた。島国でありつつも、かつては栄えていたらしいし、その面影がある。
「すっごい!」
「楽しくなってきた?」
「そ、そんな子供っぽくないし。聖女さま、馬鹿にしてるんでしょ」
ルフレをからかってやれば、すぐに思った通りの反応が返ってきて楽しかった。彼をからかうのは、楽しい。だって、いつもからかわれてばかりだから、やり返してやりたいって気持ちは多いにある。
ルフレは、挑発されるのは慣れていないのか、すぐにムキになって返してくるところが可愛い。まだまだ、子供だって癒やされる。元の、彼らの設定を見なかったことにすれば。
「エトワール様、そろそろつきますので、準備を」
「あ、ありがとう。アルバ」
「じゃあ、私は先に降りて説明をしてくるから」
私は、そうルフレに言って手を振りアルバのあとをついて行く。説明というのは、何故今日ラジエルダ王国を訪れたのかとか言うそういう説明だ。一応、現地の騎士達には説明が言っているだろうが、もう一度念のためという奴である。あと、誤解を招くといけない事があるので。
「エトワール様、手を」
そう言って差し出されたアルバの手を取りながら、無事着陸する。潮風が気持ちよくて、カモメの鳴き声が近くで聞えた。ラジエルダ王国は、ラスター帝国と同じで復興途中である。ゆくゆくは学者や魔道士、それから追いやられたラジエルダ王国の生き残りや、移民を受け入れられるほどの島にしたいと思っているらしい。そのためか、港はかなり整理されているような気がする。前来たときは、ボロボロで磯臭くて目も当てられなかったし。そもそも、着陸できるほどの場所がなかったから。
私は、ひとまずここにいる騎士達に挨拶をすることにした。勿論、あの紅蓮の男も連れて。
「聖女様、船旅お疲れ様です」
騎士達は一斉に敬礼をし、私とアルバの前に並ぶ。こういうのになれていない生で、苦笑いしか出来なかったけれど、彼らは別に私の顔なんて見ていないだろうと、思うことにして挨拶を返す。
船を出してくれたのは、皇宮じゃないし、最も感謝というか、敬礼すべきはダズリング伯爵家の者だろうけど。
そんな風に思っていると、騎士達の様子が一変する。私の後ろから現われた男に対して、顔色を変えたと言っても良い。
「ああ、えっと、説明がいっていると思うけど、今回ラジエルダ王国にわざわざ来たわけは……」
「ラヴァイン・レイ」
騎士達の顔が一気に険しくなった。それはもう、殺意むき出しというように。そんな殺意を一気に受けても、ラヴァインの顔はピクリとも動かなかった。それが、当たり前であるかのように、受け入れて、私の横に立つと、騎士達の顔を順番に眺めた。
「ええっと、だから、えっと」
「言いたいことがあるなら、直接いいなよ。腰抜け共が」
その一言で、ラヴァインの一言で、さらにこの場は冷えかたまった。吹雪の中に居るようだった。
その原因を作ったらヴァインは、フッと口角を上げて、見下すように笑っていた。