陽が暮れ始めている空を、ふっかが運転する車に揺られながら眺める。
涼太と離れてから久しく、温もりが足りない手のひらをギュッと握っては、また開いてを繰り返す。
あー、早く帰りてぇなぁ。
そんなことを思いながら、車窓の枠に肘を突いて、すぐに変わって行く景色をぼんやりと眺める。
しかし、俺の気持ちを置いてけぼりにして、先ほどから周りは騒々しかった。
「ねぇ、翔太見て。俺の新しい嫁」
紫色の長い髪の女の子のイラストを何の前触れもなく見せてきては、まだ何も聞いていないのに「この子の名前はね…」と勝手に話し始めるのは、メンバーの佐久間だ。
「へー」
と適当に相槌を打つと、「聞いてる!?」と佐久間はでかい声を出す。
いや、そもそも俺は何も聞いちゃいねぇよ。
そう思ったが、それをそのまま言ったら、流れるように嫁の話がまた始まって、俺はもうこいつの話を聞くしかなくなってしまう。
こういうのは聞いているフリをするのが一番だ。
俺は「聞いてる聞いてる」とまた適当に答えて、その後も「ふーん」とか「そうなんだ」とか、知っている限りの会話の相槌を大量にかき集めて使い回していった。
「あ“ぁ”ぁあああぁ…亮平が足りない…」
アイドルとは到底思えないような断末魔をあげているのは、同じくメンバーの目黒だ。
今日、ふっかが運転する車の中で集合してからというもの、こいつはずっとこんな調子である。
阿部ちゃんは、今日仕事だったらしく、朝に会ったきりそのまま会えずに、目黒はここに集合したらしい。
だがしかし、そんなの知らない。
うるせぇ。俺だって我慢してんだ。
自分の恋人に会えない時間というのは、なかなかに辛いものがある。
それは俺だって重々承知しているが、お願いだから声に出さないで欲しい。
苦しいのはお前だけじゃないんだぞ、俺も余計に会いたくなってくるだろ、と俺は目黒に心の中で恨み言を言った。
「ねぇ、ふっか。今日泊まるとこ、おっきいお風呂があるよ」
「あー、そうそう。大浴場あんだよ。ちょっと楽しみにしてんだよねー」
「だめ!ふっかは部屋のお風呂入って」
「なんでだよ!?俺もでかい風呂入りたいんだけど?!」
「ふっかが誰かに狙われたらやだ」
「そんなわけないだろ…」
「そんなことある。ふっかかわいいんだから」
「ばっ…!?お前さぁ……ふははっ、ホント物好きだよな」
やめてくれマジで。
これ見よがしにイチャつくなよ…。
多分隠してはいないんだろう。
ただ、二人から特に報告を受けたわけでも無いので、 知らないふりをしているが、こいつらが付き合っていることは、ちゃんと気付いている。
ふっかはある時からかなり顔色が良くなったし、照も怒ったような、悲しそうな?悔しそうな?歪んだ顔をしなくなった。
そのタイミングがほぼ同時だったこと、二人の距離がその頃からかなり縮まったことから、大体のことは察している。
だから二人が付き合っていることを知った状態で、助手席と運転席で、そのやり取りが目に入ってくるのは大変に気まずいし、なんだか変な気持ちになる。
お願いだから仄めかさないで欲しい。
俺は、前方でハートを飛ばしまくっているリーダーとマネージャーから目を逸らして、また窓の外の景色に集中することにした。
その間にも、佐久間のマシンガントークと、目黒のため息は、ずっと止まってくれなかった。
辺りが真っ暗になった頃、車はどこかのホテルの地下駐車場に吸い込まれるように入っていって、停車した。
「ついたよー」
一向に終わらない佐久間の二次元話、目黒の断末魔、前方二人のイチャつきに終止符を打つようなふっかの声を合図に、俺は後部座席のドアを開けて外に出た。
トランクから荷物を取り出して、肩にかけ、先を行くふっかの後についていった。
チェックインを済ませて、五人でエレベーターに乗り込んだ。
平凡な会話を交わしながら、今日泊まる部屋まで向かう。
