この地方の夏の暑さは知っているかい?
湿度で茹だるような、じめじめした暑さとは違う。
言うなればカラッからの炎天下。気持ちの良い汗って奴だ。
とはいえオレ等猫にとって、過ごし易い季節でもないがね、冬と同様。
話は変わるが、まあ見るがいい。献身的な加護もあって、オレの身体は著しく成長を遂げた。
もう子猫の時とは違う。この強靭な四股に、鋭くも凛々しい面構え。
そう。所謂成猫への仲間入りって事だ。
まだ制約もあるが、ある程度の外出も許される事になった。
猫は犬と違い、野生なのだ。仮に縛りつけても、オレは外に出るだろう。
皆もそれを分かっているからこその、ある意味絶大なオレへの信頼の証しなのだ。
――とまあ、前置きはこの位にしておこう。つまりはオレはフリーピース。
今日この日、わざわざ夏の事を語るのは他でもない。
オレの猫生に於いても、燦々と煌めく真夏の思い出の一つと少々大袈裟かもしれないが、オレにとっては待ちに待った――
『リョウ~? 火の準備はオッケイだぞ』
黙れ“はずれ者”!
うざくて済まない。状況は真夏の黄昏時に、半切れのドラム缶に火を起こす者が一人。
ノロマめ。やっと準備完了という事か。
つまり本日は屯所の庭で、真夏恒例バーベキューの開催という訳だ。
商材を手にした女神を筆頭に、続々と宴の準備が進行していく。
オレの為に宴の席を設けるとは照れるなと、この時ばかりは成猫心に思ったものだ。
しかもこの日は親族等も集まって、軽く大所帯パーティーの様相。
――何人集まったかだと?
そんなどうでもいい事、逐一オレが覚えている筈がなかろう。
子供等も併せれば、十は軽く越えてたな。
余談だが、オレはどうにもこの親族の子供等が苦手だった。
オレの魅力に気持ちは分からんでもないが、『ほし~ほし~』とすり寄って来る子供等の姿は、うんざりする事も多々あった。
その度にオレは反撃する事も無く、黙って耐えていたものだ……。
だが貴公等に勘違いさせぬよう言っておく。猫とは皆すべからく、幼子には優しくおとなしいのだ。
どんな無茶な事をされても、決して怒ったり反撃したりしない。これは己より弱い立場を守るという、先天性遺伝現象なのだろう。
全く理不尽な業だ。それ以上の年齢層には、遠慮無く爪を立てるがね――
『さあジャンジャン焼くよ~』
そう、つまりは肉だ。それに全てが集約する。
女神とはずれ者が率先して、燃えたぎるドラム缶に乗せた網に、牛・豚・鷄といった三種の神器を乗せていく。
徐々に焼けていくそれらがまた、何とも言えぬ匂いと共に風を伝わって、オレの鼻孔と食欲をくすぐった。
余りの事に涎を垂れ流しそうだったが、猫とは品性高き生き物。欲望を表に垂れ流す、品性に欠けた犬とは根本が違う。
オレは断腸の思いで我慢していた。
程よく焼け、皆が囲み――さあ宴の開幕だ。
『いっただっきま~す』
『かんぱ~い』
『美味しそう~』
『旨ぇ!』
乾杯の音頭もそこそこに、一斉に連中はこんがり焼けた肉を次々に貪っていく。その姿は非常に浅ましい。
『沢山焼くから、どんどん食べてね~』
女神を少しは見習え。彼女は“食す”よりも“焼く”事に専念気味なのがまた、オレの硝子のハートにヒビを入れたものだ。
思えば女神は何時も、率先して苦労を買って出ていた気もする。
はずれ者がもう少し気を利かせてやれば、彼女はもっと楽に、幸せになれたのかもしれない。
何時の世も、雌も女も弱い立場だと、オレは他猫事ながらに憂いたものだ。
『ビール最高ぉ!』
そんな女神の苦労も知らず、このはずれ者の馬鹿は弟のミーノスや、子供等の父と酒を煽り続けていた。
お前はカロンじゃないんだからさ……。もっと慎めよ分別有る大人のつもりなら。
全く……男は何時まで経っても餓鬼だ。オレは呆れるしかない。
それにしても人間とは不便だな、とつくづく思う。
わざわざ酔う為に、製法したアルコールを飲用でようやくとか、全くもって無駄の極致。
オレ等はマタタビを吸引で事が済むという、正にリーズナブルでエコロジー。
人間は少しは猫を見習った方がいい。限り有る地球の資源の為にも――
『おぉほしぃ! お前も食うか?』
オレの哲学モードの間隙を縫って、はずれ者がようやく気付く。やはりこいつは空気が読めない。
当たり前だ。さっきからオレは待っているのだ。
宴の主役を蔑ろにするとは何事だ?
