それから二時間後。最初の接触以降一切連絡が無いことを不審に思ったガルフは、待機していた三組を追加で派遣することを決定する。
「獲物が居ても襲い掛かるなよ、何が起きてるか調べるのが最優先だ!それに、もう陽が暮れる。夜までに戻るんだぞ!」
「へいっ!」
夕陽に彩られた『ロウェルの森』は間も無く夜を向かえようとしており、情報収集を最優先とする旨を伝えた。
派遣された三組の内一組は、無傷のまま夜営の準備を進めるマリアの一団を発見。
「なんだありゃ!?森に広場が出来てやがる!」
「無傷なんじゃねぇか!?ガルフさんに知らせるんだ!」
それを確認した彼等は、夕陽に紛れて速やかにその場を離れた。
一方別方向へ向かった二組の内一組は。
「何処にも居ねぇぞ?何処に行きやがった?」
「そんな筈は……ん?おい!何を……!」
彼等二人が振り向くと、一緒に組んでいたもう一人の首に矢が突き刺さり脱力しているのを発見。
「矢だと!」
「畜生!何処から……!」
それ以上彼等が言葉を発することは無かった。彼等は運悪くエルフの警戒網に引っ掛かり付近に居たエルフ達から監視され、七人のエルフによって始末されて痕跡を消された。
残る一組は何の成果も挙げられずに帰還。報告を受けたガルフは驚愕した。
「今すぐ全員を呼び戻せ!何がどうなってる!?」
直ぐ様遠吠えによる帰還命令を発するが、戻ってきたグループは明らかに出撃前より少なく、自分の作戦が裏目に出たことを認めざるを得なかった。
この二時間の間にシャーリィ達の罠に嵌まり狩られた人数は百名を越えていた。三十以上のグループが狩られた計算となる。残る戦力は二百名。僅か数時間で1/3の戦力を失ったことになる。
何より彼が気になっていたのは、派遣した三組の内一組が戻らない点である。
「あいつらはどうした?」
「音沙汰がありません。何度も呼び掛けてるんですが……」
部下の言葉を聞いて、ガルフは舌打ちをする。彼を苛立たせたのは、その組を派遣した方角は夜営地を見つけた場所の反対側に当たるためである。
「殺られたか。だが夜営してる奴等とは方角が違うだろう?」
「ええ、真逆です」
「となれば、別の奴等が居るって事になるな」
新たな敵の存在にガルフは思考を巡らせる。だが、早々妙案が浮かぶこともない。
「そいつらは後回しだ。夜営してる奴等を先に潰す。真正面から攻めたら熊の奴等と同じ末路を辿るからな。明け方の一番眠い時間帯に全方位から奇襲をかけて仕留める。最優先は小娘だ。小娘さえ始末できればアイツらも森を出ていくだろうさ」
「後回しにして大丈夫なんですかい?」
「獣王様には俺から説明しておく!隠し球も全部使うぞ。熊共の二の舞は御免だからな!直ぐに準備に取り掛かれ!」
未知の敵に対して不安を抱きながらもガルフはマリア一団を襲撃すべく準備を始める。
同じころ、襲撃が止み状況が落ち着いたシャーリィ達は夜営の準備を整えて夜に備えていた。
焚き火を灯して簡易テントを張るだけのものだが、地べたに寝るよりは張るかにマシな環境であった。
そのテントではシャーリィとアスカが身を寄せあって穏やかな眠りにつき、ベルモンドとルイスは倒木を椅子代わりにして座り、焚き火を囲んで見張りに徹していた。
「リナ姐さん達も交代で休むんだとさ」
「そうか。こっちもお嬢とアスカをしっかり休ませてやらねぇとな」
「ああ……大変な一日だったよな、ベルさん。朝には黄昏で魔物を迎え撃って、夜は『ロウェルの森』だぜ?」
ルイスは簡易コーヒーを淹れたカップを手渡しながら笑みを浮かべる。ベルモンドはそれを受け取りながら苦笑いを返した。
「あれだけ暴れてここまで来れるんだ。お嬢の体力にはいつも驚かされる。魔物の次は獣人だしな」
「だな。アスカの事もあるし、心配したんだけど……本人も気にしてないみたいなんだよなぁ」
「同族って考えが無いのかもな。アイツは売られるところだったんだ。同族との関わりが無かったのかもしれない」
「セレスティンの爺さんが不思議そうに観察してたもんなぁ。俺は詳しく分からねぇけどさ」
「俺もだよ、ルイ。まあ、良いんじゃねぇか?アスカは仲間だ。そのアスカが気にしねぇんなら俺たちも遠慮無く獣人を殺れるからな」
「おうよ。シャーリィの言った元凶がどんな奴か知らねぇが、アイツの敵なら殺るだけだ。簡単だよ」
「お前はそれで良いよ、ルイ。お嬢のやることを疑うな。お前が下手に疑うと、お嬢も迷うからな」
意気を挙げるルイスを頼もしげに眺めながら、ベルモンドは夜空に視線を向ける。
「結果がどうであれ、明日には戻りたいな。後始末を丸投げにして来たが、やっぱりお嬢が必要だ。今回は死人もかなり出ただろうからな」
「……だな」
ルイスもつられて夜空を見上げる。夏の夜は雲も少なく、満天の星々が夜空を彩っていた。
同じ頃、マリア一行も周囲の木々を移動させて広い空間を作り出し、各所に焚き火を焚かせて厳戒態勢を敷いていた。
その中心には天幕が張られ、急拵えの椅子に座ったマリアがゼピス、ロイスと語らっていた。
「見張りはお任せを。我等デュラハンや死霊騎士は睡眠を必要としませぬ」
「お願い、ゼピス。ロイス、皆をしっかり休ませて」
「御意」
「任せておけ。お嬢様もちゃんと休むんだぞ」
二人が天幕を出ると、入れ替わりに桶を持ったダンバートが天幕をくぐる。
「お待たせ、お嬢様。水を持ってきたよ」
「ありがとう、ダンバート。そこに……ちょっと!?」
ダンバートはマリアの足元に桶を置いてサンダルを脱がせ、足を洗う。
「ダンバート!自分でやるから!」
慌てるマリアにダンバートは笑みを浮かべる。
「これくらいやらせてよ、今日はあんまり役に立てなかったからさ」
「そんなことは……分かったわ。お願い」
恥ずかしそうに頬を赤らめながらもマリアは身を委ねた。
「ありがと。ねぇ、お嬢様。こんな場所くらいは靴を履きなよ。傷があちこちにあるじゃん」
険しい森の中を歩いたためか、傷が目立つ足を丹念に洗いながら、ダンバートは気遣う。
「ありがとう……でも、これは清貧を示すためだから。靴はまだまだ高価、私が救うべき人達には手が届かない」
「そうだけどさぁ、女の子なんだから少しは気にした方が良いんじゃない?」
「ふふっ……今はそんなこと気にしてる余裕はないわ。でも、気持ちは嬉しい。ありがとう、ダンバート」
笑みを浮かべるマリアを見上げて、ダンバートも溜め息を吐く。
「はぁ……仕方ない、お嬢様が色恋を自由に出来るように頑張りますかね」
「それは、先の長い話になりそうね。先ずは獣王を止めないと。ちゃんとダンバートも休んでね?」
「お嬢様には言われたくないなぁ」
「ふふっ……気を付けます」
各陣営は様々な思いを抱きながら夜を明かす。決戦の時は迫りつつあった。そして、『勇者』と『魔王』の因縁も。