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部屋に戻ったあと、私は「けーい」と彼女を後ろから抱き締めた。


「…………今日は冷やかし禁止。自分でも一杯一杯だから」


彼女は溜め息をついて言い、私は「うんうん」と頷く。


「冷やかさないけど、思い切って涼さんと同じ部屋で寝てみるってどう?」


尋ねた瞬間、恵は見事に固まった。


返事を待っていたけれど、恵はフリーズして何も言わず、動きもしない。


「もしもし?」


私は彼女の前に回り、サッサッと顔の前で手を振る。


恵は目をまん丸に見開いたまま、フツフツと冷や汗を掻いている。


「……じょ、冗談だよ! そんな真剣に悩まなくても……」


そう言った時、部屋のドアがノックされた。


「ぎゃっ!」


恵は跳び上がって驚き、物凄い俊敏さで部屋の奥に向かう。まるで背後にキュウリを置かれた猫みたいだ。


そのまま恵はモソモソとカーテンの陰に隠れてしまうので、私は溜め息をついて「はーい」とドアを開けた。


すると期待通りというか、予想通りというか、涼さんが立っている。


「恵ちゃん、親睦を深めるために、今日同じ部屋で寝ない? あれ?」


彼は笑顔でそう言ったけれど、部屋の中に恵がいなそうなので目を瞬かせる。


「カーテンの裏にいます。忍者モードです」


私がバラすと、恵がカーテンの向こうからくぐもった声で何か文句を言ったけれど、あまりに不明瞭で何て言ってるのか分からない。


「邪魔するね。女子の部屋なのにごめん」


涼さんは一言断りを入れ、部屋の中に入る。


それから不自然に盛り上がっているカーテンを見て、小さく笑った。


「同じ部屋でって言っても、同じベッドでは寝ないよ。お互いの存在に慣れるために、まず二人きりになったらどういう感じか、体験しておくのも悪くないんじゃないかって思って」


彼がそう言っても恵は何も言わず、カーテンの陰で息を殺している。


「恵ちゃん」


涼さんはゆっくりとカーテンに歩み寄り、彼女の体の両側に手をついて腕の中に閉じ込める。


「変な事はしない。約束する」


大切そうに言われ、恵はカーテンの中でギュッと身を縮こめる。


「……こういう言い方はしたくないけど、俺、あんまり時間の余裕がないんだ。恵ちゃんにデートに誘われたら、何が何でも時間を捻出する。でも毎週末は約束できないし、平日も何だかんだで多忙にしている。専務として働く他にも、色々面倒な付き合いがあるから、呼ばれたら仕事の繋がりのためにも出席しないとならない」


カーテンにくるまった恵は、少し俯く。


「今回はせっかく尊に誘われたし、時間を捻出して思いきり遊ぼうと思った。だからその間に、可能なら恵ちゃんと距離を縮めておきたいんだ。……駄目かな?」


そう言われ、恵はおずおずとカーテンから顔だけ出す。


「……そういう事なら、仕方ないですけど……」


彼女の顔は真っ赤で、私は恵が可愛くてベッドの上でゴロゴロ悶えたくなる。


というか、さっきからニコニコしっぱなしで、表情筋がおかしくなりそうだ。目尻なんて下がりっぱなしで、人相が変わりそうだ。顔が溶ける。


そんな私の顔を見て、恵が心底呆れた声を出す。


「朱里。顔」


「えへへへへ……」


私は締まりのない、緩みきった表情でデレデレする。


「じゃあ、私、荷物を纏めてお隣行くね」


私はサササッと洗面所に行き、置いてあった物を片づける。


「ちょ……っ、ちょ、朱里、マジで行くの?」


「マジだよ。明日会おう!」


私はガシャガシャッと雑にバッグの中に道具を突っ込むと、スチャッと手を挙げて部屋を出る。


廊下に出て隣の部屋のドアをノックすると、すぐに尊さんが顔を覗かせた。


「おう」


「オッス、オラ朱里!」


私は元気よく挨拶をし、「お邪魔します」と部屋の中に入る。


「……という事は、交渉はうまくいったのか」


「うまくいったというか、口説き落としで技あり有効一本?」


「柔道のルール、分かってねぇで言ってるだろ」


尊さんはクスクス笑い、私の頭を撫でる。


ほどなくして涼さんが部屋に戻ってきて、自分の荷物を纏め始めた。


「涼さん、恵は男性慣れしていないがゆえに、当たりがキツイ事もありますけど、嫌ってるわけじゃないので安心してください」


そう言うと、彼はニコッと笑って頷いた。


「了解。ありがとね」


涼さんに隣の部屋のカードキーを渡すと、彼はそれを軽く掲げ、「おやすみ」と言って部屋を出ていった。

部長と私の秘め事

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