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(ゝω・) ねこウサギ
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夜雨が、巨大な廃倉庫の鉄骨を静かに叩いていた。
滴り落ちる雫は、まるで死刑執行までの秒針みたいに、冷え切った空間へ規則正しい音を刻み続けている。
倉庫の中央――。
数本のスポットライトに照らされた場所で、ドン・ソネリーノ――“マフィオソ”は悠然と立っていた。
縦縞の黒いフェドラ帽。
重厚な黒スーツの上に羽織ったロングコート。
胸元では、金色の懐中時計のチェーンが蛇みたいな光を這わせている。
その背後には、銃口をこちらへ向けたソネリーノファミリーの構成員たち。
空気そのものが、引き金を引く寸前だった。
「ようやく追い詰めたぞ、チャンス」
低く湿った声が、倉庫の奥へ反響する。
「俺から奪った“アレ”を返してもらおうか。……今ならまだ、五体満足で毒親の檻へ送り返してやれる」
脅迫。
だが同時に、それは執着だった。
マフィオソの目は、獲物を追うマフィアのそれではない。
一度イカサマを見破り、自分の盤上を踏み荒らしていったギャンブラーへ向ける、病的な執念の色だった。
対するチャンスは、いつもの黒スーツ姿のまま肩を竦める。
サングラスの奥で細められた瞳には、怯えどころか、危険へ飛び込む前の昂揚が滲んでいた。
左手で弄ぶフリントロック式ピストルが、金属音を小さく鳴らす。
「ハッ。今さら実家の水槽に戻る気はねぇよ、ドン」
チャンスは笑う。
「それに、あれは俺が命張って勝ち取った戦利品だ。そんな簡単に返すほど、俺は品行方正な坊ちゃんじゃない」
「……減らず口を」
マフィオソの背後で、部下たちの銃口がわずかに上がる。
その殺気を真正面から受けながら、チャンスはむしろ楽しそうに口角を吊り上げた。
そして、その隣。
鮮烈な黄色い髪を揺らしながら、iTrappedが静かに立っていた。
青いシャツ。
黄緑色のパンツ。
頭上には、冷気を撒き散らす氷の王冠。
彼がいるだけで、倉庫の温度が数度下がったみたいだった。
王冠の棘から漏れ出す絶対零度の冷気が、床に薄く霜を走らせていく。
iTrappedは無言のまま、状況を計算していた。
(マフィオソの戦力をここで削れれば好都合だ。チャンスの闇市場ルートは完全にこちら側へ傾く。そうなれば、EllernateとCaleb244をBanlandsから――)
だが、その冷徹な思考は。
次の瞬間、真正面から粉砕された。
「――だからさ」
チャンスが、不意に笑う。
「悪いなドン。俺の隣(パートナー)は、もう決まってる」
「……は?」
iTrappedが眉を寄せた、その瞬間だった。
チャンスの腕が伸びる。
黒スーツの袖が翻り、強引にiTrappedの首元を引き寄せた。
「なっ――」
反応する暇すら与えず。
チャンスは、マフィオソの目の前で。
iTrappedの冷え切った唇へ、深く噛みつくみたいなキスを叩き込んだ。
「――っ!」
息を呑む音が、倉庫中で重なる。
黒スーツと青いシャツが激しく擦れ合う。
氷の王冠から噴き出した冷気が、チャンスの頬や唇を一瞬で白く凍らせていく。普通なら痛みに顔を歪める温度。
だがチャンスは笑っていた。
むしろ、その冷たさを貪るみたいに。
もっと深く。
もっと挑発的に。
iTrappedの呼吸を奪うほど執拗に、唇を重ねる。
それは愛情なんかじゃない。
宣戦布告だった。
“お前が支配し損ねた俺は、今このペテン師と一緒にいる”
――そう、マフィオソの顔面へ叩きつけるための、最悪の挑発。
「貴様ら……!!」
マフィオソの額に青筋が浮く。
懐中時計のチェーンが怒りで揺れた。
「俺の前で、何を見せつけている……!?」
その声には、マフィアの威圧だけじゃない。
盤上を滅茶苦茶にされたギャンブラーの激情が混ざっていた。
一方。
突然“見せつけの道具”として利用されたiTrappedは、完全に思考を乱されていた。
(こいつ……ッ)
唇を塞がれながら、氷みたいな青い瞳が鋭く細められる。
(僕を利用して、マフィオソを煽ってるのか……!?)
当然だ。
チャンスの中に、甘ったるい恋愛感情なんて存在しない。
これは100%フェイク。
狂気的な挑発。
命を賭けた即興のブラフ。
だが――。
唇越しに伝わってくる熱量だけは、本物だった。
この男は、本気で楽しんでいる。
マフィアの怒りも。
銃口も。
破滅も。
全部まとめてテーブルに積み上げて、「もっとレイズしろ」と笑っている。
その無謀さに。
iTrappedの凍りついた心臓が、不意にドクン、と跳ねた。
ほんの一瞬だけ。
計算から外れた鼓動。
やがて、ゆっくり唇が離れる。
チャンスは息を吐きながら、サングラス越しにマフィオソを見据えた。
唇からは白い吐息が漏れ、凍りついた銀色の熱が夜気へ溶けていく。
「どうだ、ボス?」
彼は獰猛に笑う。
「俺が全財産ベットしたこの男の冷たさ――あんたの仕込むどんな八百長より、よっぽど痺れるだろ?」
静寂。
次の瞬間。
無数の銃口が、一斉に持ち上がった。
絶対零度の冷気。
マフィアの殺意。
そして、破滅を愛するギャンブラーの笑い声。
友情も、信頼も、本物の愛も存在しない。
ただ互いを利用し合い、巨大な敵すらゲーム盤の駒として消費する、歪み切った共同戦線。
その夜。
廃倉庫の中心で。
二人は、世界で一番最悪で、一番スリリングな銃撃戦の幕を開けた。