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昨夜の出来事は、すべて夢だったのではないか。
そう思いながら目を覚ました私の前に置かれていたのは、信じられないほど愛らしい「制服」だった。
「……これ、私が着てもいいのでしょうか」
それは私の知っているメイド服とは程遠いものだった。
幾重にも重なったフリル、上質なレース、そして淡い桃色の布地。
実家の異母姉様が着ていたお出かけ着よりも、ずっと丁寧な刺繍が施されている。
恐る恐る袖を通すと、生地の柔らかさが肌に心地よくて、それだけで泣きそうになった。
「おはよう、ラヴィ。……おや、想像以上に似合っているね。まるで春の妖精が迷い込んできたようだ」
階段を下りると、ディオール様が眩しいほどの微笑みで迎えてくれた。
朝の光を浴びた黄金の髪がキラキラと輝いていて、私は思わず目を逸らしてしまった。
自分のような存在が、この輝きの中に混ざっていいのか不安だったから。
「あ、あの……こんなに素敵な服、私には勿体ないです。汚してしまったら、一生かかっても弁償できません……」
「大袈裟だね、服は汚れたら洗うだけだよ。さあ、まずは朝食にしよう。しっかり食べないと、街歩きで疲れてしまうからね」
案内されたテーブルには、湯気を立てる焼きたてのパンと、瑞々しい果物、そして温かいスープ。
「仕事の一環」だと言い含められた私は、戸惑いながらもそれらを口にした。
冷え切っていたお腹が温まるにつれ、心までじんわりと解けていく。
「さて、腹ごしらえも済んだところで。ラヴィのメイドとしての『備品』を買いに行こうか」
ディオール様はそう言って、当然のように私の手を取った。
その手つきは驚くほど優しく、指先が触れるだけで心臓が跳ねる。
屋敷の外、王都の賑やかな大通り。
そこは、かつての私にとって「石を投げられる場所」であり、「誰かの陰に隠れて歩く場所」だった。
けれど、隣にディオール様がいるだけで、景色が全く違って見える。
「ラヴィ、あっちのお店に行ってみよう」
彼は人混みから私を庇うように、さりげなく腰に手を添えてエスコートしてくれる。
すれ違う人々が「なんて素敵な騎士様と、可愛らしいお嬢さんだ」と囁くのが聞こえて、私は真っ赤になって俯いた。
私なんて、本当は泥だらけの惨めな女の子なのに。
靴屋では、彼は自ら膝をつき、私の足を手に取った。
「あ、あの! 私なんかの足を触らないでください……汚いです……っ」
「汚いなんて、一度も思ったことはないよ。ほら、この靴はどうかな?君の柔らかな足にぴったりだと思うんだけど」
彼が選んでくれたのは、歩きやすそうな、けれど繊細な装飾の施された革の靴。
装飾品店では、私の瞳の色と同じ、深い紫色のリボンを手に取り、私の髪に当てて微笑む。
「やっぱり思った通りだ。君の瞳の色は、どの宝石よりも深い輝きを秘めているね」
「備品」とは名ばかりの、私への贈り物の山。
買い与えられるもの、注がれる優しい視線、大切に扱われる手触り。
その一つ一つが、私のボロボロだった心に染み込んで、溢れ出した。
「ディオール様……あの、もう十分です。これ以上は、本当に……」
「おや、まだ靴とリボンを選んだだけだよ?もしかして、困らせてしまったかな。ごめんね」
彼は優しく笑いながら、私の頬を包み込んだ。その指先の熱が、あまりに心地よくて。
「……っ…い、いえ!その…人間の、女の子として扱ってもらえるのが、新鮮で……こんなに良くして頂いていいのかなって…」
気づけば、抑えていた言葉が溢れていた。
「ご、ごめんなさい。ただの買い物なのに、浮かれてしまって……。私みたいな出来損ないが、こんな風に人間らしく扱ってもらえるなんて思わなくて…ただのメイドなのに、図々しいですよね……っ」
恥ずかしさと申し訳なさで、私は精一杯小さくなって肩を震わせた。
嫌われてしまっただろうか。
重いと思われただろうか。
けれど。
次に感じたのは、私を壊れ物のように抱きしめる、彼の腕の強さだった。
「……ラヴィ」
ディオール様の声が、耳元で熱く、深く響く。
「君は出来損ないなんかじゃない。これからは、自分を卑下する言葉は禁止だ。君が笑ってくれるなら、私はこの街のすべてを買い与えてもいいと思っている。……それくらい、君には価値があるんだよ」
彼の大きな手が、私の背中を優しくあやすように撫でる。
「それに、浮かれてもいいし、ラヴィは可愛いんだよ。可愛い子には笑顔がいちばんだ」
その碧眼に宿る、圧倒的なまでの庇護欲と慈しみ。
私は真っ赤な顔のまま、震える手で彼の騎士服の裾をぎゅっと握り返した。
(どうしよう…この人のそばに、ずっといたい……)
初めて抱いたその願いが、私の新しい人生の始まりだった。