コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「中には両親がいなくて、誰にも頼れなくて大変な方もいます。そんな人たちは『私たちが入るまで大丈夫』とか言ってるけれど、実際はもう限界でボロボロだったんです」と、墨田さんも次第に強い口調になっている。いや、あなたたちがもっと早く気づいて声をかけるべきじゃなかったの? そこは。
「確かにそういう場合もありますし、奈々子さんは両親も義両親も近くに住んでいて、夫も高収入でした。外から見れば、私でさえ羨ましく思うくらいの恵まれた環境に見えました。でも……奈々子の親はすでに嫁に出した身だと、介入をしなかったんです。それをいいことに、義両親が奈々子を奴隷のように扱い、自分たちの思う通りにしないと説教、いじめ、いびりを繰り返し。夫は義両親側について……生活費もギリギリしか渡さない」
市役所の二人が発した言葉の二倍以上で返す奈々子の叔母。
確かに……うちの母親は奈々子とは逆の立場で、両親も義両親も遠くに住んでいて貧しいが、誰からも口を出されることはない。父も自由主義者でお金がないくせに無駄なことにお金を使って、母はそれを受け入れていた。その姿を見て育った私も、自由でいられることに幸せを感じている。
でも、いくら恵まれた環境だからって、それで助けるかどうかを判断していいものだろうか。
「早く母子寮にでも逃げていれば、奈々子は死ななかった」
そう奈々子の叔母が叫ぶが、私はふと思う。
「あの……」
ようやく私は言葉を発することができた。
「相談に来たとき、奈々子は子供を連れてきたんですか? 二人の子供と」
「ええ、お子さん二人は最初、ご自宅に伺ったときも見かけましたし、その後、市役所まで連れて来られていましたよ。お父様も一緒に」
「……そうですか」
なぜ市役所には子供二人を連れてきたのに、あの時は一人で……逃げることを決意したのでしょうか。
「とりあえずこれ以上はプライバシーに関わることです。私たちができることはしました。あとは弁護士さんにお願いして、裁判をしてもらうしかありません」と、栗林さんが顔を歪めながら言う。
裁判の費用はどうするつもりなのか……働いていない奈々子には、支払う手段があるのだろうか。
奈々子の叔母は、ペタンと力が抜けて床に崩れた。
その後の話では、とあるニュースがまたワイドショーを賑わせた。
介護中の老人を殺害した容疑で、ある市役所職員が逮捕されたという。
容疑者は「誰に訴えても家族にも助けてもらえず、耐えきれず義母を殺した」と言ったそうだ。
その容疑者は、栗林なんたらという名前だったか、はっきりと覚えていない。
「みっともないところ見られちまったな」
奈々子の叔母は役所の外の喫煙所でタバコを吸いながら言う。あんなにふらふらだったのに、タバコを吸うとまた元気を取り戻したかのように見える。
私は喫煙者ではないので、正直その気持ちは理解できない。
「私には息子が二人いて、二人とも結婚して独立してる。でも、二人とも遠くに住んでて、こちらには滅多に寄り付かない。帰ってくる時も、嫁さんは一緒じゃないんだよ。私は何もしていないのに、こんなもんだ」
なんとなく納得はするが、奈々子の叔母には同情してしまう。
週刊誌には、奈々子の義理の兄弟夫婦のことが載っていた。彼らも実家に寄り付かず、すべてを長男の嫁である奈々子に押し付けていたと。
こうしたプライベートなことが記事になってしまうのは、彼らもまたかわいそうだ。しかし、それでも奈々子の友人としては、彼女が亡くなったことに対する悲しみの方が大きくて、あの人たちにも同情してしまう自分がいる。
「にしても、あんた、いいところに目をつけたね」
「はい?」
「……奈々子が子供たちを連れて出て行ったことだよ」
「……」
「奈々子は本当に子供たちを大事に育ててた。仕事も結婚と同時に辞めさせられ、家に入らされて。それに私は反対したんだ。今更、仕事を辞めるなんて。けど奈々子は、しょうがないって言って、結局は止めなかった。でも、そんな中での育児は大変だっただろうな……」
自分も奈々子の娘たちに会ったことがあるが、二人ともとても可愛らしくて元気な子だった。でも、奈々子は憂鬱そうな顔をしていた。
「でも本当に、奈々子は子供たちを愛して育ててたよ。何度も大変そうだったけど、頑張ってた。でも、そんなに愛していたのに、なぜあんな男に手放さなければならなかったんだろう……」
奈々子とあの男の関係はどうだったのか……私はそれを知る必要があるのだろうか。
「美夜子! 何をしているの!」
母が私を探してやってきた。ああ、母を忘れていた。
母の姿を見て振り返ると、奈々子の叔母はすでにいなくなっていた。
母を家に送っていく。帰り道、会話がない。さっきまでの奈々子の叔母と比べると、母はおとなしい。
「でもさっきの女の人、大丈夫なのかね」
「……まあ、なんとかなると思うよ」
「そうかしら。あんな人が姑だったら、私なら絶対嫌だわ」
母とあの人はおそらく同世代だろう。
「人前であんなに叫ぶのはダメよ」
「まぁ、ごもっともだけど」
「でも、大崎さんのところも大丈夫かしら」
さっきの人が大崎家の一員だとは、母は気づいていなかったようだ。
「子供たち、可哀想ね。まだ小さいのに」
「……うん」
家に着いた。
「今日は大変だったわね。でも、大崎さんのことにはあまり関わらない方がいいわよ」
母は言いながら靴を脱いで玄関に上がる。私は去ろうとしたとき、母が言った。
「一番可哀想なのは、大崎さんなのよ。それを身近な誰かがわかっていたら、こんなことにはならなかったのよ」
「えっ」
私は母を見た。
「……じゃあ、もういいわ。今日はありがとう。あなたも疲れたでしょうから、ゆっくり休んでね」
「うん、ありがとう」
「朔太郎さんがいないうちが一番楽にできるわよ」
……。
私は玄関を閉めた。
朔太郎、私の夫。今は北海道に単身赴任中だ。私は人妻だが、子供はいない。
そして、スマホに着信が来た。
『美夜子、今会えるか』
「ええ、車もあるわ」
『じゃあ、場所はメールで送る』
電話を切り、すぐにメールが届いた。
相手は翔太。
そう、私は翔太と不倫をしている。