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お話の舞台は鬼滅の刃本編、上弦の壱との戦いです。
こちらもオリジナル要素を含みます。
痛い描写があります。苦手な方はご注意ください。
もうひとりの柱 番外編
僕を自分の末裔だと言う、上弦の壱の鬼。
おぞましい姿だ。
侍のような格好をしている。
白目の部分は赤黒く、瞳は獣のような金色。
それが6個もある。
額には痣。
腰に差した刀は柄にも鍔にもぎょろぎょろとした目玉の模様。
日輪刀を握る手がブルブル震える。
怖気が止まらない。
身体が戦闘を拒否している。
『無一郎くんなら、きっと上弦の鬼を倒せる。みんなと力を合わせて頑張って』
いつかの大好きな人の言葉が頭の中に甦る。
その人はもう空へと旅立ってしまったけど、僕たちにたくさんのものを残してくれた。
お守りも、祈りも、思い出も。
そうだ。僕は鬼殺隊の霞柱・時透無一郎だ。
あの人が言ったように、僕は今日、目の前の上弦の鬼を倒す!
そう強く思うと、不思議と全身の震えがぴたりと止み、脈や呼吸が落ち着くのと同時に力が湧いてきた。
なのに。
相手も抜刀した直後、あっという間に左手を斬り落とされ、自らの日輪刀によって柱に磔にされてしまう。
玄弥も銃を向け発砲するが、瞬く間に両腕を切断され、胴体も上下真っ二つに。
そこに不死川さんと悲鳴嶼さんが来て上弦の壱と戦う。
僕は必死で柱と自分を引き離し、右胸の上を貫通した刀を引き抜く。
やっとの思いで患部に布を巻いて止血し、再び刀を握り締めて玄弥と共に上弦の壱のところへ向かう。
不死川さんは指を2本斬り落とされ、悲鳴嶼さんも全身血だらけだ。
片腕を失い失血も重なり、僕に残された時間はもう殆どない。
まだ動けるうちに、役に立てるうちに…急げ!!
僕の意図を組んで、不死川さんと悲鳴嶼さんが動きを合わせてくれる。
3人で一気に上弦の壱との距離を詰める。
抜けろ!間合いの内側に入れ!
くぐれ!!折り重なった攻撃の隙間を!!
ドッ!!!
上弦の壱の身体に日輪刀を突き刺す。
それと引き換えに僕は片足を失う。
玄弥の南蛮銃から放たれた弾が上弦の壱の身体にめり込み、血鬼術で木の根を生やし、僕諸共敵を固定する。
そこに悲鳴嶼さんと不死川さんが攻撃を仕掛けたその瞬間。
上弦の壱がとてつもない咆哮と共に身体中から刃を出した。
僕の身体はさっきの玄弥のように上下に分断され、 玄弥は頭から縦に真っ二つにされた。
振り動作無しで、身体から出した刃の数だけ攻撃を放った。
なんて化け物だ!
まずい…死ぬ!何の役にも立ってない…!
だめだ。悲鳴嶼さんも不死川さんも死ぬまで戦う。
だけどこの2人まで死なせちゃいけない。
まだ無惨が残ってるんだ。
みんなの為にもこの2人を守らなければ。
また技が来る。僕が…何とかしなくちゃ。
死ぬ前に…!
僕は夢中で刀を握り締める。
手を離すな!バラバラにされても!!
胸元が熱くなる。
つむぎさんから受け継いだ瑠璃の勾玉と、手づくりのお守りを入れていた場所が。
つむぎさん!お願い、僕に力を貸して!!
そう強く願った瞬間、日輪刀と手を固定したその上に、“何か”が触れるのを感じた。
まるで、“誰か”が僕の手と一緒に刀を握ってくれているかのように。
そうだ…僕が今使っている刀は、つむぎさんの日輪刀を一旦溶かして、新しい玉鋼と合わせて打ったものだった。
前任の鉄井戸さんが、つむぎさんに頼まれて刀を保管しておいてくれて。
それを鉄穴森さんが書きつけ通りに打ってくれたんだ。
僕の手につむぎさんの見えない力が注ぎ込まれ、胸元の2つのお守りが更に熱を帯びる。
僕の白い刀身が赤く染まる。
不死川さんの刀と悲鳴嶼さんの鉄球もぶつかり合って赤くなる。
そして、ついに2人の刃で上弦の壱の首が落とされた。
なのにまだ敵は死なない。
刀を握る手が切断され、それと同時に胸元で何かがパァン!と音を立て弾けた。
そしてとうとう僕の身体も地に落ちる。
それからは、不思議な体験をした。
僕は、仲間たちと上弦の壱が戦っているのを上から見ていた。
半分にされた自分の胴体が転がっているのも見える。
斬り落とされた筈の敵の頭が再生している。
なんでだよ!ここまでしても倒せないのか!?
