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夏の約束

12 - ようこそ、アリスの世界へ

♥

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2025年05月31日

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文化祭当日。朝の空気は緊張と興奮に包まれていた。

校門にはすでに来場者の列。男子校の文化祭とはいえ、近隣の高校や中学、保護者、地域住民など、来客は少なくない。なかには他校の女子生徒の姿もちらほら見える。


仁人と太智のクラスの出し物は 『不思議の国のアリスカフェ』。

教室の入口はアーチ状の飾りに覆われ、「Welcome to Alice’s Tea Room」と手書きの文字が揺れていた。


店内にはティーテーブルがいくつも並び、チェシャ猫や帽子屋、トランプ兵の装飾が細かく施されている。

そしてなによりも目を引くのは、看板アリス役──仁人だった。


白と青を基調にしたクラシックなアリスのドレス。金色のウィッグ、白いエプロン、リボン、ふわりと広がるスカート。

少し恥ずかしそうにしながらも、凛とした佇まいでお客を迎える仁人の姿に、来場者はもちろん、校内の男子生徒すらも目を奪われていた。


「えっ……あのアリス、ホントに男子?」

「やばっ!? 女の子にしか見えないって!」


「写真いいっすか!? インスタ載せていいですか!?」

「ええ~~!?  吉田くん!? めっちゃ美人やん!!」


案の定、廊下は大騒ぎだった。

客足が止まらず、クラスメイトたちも必死で接客に回る。


そんななか、教室で手伝いを終えた勇斗が、廊下からその様子を目にした。


(……やっぱ、すごいな)


一瞬、言葉を失いそうになった。


スカートが揺れるたび、笑顔が向けられるたび、仁人は「アリス」としての輝きを放っていた。

でも勇斗は知っている。

あの笑顔の裏には、人知れず緊張と不安を抱えていたことを。


(あれが“自分の力で立ってる”仁人……)


そう思うと、心が痛かった。

それでも。


──だから、好きなんだ。


カフェに入ることはできなかったが、 廊下から少しだけ目を離さずに見つめることで、今の自分にできる精一杯の「好き」を伝えたかった。





教室の中──。


仁人は、客を迎えながらも時折、勇斗の視線に気づき入口のほうに向けた。



太智が近くに来て、仁人の耳元でささやいた。


「よぉ似合ってるで、アリス」


その言葉に、仁人は思わず笑ってしまった。


「ありがと、だいちゃん」


──少しずつ、少しずつ、変わっていく。


過去の記憶と、現在の気持ち。

そして、これからの未来。


仁人の中でそれらが重なり、ようやく“今の自分”として形を成し始めていた。




昼過ぎのピーク。

『不思議の国のアリスカフェ』も満席が続き、クラスメイトたちは交代で休憩を取りながらの接客を続けていた。


「じんちゃん、おつかれさん。ちょっと休も」


太智が控えスペースから顔を出して、仁人に声をかけた。


「うん、ありがとう」


カーテンで仕切られたスペースに入ると、ミニサイズのサンドイッチと紅茶が用意されていた。 いかにも“アリス”っぽいティーセットだ。


「だいちゃんが準備してくれたの?」


「ま、うちもアリスのカフェ実行委員やからな。じんちゃんの好きそうな紅茶、こっそり選んだんやで」


太智がちょっと得意げに笑う。仁人はふっと笑って、紅茶を一口飲んだ。


「あ……これ、好きなやつ。ミルク入れてくれてるんだね」


「せやろ。覚えてたんや、昔もじんちゃんいつも“お砂糖ひとつ、ミルク多め”って言うてた」


「……あの頃のこと、たくさん覚えてくれてるんだね」


「忘れるわけないやん。うちにとって、じんちゃんは──」


言いかけたとき、控えスペースのカーテンが音もなく開いた。


「……邪魔、した?」


そこにいたのは勇斗だった。


仁人も太智も驚いたように視線を向けた。

けれど、勇斗は変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。


「先生に声かけて、クラス抜けてきた。ここのカフェ、大評判だし、行列すごいから、どうしてもアリスに会っておきたくて」


「……はやと」


仁人の声が小さく揺れる。


太智は立ち上がり、軽く頭を下げた。


「うちは、ちょっとだけ外の様子見てくるわ」


「だいちゃん……」


「平気や。仁人、話してき」


そう言って、太智は席を離れた。


残された勇斗と仁人。

アリスの格好のまま、仁人は少し落ち着かない様子で紅茶を持ち直した。


「似合ってるよ、アリスの格好」


勇斗の声は、あくまで優しかった。

でも、そこに込められた感情は、仁人の胸にじんわりと染みた。


「ありがとう……って、言っていいのかわからないけど」


「うん。ありがとうって言ってほしい。……俺、やっぱり好きなんだ、仁人のこと」


仁人は静かに視線を落とした。


「……僕、太智くんのことが好き」


勇斗は一瞬、息を飲んだように見えた。けれどすぐに、小さく笑った。


「ああ、知ってる」


「……ごめん」


「謝んなよ。仁人が俺に“ありがとう”って言ってくれたとき、ちゃんと伝わったから」


勇斗はそう言って、仁人の紅茶カップのそばに、ひとつの飴玉を置いた。


「これ、仁人が前に好きって言ってたやつ。高校入る前、一緒にコンビニ行ったとき、買ってたでしょ?」


「え、覚えてたの?」


「そういうとこ、ちゃんと見てたよ。……仁人に、俺の気持ちが届いてたらそれだけでいい」


その言葉と飴玉は、仁人にとって勇斗という存在の温度そのものだった。


「……ありがとう、はやと」


ふたりはしばらく無言のまま、ほんの少しだけ過去に戻ったような静かな時間を過ごした。


やがて勇斗が立ち上がり、カーテンの向こうへと歩き出す。


「また、いつでも来るよ。ティータイム、予約するから」


「ふふ、いつでもお待ちしてます、“お客様”」


そう微笑んだ仁人の笑顔は、ほんの少し、さっきより強くて、まっすぐだった。


そしてその笑顔を、勇斗はもう一度だけ、しっかりと胸に焼き付けて、カフェの外へと戻っていった。


──まだ、気持ちは終わっていない。

でも、ちゃんと踏み出したい。


アリスの世界の午後は、静かに、それでも確かに、過ぎていった。



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