しかもこの馬鹿は、もう泥酔してやがる……。
こいつには制裁が必要だ。
はずれ者の傍らで『シャァッ』と、威嚇の態度を示してやる。するとどうだろう――
『そう怒んなって……ほら』
こいつは単純だから、あっさりと懐柔の構えだ。
はずれ者は恐れおののきながら、白い簡易皿を地べたに置いた。
ふん……ようやくか。思う存分味わおうと、白い簡易皿に乗せられたモノに、オレは眼を疑ってしまったものだ。
『沢山食えよ』
……こいつは脳まで沸いてるのか?
簡易皿には、こんがり焼かれた車海老らしき物体が一つ。
いや、好物だ海鮮物は。だがオレが食いたいのは肉であって――
『痛っ! 爪を立てるなほし』
ここで誘惑に負けてこれを食せば、こいつは更に調子に乗るだろう。オレは不満の意を身体に刻みつけて教え込む為、だらしない草履の隙間にある素足へ、遠慮無く爪を立てていた。
言葉が交わせない分、教育が必要なのだ。
――ここで貴公等に教授しておく。猫は海鮮物が好きだ、と思っている者も多いだろう。
それは決して間違ってはいない。『お魚くわえたドラ猫』も、ある意味正しい。
ただそれは昔からの名残で、飼い猫は“他に食うのが無い”だけだ。
猫は肉食なのだ。虎と同一というのを忘れないで貰いたい。
現在はキャットフードなる、猫に必要な栄養素が全部取れる便利な物が出来たが、昔は他に無かったのだ。
だが魚だけで猫に必要な栄養素が、全て賄える筈がなかろう。だからこそ昔の先祖達は、こっそり鼠を捕食する事により、足りない分を補っていたのだ。
つくづく昔の先祖達は、骨太であったと思う。
現在の飼い猫達はぬるま湯に浸かり過ぎて、重要な生存競争である“鼠取り”が、単なる遊びの一環になった事が遺憾でならない。
オレは違う。常に肉を求めている。
だからこそ、オレはこんなにも怒っているのだ。
『分かった分かった! 全く……肉の方がいいとか、変な猫だよなお前?』
お前の頭の尺度では、その程度の認識でしかないのだろうな。
ようやく理解出来たのか、はずれ者は三種の神器を簡易皿に添えていく。
全く……ここまで示さねば、理解出来ぬ頭が恨めしい。
何はともあれ、オレはようやく動物性蛋白質を補給する事が出来るのだ。
不本意だが、この馬鹿に見せつけるように食らいついた。
――もぐもぐと咀嚼。まだ熱い。ちゃんと冷ましとけ、全く気が利かない。
しかし口一杯に拡がる肉汁のハーモニはヨーモニー!
猫舌等、気にしてはいられない。オレは無我夢中で貪り続けた。
やはり肉は最高だ。牛も豚も鳥も、それぞれが独特なハーモニクスを奏でる。
その全てがオレの血となり肉となり、命となる。
“食物連鎖”
生は死へと還り、死は生へと還る――だ。
『あっ! クロにも持っていかないとな……』
――オイ何処へ行く?
はずれ者は突如、簡易皿にこんもり積んだ神器を片手に、よたつく足取りでその場を跡にする。
即ち、あの犬に持っていこうというのだ、このオレを差し置いて。しかもオレ以上に大量の神器を持ってだ。
無論オレの腹具合は、先程ので満たされる筈がなかろう。
奴が戻ってきたら、再教育が必要だ。
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