テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#愛重め
雪園 吹花
45
ぬぬ
37
氷のような冷気が、肺の奥まで染み渡る。
荒れ狂う公海の波に揉まれ、視界は泡と闇に支配されていた。
リヴァイアサン号が深海へと引きずり込まれる際の巨大な水圧が、俺の体を海底へと引き込もうとする。
「……っ、がはっ!」
水面に顔を出した瞬間、激しい塩水が喉を焼いた。
周囲を見渡しても、豪華客船の残骸が炎を上げながら沈んでいく光景と、無情な波の音しかない。
神崎の姿も、山城の姿も、どこにも見当たらなかった。
「山城!松田!志摩ぁ!!」
叫び声は風にかき消される。
左肩の傷から流れる血が、海水に溶けて熱を失っていく。
意識が遠のき、指先の感覚が消えかけたその時、指に硬い感触が触れた。
――救命ボートのロープだ。
死に物狂いでしがみつき、這い上がる。
そこには、血塗れで意識を失った山城が横たわっていた。
「山城……おい、山城生きてるか!」
胸ぐらを掴んで揺さぶると、山城はゴボリと水を吐き出し、虚ろな目を開けた。
「……兄貴…神崎は……奴はどうなりました……」
「海に沈んだ。……もう二度と、この国の土は踏めねえだろうよ」
俺はボートの隅に転がっていた防水バッグの中から、志摩に渡された予備の通信機を取り出した。
波を被り、ノイズが酷いが、かすかに信号を拾っている。
『……黒嵜……応答しろ……聞こえるか……』
志摩の声だ。ボロボロだが、確かに奴は生きている。
「志摩か。…こっちは山城と合流した。横浜の状況はどうなってる」
『……最悪だ。神崎の別働隊は退けたが、松田が深手を負った』
『それに……神崎が船から発信した「亡国計画」の実行キーは、すでに海外のサーバーに転送されている。船を沈めても、システムは止まってねえんだ』
志摩の苦渋に満ちた声に、俺は奥歯を噛み締めた。
神崎という「個人」を殺しても、奴が組み上げた「金と数字の歯車」は、日本という国を食い荒らし続けている。
「……止め方はあるのか?」
『……一つだけある。神崎がバックアップとして残した、東京の「最深部」にあるメインサーバーを物理的に破壊するしかない。だがそこは……今、別の組織に占拠されている』
「別の組織、だと?」
『……「三和会」の過激派と、海外の傭兵集団だ。連中は神崎を裏切り、自分たちだけでこの国を食い潰そうとしている』
俺はボートの底に沈んでいた、親父のドスを拾い上げた。
潮水に濡れてもなお、その刃は鈍い光を放ち、俺に次の戦場を指し示しているようだった。
「……上等だ。横浜の海から東京まで、泳いででも行ってやるよ」
夜明けの水平線が、血のように赤い。
俺たちの戦いは、ついにこの国の「心臓部」へと突入した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!