テラーノベル
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夜の雨が、廃倉庫の鉄骨を鈍く叩いていた。
さっきまでそこでは、銃声と怒号とサイレンが渦を巻いていた。ソネリーノファミリーの私兵たちが放った無数の火線。その中心を、チャンスとiTrappedは半ば奇跡みたいな軌道で突っ切り、命からがら別のセーフハウスへと滑り込んでいた。
古びたコンクリートの部屋。
壁には湿気が染みつき、裸電球が不規則に揺れている。
チャンスは床へ背中を預けたまま、荒い呼吸を繰り返していた。高級な黒スーツは煤と火薬で汚れ、白いワイシャツには破れた跡まである。それでも、サングラスの奥の瞳だけは、死線を潜った興奮で異様に爛々と輝いていた。
左手でフリントロック式ピストルを弄びながら、彼は喉を震わせて笑う。
「ッは……ハハッ……見たかよ、ペテン師。あのマフィオソの顔。最高だったぜ……。命をチップ代わりにテーブルへ叩きつけるギャンブルってのは、やっぱ脳髄に直接クる……」
その横で、iTrappedはまったく笑っていなかった。
黄色い髪を鬱陶しそうに掻き上げ、青いシャツの襟元を整える。黄緑色のパンツについた汚れを払い落とすたび、頭上の氷の王冠から「ピキ……ピキピキ……!」と怒気混じりの冷気が漏れ出していた。
彼の脳内は、今も冷徹に回転している。
(チャンスがここまで命を懸けて守り抜いた“賞品”。そして、あのマフィオソがファミリー総出で追い回している戦利品……。ただの金目の物じゃない。運営の裏コードか? あるいはBanlandsへの干渉権限……。もし本当に封印へ干渉できる代物なら――)
Ellernate。
Caleb244。
その名前が脳裏を過った瞬間、iTrappedの青い瞳が鋭く細められる。
(……それさえあれば、二人を救い出せる)
その執念だけで、彼は今まで生き延びてきた。
チャンスが目を閉じた、ほんの一瞬。
iTrappedは影みたいに音もなく近づいた。
細い指先が、黒スーツの内ポケットへ滑り込む。
革の感触。
長方形の小さな物体。
(――捕まえた)
一瞬で抜き取り、胸元へ隠す。
チャンスが「あっ」と振り返った頃には、iTrappedはすでに数歩後ろへ下がっていた。氷の王冠が、勝利を祝うみたいに淡く煌めく。
「悪いね、チャンス。君の“命より大事な物”、有効活用させてもらうよ」
「はは。だから言ってるだろ? そいつは刺激が強すぎる危険物だって」
チャンスがニヤニヤ笑う。
だがiTrappedは、その笑みを“敗者の強がり”として切り捨てた。
彼は静かに、奪い取った“世界を揺るがす秘密兵器”へ視線を落とす。
黒革のノート。
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#🐢投稿
(ゝω・) ねこウサギ
502
3,194
手のひらサイズ。
表紙には、金色の箔押しで妙に仰々しい紋章。
iTrappedは、ごくりと息を飲み込んだ。
Banlandsを開く鍵。
運営システムを書き換えるコード。
世界を裏返す禁忌。
そのすべてが、今ここに――。
厳かに、ノートを開く。
一ページ目。
そこに書かれていた文字を見た瞬間。
iTrappedの思考は、完全に停止した。
⸻
【理想のカッコいいマフィアのセリフ集】
※絶対に身内に見せてはならない
・「フッ……闇に迷う子羊め。俺のファミリーになりたいなら、まずは命の重さを量ってきな……」
(※右手をポケットに入れながら言うと渋い)
・「お前の罪を数えろ、と言いたいところだが……俺の時計は、もう裏切り者の終了時刻を告げているんでね」
(※ここで懐中時計をシャラッと鳴らす。超重要!!)
・「法律? ルール? 笑わせるな。この街じゃ、俺の足音が法律だ」
(※ちょっと顎を上げると威厳UP。ソネリーノ、お前ならできる!)
⸻
「…………は?」
間抜けな声が漏れた。
氷の王冠が「ピシ……」と小さくひび割れる。
iTrappedは無言でページをめくった。
二ページ目。
三ページ目。
四ページ目。
そこに並んでいたのは、
【煙草の煙で輪っかを作りながら言いたいセリフ】
【裏切り者を粛清する時にマント翻しながら読む用ポエム】
【鏡の前で練習済み・低音ボイス集】
【“フッ……”の自然な言い方研究メモ】
だった。
「………………」
完全沈黙。
冷徹な詐欺師の脳が、現実を受け入れきれずに停止している。
「な、なんだこれは……」
やっと絞り出した声が震えていた。
「Banlandsの情報は? チートコードは? リミテッドアイテムのデータはどこだ!? これが……あのマフィオソが死ぬ気で追っていた“賞品”……!?」
あまりのしょうもなさに、氷の王冠が「どろ……」と音を立てて溶け始める。
冷気が完全消失した。
床にはぽたぽたと雫が落ちた。
チャンスはその様子を見た瞬間、とうとう耐えきれなくなった。
「ッ――ハハハハハハハハ!!」
腹を抱えて転げ回る。
「想像してみろよ! あのドンが夜な夜な鏡の前で、“俺の足音が法律だ(キリッ)”とか練習してんだぜ!? しかも“ソネリーノ、お前ならできる!”ってセルフ応援つき!!」
「やめろ……」
「俺、賞品の山から適当にこれ引っこ抜いただけなんだぜ!? そしたらあの男、マジで泣きそうな顔して銃乱射し始めて――」
「やめろッ!!!」
iTrappedが絶叫した。
羞恥と怒りで足が震えている。
「僕は……僕はこれのためにマフィア相手に命懸けで立ち回ったのか……!?!?」
その時だった。
――ドゴォォォォォォン!!!!!
建物の入口が、“爆発”で吹き飛んだ。
爆煙。
火花。
破片。
そして、その中心から現れたのは。
「見ぃつぅけぇたぁぞォォォォォォッ!!!!」
マフィオソだった。
だが、いつもの冷徹なドンではない。
完全にキレていた。
フェドラ帽はズレ、斜め縞のネクタイはぐちゃぐちゃ。金色の懐中時計のチェーンがジャラジャラ狂ったみたいに揺れている。
しかも両手にはサブマシンガン。
目が血走っていた。
「返せェェェェ!!! 俺のッ!! 魂のノートをォォォォ!!!」
「うわ、マジで来た」
チャンスが爆笑しながら後ずさる。
「読むな!! 一文字でも読むな!! “足音が法律”のページまで見たか!?!?!?」
「見た」
「殺す!!!!!!」
銃声。
壁が吹き飛ぶ。
iTrappedが悲鳴みたいな声を上げた。
「僕は知らない!! 僕は何も読んでない!! ドン・ソネリーノ、落ち着け――」
「“ソネリーノ、お前ならできる!”まで音読しただろうがァァァ!!」
「チャンス、お前のせいだろ!!!」
「ハハハハ!! 次のゲーム開始だ、走れペテン師!!」
友情も信頼も存在しない。
ただ、世界一しょうもない秘密を知ってしまったせいで、“本気で消される側”になった二人。
溶けた王冠を押さえて逃げ惑う詐欺師と、それを心底楽しそうに笑うギャンブラー。
その背後から、赤面したマフィアの怒号と弾丸が、夜の街をいつまでも追いかけ続けていた。
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