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エリオットは、そのままカウンターへ向かう。
足取りは変わらない。
だが、視線だけがまっすぐにあの男を捉えている。
マフィオソは、最初から分かっていたように微かに笑った。
「戻ってきたか」
「……ああ」
短く返す。
周囲には客の声。皿の音。
だが、この一角だけが妙に静かに感じる。
エリオットはカウンター越しに立ち止まる。
「続きを聞かせろ」
単刀直入。
マフィオソはわずかに首を傾ける。
「何の話だ?」
「とぼけるな」
間を置かずに返す。
「“どこまで彼なのか”ってやつ」
その言葉に、マフィオソの目がわずかに細まる。
「いいだろう」
ゆっくりとした声。
「だが――ここで話す内容ではない」
「ここでいい」
「周りが騒がしい」
「関係ない」
即答。
マフィオソは一瞬だけエリオットを見つめる。
それから、ふっと笑う。
「強いな。……いや、違うか」
「何が」
「逃げ場を消している」
その指摘に、エリオットの眉がわずかに動く。
「……勝手に分析するな」
「事実だ」
さらりと返す。
マフィオソはカウンターに肘をつく。
わずかに身を乗り出す形。
距離が近い。
「君は、自分で気づいている」
低く、落とすように。
「“あの男”だけでは足りないと」
一瞬。
時間が止まる。
「……は?」
「満たされていない」
言い切る。
「だから、こちらを見る」
エリオットの視線が鋭くなる。
「……違う」
「違うか?」
間を詰めるように、さらに言葉が重なる。
「ではなぜ、ここに戻ってきた」
「……」
答えない。
答えられない。
マフィオソはその沈黙を肯定と受け取る。
「ほら」
わずかに笑う。
「やはり、似ている」
「誰にだよ」
「彼に」
即答。
その一言が、妙に重く落ちる。
エリオットは小さく息を吐く。
「……お前、チャンスの何なんだ」
今度ははっきりと聞く。
逃がさない形で。
マフィオソは、少しだけ視線を逸らす。
懐中時計のチェーンが、わずかに揺れる。
「昔、同じ場所にいた」
「それだけか」
「それ以上でも、それ以下でもない」
曖昧な答え。
だが、その奥に何かがあるのは明らかだ。
「……逃げてるな」
エリオットが言う。
マフィオソは微かに笑う。
「お互い様だろう」
沈黙。
店の音が、少し遠く感じる。
「……あいつが言ってた」
エリオットがぽつりと落とす。
「関わるなって」
マフィオソの目が、わずかに揺れる。
「そうか」
「聞く気はないけど」
間を置かずに続ける。
マフィオソはその言葉に、はっきりと反応した。
「いい選択だ」
低く、愉快そうに。
「では――少し教えてやろう」
指が、カウンター越しに伸びる。
触れる直前で、止まる。
「君は」
ゆっくりとした声。
「彼の“外側”だ」
「……は?」
「だが同時に、“内側”でもある」
意味が通らない。
だが、どこかで理解してしまう感覚。
「彼は、自分のすべてを見せない」
「……」
「だが、君には触れさせている」
距離が、さらに近くなる。
「だから君は、彼を“全部見た気になる”」
囁き。
「――だが、それは違う」
エリオットの呼吸が、わずかに止まる。
「見ていない部分がある」
「……」
「私が知っている部分だ」
その言葉で、胸の奥がざわつく。
「……それを」
エリオットはゆっくり口を開く。
「見せる気か」
マフィオソは、静かに笑う。
「見たいのは、君の方だろう」
その瞬間――
「エリオット、オーダー入ってるぞ!」
店内から声が飛ぶ。
また、遮られる。
エリオットは一瞬だけ目を閉じる。
「……っ」
舌打ちしそうになるのを抑える。
現実が、引き戻す。
マフィオソは動かない。
ただ、じっとこちらを見ている。
「続きは」
静かに口が動く。
「また後だ」
エリオットは何も言わない。
ただ背を向けて、仕事に戻る。
だが――
頭の中には、さっきの言葉が残り続ける。
“見ていない部分がある”
「……」
手が、少しだけ止まる。
チャンスの顔が浮かぶ。
知らない部分。
見せていない部分。
そして――それを知っている男。
「……面倒だな」
小さく呟く。
#ジョン・ドウ