上弦の壱は、角や棘を生やし、口は裂けて牙が飛び出し、目玉はあちこち向いて、この世の思えない程の禍々しい姿へと変貌を遂げた。
更に攻撃を仕掛ける不死川さんと悲鳴嶼さん。
その刀身に一瞬、上弦の壱の姿が映る。
その時だった。突然、敵の身体の一部が崩れ始める。
僕が刀を突き刺した場所だ。
身体を再生しようにも、血鬼術を使おうにもできないみたいだ。
追い打ちをかけるように柱の2人が技を繰り出し畳み掛ける。
みるみるうちに、上弦の壱の身体は乾いた粘土のようにぼろぼろと崩れていった。
ああ、終わった。勝ったんだ。上弦の壱に。
みんなで力を合わせて。
悲鳴嶼さんが小さくなった僕の死体に近付く。
自分の羽織を脱いで、僕の胸から下に被せてくれた。
「時透…お前たちのお陰だ…。お前たちのお陰で勝てた…心から感謝と尊敬を……。若い身空で…本当に…最期まで立派な………。……必ず無惨を倒して其方へ行く。安心して眠れ」
そう言って、悲鳴嶼さんは目を開けたままこと切れた僕の瞼をそっと閉じさせてくれた。
気がつくと、目の前には最愛の兄の有一郎が立っていた。
「こっちに来るな!戻れ!!」
想定していなかった強い言葉に、涙が零れる。
「どうして?僕は頑張ったのに…褒めてくれないの?」
「どうして?こっちが聞きたい。逃げればよかったんだ!お前はまだ14だぞ」
兄さんも大粒の涙を流して怒っている。
「仲間を見捨てて逃げられないよ」
「お前が死ぬことなんてなかった!こんなところで死んでどうするんだ?無駄死にだ!こんなんじゃ何の為にお前が生まれたのか分からないじゃないか」
以前と変わらない、圧迫感のある強い口調だ。
「兄さんが死んだのは11だろ。僕より兄さんのほうがずっと可哀想だよ。…僕が何の為に生まれたかなんて、そんなの自分でちゃんと分かってるよ」
熱い涙が頬を伝う。
「僕は、幸せになる為に生まれてきたんだ。兄さんもそうでしょ?違うの?幸せじゃなかった?幸せな瞬間が一度もなかった? 」
僕の言葉を、兄さんは黙って聞いている。
「僕は幸せだったよ。家族4人で暮らしてた時も。ひとりぼっちになってから、つらいことや苦しいことがたくさんあったけど、仲間ができて、僕は楽しかった。また笑顔になれた」
仲良くしてくれたみんなの顔と、つむぎさん優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
「幸せだと思う瞬間が数え切れない程あったよ。それでも駄目なの?僕は何からも逃げなかったし目を逸らさなかったんだ。…仲間の為に命を懸けたこと、後悔なんてしない。無駄死になんて言わないで…!他の誰かになら何て言われてもいい。でも、兄さんだけはそんなふうに言わないでよ……!」
手で涙を拭う僕の肩に、兄さんが手を置く。
「ごめん… 」
そして強く僕を抱き締めた。
「分かってるよ……。だけど俺は…無一郎に死なないでほしかったんだ……無一郎だけは……」
兄さんは意地悪を言ってるんじゃない。
僕に生きていて欲しくて、僕の死を受け入れたくなかったんだ。
僕も兄さんを抱き締め返して肩に顔をうずめた。
しばらく2人で泣いて、僕たちは手を繋いで両親のもとへと走った。
「父さん!母さん!」
両親も力いっぱい僕を抱き締めてくれた。
「無一郎、頑張ったな 」
「偉いわ。自慢の息子よ」
懐かしさに涙が出る。
父さんのがっしりした大きな背中と、母さんのいい匂い。
「宮景さん、こちらですよ」
父さんの言葉に、はっとする。
…!?みやかげさん?つむぎさんと同じ名前だ…!