「腹減った」
「そうねー、今日何食べる?」
「俺イタリアンの気分!」
「えー、俺和食がいい」
「俺は亮平が作ったご飯がいいです」
「お前は黙っとけ」
「しょっぴー!!酷い!しょっぴーはオーナーに会えなくていいんすか!!」
「会いてぇけど口に出さねぇようにしてんだよ!お前のせいで余計に会いたくなるからもう喋るな!」
二つ用意された部屋に辿り着いて、それぞれの部屋割りごとにドアを開けて中へ入った。
今日は目黒と相部屋になるということに、俺は頭を抱えた。
こいつ、一晩中どころか、寝ながら阿部ちゃんの名前呼ぶんじゃねぇの?と想像しては、少し憂鬱になった。
鞄からスキンケアグッズを出して洗面台に並べていると、ノックの音がした。
「目黒ー、出て」
手が離せないので、代わりに目黒にドアを開けてもらうと、もう一つの部屋で支度を済ませたメンバーが入って来た。
「飯行こー、何食う?」
「俺は絶対イタリアン!」
「和食!」
「じゃあ、間とって中華にしよっか」
「どこの間だよ。お前が食いたいだけだろ」
「俺はなんでもいいです」
「まぁまぁ、いいじゃない。明日もハードなんだから、スタミナつけとこうぜ」
ふっかのゴリ押しに一言申しつつ、俺たちは中華料理屋へ向かった。
単品で色々なメニューを頼んで、みんなでちょっとずつ摘まんでいった。
あっという間に全品平らげて、俺たちは席を立った。
会計は、言い出しっぺのふっかに払わせた。
「経費で落ちるからいいもん…っ」
そう言いながらも、一度は自分で立て替えないといけないこと、金額がなかなかでかいことに、ふっかは半べそをかいていた。
また部屋に戻って来て、大小二つのタオルとスキンケアグッズ、ヘアバンド、その他、風呂上がりに必要な道具を一式、メッシュ素材のバッグに入れて廊下に出た。
全員でぞろぞろと一列になって歩いていって、脱衣所で服を脱いでから大浴場の扉を開けた。
「っ、ぁあぁ〜…染みる…」
「気持ちいねぇ」
「でかい風呂っていいよねぇ…」
「翔太、お風呂上がったらサウナ行こう」
「おう」
「ぶくぶく…」
湯船に胸まで浸かると自然と声が出て、ふっかと佐久間が俺に同調してから、天井を仰いで目を閉じる。
照がサウナに誘ってくれたが、目黒はまだ元気が出ないのか、口元まで湯に入って息を吐いている。目黒が出した気泡が、表面まで浮かんで来ては弾けて、ぽこぽこと小さな飛沫を上げて消えていった。
全身綺麗に洗い上げて、サウナにも入って、満足したところで大浴場を出た。
脱衣所の洗面台の前で、念入りにライン使いしているメーカーの導入美容液と化粧水、別の美容液、最後に乳液を塗り込んだ。
寝るまではみんなで過ごそうということになって、全員で俺たちの部屋に集まった。
俺は出がけに涼太に渡されたもののことを思い出して、鞄から四枚の封筒を取り出した。
「これ」
照れ臭くて、俺はそれだけ言ってみんなの前にそいつを突き出した。
「封筒…ですか?」
「俺たちの名前書いてあるじゃん」
「まさか、、デスゲーム!?」
「んなわけないだろ、翔太、見ていいの?」
「ん」
ふっかの伺いに了承すると、みんなは一斉に中を見始めた。
封を切って中のカードを読むなり、佐久間は「えー!!!!すげぇ!!」とはしゃいで飛び上がった。
そのままベッドの上に上がって、ぴょんぴょんと飛び跳ね続けていた。
「ちょっと!佐久間くん!俺のベッドぐちゃぐちゃじゃん!!」
目黒の言葉通り、佐久間が跳ねるたび、ベッドシーツは大きな波を打っていた。
その光景に目を奪われていて気付かなかったが、先程からやけに静かだなと思っていた照とふっかは、二人で机を運んできて、俺の前に置いた。
水が入ったペットボトルも俺の左側に置いて、ふっかに「これ持って」と太めの油性ペンを持たされる。
何やってんの?
