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取調室の重い扉が開くと同時に、捜査二課のオフィスには、これまでにない奇妙な活気が溢れていた。
阿久津の「死」が知れ渡ってからの二十四時間、私たちが目にしたのは、人間の醜悪な保身が織りなすドミノ倒しだった。
「……信じられません。もう五人目ですよ」
私は、次々と自首に訪れる社員たちの調書を整理しながら、思わず溜息をついた。
彼らは阿久津という盾を失ったことで、自分たちがすべての罪を被せられる恐怖に耐えられなくなったのだ。阿久津が生きていた頃には決して口にしなかった裏帳簿の在処や、強引な勧誘の手口、実体のない事業計画の数々――。
彼らが我先にと吐き出した情報の断片は、やがて巨大なパズルのように組み合わさり、あの難攻不落だった「合同会社スキーム」の正体を白日の下に晒した。
「人間というのは面白いね。トップが死んだと聞いた途端、忠誠心なんて塵のように消えて、沈む船から逃げ出す鼠に成り下がる。……自首という名の、最後の『損切り』だよ」
柊さんは、窓際で椅子を回転させながら、相変わらず他人事のように呟いた。その手には、いつの間にかどこからか持ってきた外国のコインが握られ、指先で器用に踊っている。
そこへ、一人の男が警護の捜査員に連れられて現れた。取調室という名の「避難所」から出てきた亡霊――阿久津その人だ。彼は、自分の会社が文字通り解体され、部下たちが自分を裏切ってすべてを自白したという惨状を、茫然とした表情で眺めていた。
「阿久津さん。幽霊のバカンスは楽しめたかな?」
柊さんが立ち上がり、皮肉たっぷりの笑みを浮かべる。近藤さんがその横に立ち、一通の書類を阿久津の前に突きつけた。そこには、数え切れないほどの証言と、押収された決定的な証拠に基づいた逮捕状があった。
「阿久津康平。詐欺罪、および金融商品取引法違反の容疑で逮捕する。……社員たちが君の代わりに、実によく喋ってくれたよ」
阿久津は、もはや反論する気力すら残っていないようだった。彼が守り抜こうとしていた「選ばれたビジネスパートナー」という虚構は、柊さんが仕掛けた死という嘘によって、あまりにも呆気なく崩れ去ったのだ。
連行されていく阿久津の背中を見送りながら、近藤さんが深々と溜息をつき、柊さんの隣に立った。その表情には、これまでの苛立ちはなく、どこか完敗を認めたような潔さがあった。
「……最初からこれが狙いだったのか。犯人を炙り出すためだけじゃない。組織そのものを内側から自壊させるために、あいつを幽霊にしたんだな」
「さてね。僕はただ、嘘つきたちが一番怖がるのは後ろ盾を失うことだと知っていただけだよ。……近藤さん、これでしばらくは美味しい酒が飲めるんじゃないかな?」
柊さんの言葉に、近藤さんはフッと口角を上げた。
「ああ。二課の連中も、君の魔法には度肝を抜かれているよ。礼を言う」
二課の刑事が去った後、私はようやく、柊さんのすぐ隣まで歩み寄った。
「……柊さん。正直、怖いくらいでした。あんな短時間で、会社を一つ潰してしまうなんて」
「褒め言葉として受け取っておくよ、南さん」
「褒めてますよ。……あなたはやっぱり、最悪な詐欺師で、最高の協力者です」
私がまっすぐに彼を見つめてそう言うと、柊さんは一瞬だけ驚いたように目を丸くし、それから喉の奥でくくっと笑った。
「最悪、か。それは光栄だ。……でもね、南さん。本当の詐欺師は、相手を救ったふりをして絶望に叩き落とす。僕はその逆をやったつもりなんだけど?」
彼は不意に距離を詰めると、私の頭を軽くポン、と叩いた。
指先から伝わる微かな熱と、洗練されたフレグランスの香り。依然知った彼の孤独な過去を思うと、その茶化すような仕草の裏にある、不器用な労いが胸に染みる。
「……次は、あなたの『本職』である一課の事件だ。君のその真っ直ぐな瞳が必要になる。準備はいいかな、ボディーガードくん」
「……その呼び方、やめてくださいってば」
私は赤くなった顔を隠すように、足早にオフィスの出口へと向かった。背後で柊さんが「照れてるね」と楽しそうに笑う声が聞こえる。
阿久津が築いた嘘の城は崩れ、再び静かな日常が戻ってくるかに見えた。けれど、柊さんの瞳の奥に潜む「本物の犯人」を追う闇は、まだ一筋の光も射していない。