『無一郎くん、お疲れ様』
「……つむぎさん…なんで……」
視界がぼやけていく。
ずっと会いたかった人にまた会えるなんて。
「宮景さんはね、生前、私たち3人の供養をとても丁寧にしてくださったのよ」
「あんな山奥まで行って、1人ひとり丁寧にな 」
「腐った俺の遺体も、綺麗に弔ってくれたんだ」
そうだったんだ。
僕だけでなく、僕の家族のことも大切にしてくれてたんだ……。
「俺たちは先に行くから。お前は紬希さんとゆっくり話でもしながら来いよ」
兄さんが僕の肩を軽く叩く。
「…うん、そうする」
「では、宮景さん。私たちはお先に失礼します。
無一郎をお願いしますね」
『はい、私たちも後からそちらに向かいます』
母さんと紬希さんが笑顔で挨拶を交わし、3人は並んで明るいほうへと歩いて行った。
「つむぎさん……」
『無一郎くん、本当に…よく頑張ったね』
心なしか、つむぎさんの瞳が潤んでいるように見える。
そして、僕の大好きな優しい笑顔で頭を撫でてくれた。
温かくて懐かしい、ずっとずっと会いたくて堪らなかった人。
また涙が溢れて頬を濡らしていく。
「つむぎさん…抱きついていい?」
『うん。おいで』
僕は思い切りつむぎさんの腕の中に飛び込んだ。
ああ、あったかい……。
…ん?
「つむぎさん、なんかちっちゃくなった?」
違和感の正体は僕たちの身長差だ。
つむぎさんが生きてた時は、僕より頭1個分くらい彼女のほうが身長が高かったのに、今は僕と変わらないの背の高さになっていた。
『私が縮んだんじゃなくて、無一郎くんの背が伸びたのよ。お別れして大分月日が経ったんだから』
可笑しそうにつむぎさんが笑う。
「あ、そっか……」
『それに、無一郎くんはいっぱい鍛えて筋肉もついたでしょ?』
「うん。そうだよね」
つむぎさん、こんなに華奢だったんだ……。
「…つむぎさん…ごめんね。お守り、こんなになっちゃった……」
僕は懐から、瑠璃の勾玉とお守り袋を取り出す。
勾玉はバキバキに割れ、お守り袋は中から爆ぜたように破れていた。
『わあ、すごいわね』
目を丸くして、お守りを覗き込む。
『…ちゃんと無一郎くんを守ってくれたのね』
「え?…あ、そういえば、僕が胴体を真っ二つにされて、必死で刀を握り締めた時に、つむぎさんのお守りが熱くなったよ。それから刀が赤くなったんだ。だから、つむぎさんが一緒に戦ってくれてると思ったんだ……。つむぎさん、ありがとう」
僕の言葉を聞いて、つむぎさんがにっこり笑う。
『ちゃんと見てたよ。何度も助太刀しようとしたわ。でも叶わなかった。私は実体がないから、みんなに触れることさえできなかったの。本当にもどかしくて。…無一郎くんが私を思い出してくれた時に、お守りに込めた念が発動したのね、きっと』
やっぱりそうなんだ。
ずっと傍にいてくれてたんだ。
力を貸してと願った瞬間、熱を発した2つのお守り。
そして刀を握り締める僕の手を一緒に握ってくれたつむぎさん。
彼女の力がなかったら、きっと僕は胴体を両断されてすぐに死んでいただろう。
この壊れた2つのお守りは、僕たちが上弦の壱を倒すためにつむぎさんの力が注がれたもの。
力の限界を通り越してしまったせいで、勾玉もお守り袋もボロボロになってしまった。
『壊れたのは全く気にしなくていいのよ。大事に持っていてくれて、ありがとう』
そう言って、つむぎさんはお守りを持つ僕の手を、華奢な手で包みこんで微笑んだ。
『…さあ、無惨を倒すまであと少しよ。みんなのこと、最後まで見守りましょ』
「!…うん!」
生前、つむぎさんには無惨を倒すまでの未来が視えていたけど、結末が気になるみたい。
僕もちゃんと見届けたい。
僕たちは手を取り合って、仲間と無惨が戦うのを俯瞰で見守っていた。
おしまい
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