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氷のような冷気が、肺の奥まで染み渡る。
荒れ狂う公海の波に揉まれ、視界は泡と闇に支配されていた。
リヴァイアサン号が深海へと引きずり込まれる際の巨大な水圧が、俺の体を海底へと引き込もうとする。
「……っ、がはっ!」
水面に顔を出した瞬間、激しい塩水が喉を焼いた。
周囲を見渡しても、豪華客船の残骸が炎を上げながら沈んでいく光景と、無情な波の音しかない。
神崎の姿も、山城の姿も、どこにも見当たらなかった。
「山城!松田!志摩ぁ!!」
叫び声は風にかき消される。
左肩の傷から流れる血が、海水に溶けて熱を失っていく。
意識が遠のき、指先の感覚が消えかけたその時、指に硬い感触が触れた。
――救命ボートのロープだ。
死に物狂いでしがみつき、這い上がる。
そこには、血塗れで意識を失った山城が横たわっていた。
「山城……おい、山城生きてるか!」
胸ぐらを掴んで揺さぶると、山城はゴボリと水を吐き出し、虚ろな目を開けた。
「……兄貴…神崎は……奴はどうなりました……」
「海に沈んだ。……もう二度と、この国の土は踏めねえだろうよ」
俺はボートの隅に転がっていた防水バッグの中から、志摩に渡された予備の通信機を取り出した。
波を被り、ノイズが酷いが、かすかに信号を拾っている。
『……黒嵜……応答しろ……聞こえるか……』
志摩の声だ。ボロボロだが、確かに奴は生きている。
「志摩か。…こっちは山城と合流した。横浜の状況はどうなってる」
『……最悪だ。神崎の別働隊は退けたが、松田が深手を負った』
『それに……神崎が船から発信した「亡国計画」の実行キーは、すでに海外のサーバーに転送されている。船を沈めても、システムは止まってねえんだ』
志摩の苦渋に満ちた声に、俺は奥歯を噛み締めた。
神崎という「個人」を殺しても、奴が組み上げた「金と数字の歯車」は、日本という国を食い荒らし続けている。
「……止め方はあるのか?」
『……一つだけある。神崎がバックアップとして残した、東京の「最深部」にあるメインサーバーを物理的に破壊するしかない。だがそこは……今、別の組織に占拠されている』
「別の組織、だと?」
『……「三和会」の過激派と、海外の傭兵集団だ。連中は神崎を裏切り、自分たちだけでこの国を食い潰そうとしている』
俺はボートの底に沈んでいた、親父のドスを拾い上げた。
潮水に濡れてもなお、その刃は鈍い光を放ち、俺に次の戦場を指し示しているようだった。
「……上等だ。横浜の海から東京まで、泳いででも行ってやるよ」
夜明けの水平線が、血のように赤い。
俺たちの戦いは、ついにこの国の「心臓部」へと突入した。