と言う間もなく、ふっかが俺の真横に立ち、同じようにペンを持ってしゃべり始めた。
「えー、これより、渡辺翔太の結婚発表記者会見を始めさせていただきます。ご質問ございます方は、挙手にてお知らせください。私が手を指した方より発言をお願いいたします」
…は?
すげぇ、、嫌な予感する…。
「はいはーい!」
「はい佐久間!」
「いつから付き合ってたんですか!」
「…………デビューした時から」
「「「Foooooooooo!!!!!」」」
「……なに、なんなの…」
「はい」
「はい照!」
「お二人の馴れ初めは?」
「………生まれたときから」
「「「Foooooooooo!!!!!」」」
「声でか」
「はい」
「はい目黒!」
「奥さんの手料理で一番好きなものはなんですか?」
「……全部」
「「「Foooooooooo!!!!!」」」
「さっきからうるせぇな!!なんだよ!!」
「会見の練習しとかないと」
「公表しねぇよ!バカが!」
「なんでよー!おめでたじゃん!」
「涼太の存在をこれ以上世に出したくない。あいつモテるから」
「その気持ちわかるよ、翔太。心配だよね、他の人に狙われちゃうかもって」
「おう。涼太と二人でいられればそれでいい」
ふっかが始めたふざけた練習に、みんなして悪ノリしてきやがった。
小っ恥ずかしいのを隠したくて自然と声が荒くなる。
照の独占欲はだいぶ強いらしく、俺の考えに大きく共感していた。
目黒はずっと封筒を眺めては、何かを考えていた。
おおかた、「俺も亮平と結婚式挙げたい」とか、そんなところだろう。
ふっかはスマホと手帳を持って、おもむろに立ち上がった。
「来年の6月2日ね。俺ちょっと電話してくる」
「へいへーい」
佐久間がふっかを見送って、ドアが閉まったあとも、照からの質問が続いた。
「翔太、なんで結婚式しようと思ったの?」
「あー…ちゃんとした場所でもう一回ちゃんと誓いてぇなってのと、お前ら含めていろんな人に恩返ししてぇなって思ったから」
「そっか。呼んでくれてありがとう」
「おう」
ガチャっと鳴る音と共に、電話を終わらせたふっかが部屋に戻ってくる。
「この日、全員オフにしたから」
「やったー!オフだー!!」
「ほんとスケジュール調整うまいっすね。いつもどんな手使ってんですか?」
「んー?平謝り」
「嘘でしょ!?」
「冗談だよ。まぁパズルみたいなもんよ。空いてるとこを埋めて、埋まってるとこを上手いこと空けてるだけ。ついでに、次の日から翔太だけ一週間休みにしてあるから」
「は?」
「察し悪ぃなぁ。結婚式の次の日つったら、ハネムーンだろ?羽広げてこい」
ふっかからの嬉しいサプライズに、俺は素直に「ありがとう」と伝えた。
ふっかは笑いながら、「俺からの結婚祝い」と言った。
その後も鬱陶しいくらいに、結婚式の料理はどんなものが出るのかとか、ケーキは何味だとか、どんな演出をするのかとか、散々質問攻めにされた。
もみくちゃにされた俺がカラカラに乾いたところで、ようやくこいつらは満足して、「寝るわ、おやすみ」と言って自分たちの部屋に戻っていった。
「俺たちも寝ましょっか」
「ん」
目黒が俺に声を掛けた。
その声に応じて、俺たちもそれぞれベッドに入った。
俺は、今日家を出る前に涼太に言われたことを思い出して、それを目黒に伝えた。
「なぁ目黒」
「はい?」
「涼太から、お前に頼み事預かってる」
「頼み事…?」
淡いオレンジ色の蛍光灯の下で、目黒は不思議そうに俺を見ていた。
To Be Continued …………………
コメント
2件
舘様はめめに何をお願いするのかな❓❓
なになに??絶対嬉しいことだと思うけど🤭