夜明け前、ガルフ率いる狼獣人二百名弱は行動を開始した。ドムア率いる熊獣人と同じ轍を踏まぬように真正面から挑まず四方から波状攻撃を仕掛けようとしていた。
この時のために密かに入手していた人間の飛び道具、つまり銃を使用することも躊躇しなかった。
尚、彼等が手に入れた銃はマスケット銃である。
人間の町を襲撃した際に手に入れたものであり、彼等は簡単な使用方法を習得していた。もちろん旧式の武器ではあるが、それまで使われていた弓矢に比べれば遥かに強力な武器であり、それ故に寄せられる期待も大きかった。
なにより、マリア達の一団は銃火器を持たないため、マスケット銃の存在は極めて脅威となるのである。
「弾を気にするな!ここでケチケチして失敗したら意味がないからな!」
ガルフはマスケット銃を装備する五十人を潜伏させ、残りは潜伏地点まで敵を誘引する作戦を立てる。
真正面から挑んで全滅した熊獣人達の犠牲を教訓としたのである。
一方夜間から奇襲を警戒していたマリア一行は、夜明け前が一番危険と判断。奇襲を警戒して夜明け前にマリア以外の全員が起床。奇襲に備えていた。
そして夜明け前、夜営地に飛来した矢により双方の戦端は開かれることとなる。
「総員配置に付けーっ!!」
飛来した矢は十本程度であり、それらは夜営地外縁で警戒していた死霊騎士の大楯によって防がれる。
そして魔族達が慌ただしく動き始める中、天幕で休んでいたマリアもゼピスの声で目が覚めて簡易ベッドから飛び起きる。
「襲撃!?」
「予想通りさ、お嬢様。ほら、直ぐに準備をして。大丈夫、慌てなくても時間はあるからさ」
天幕の中で待機していたダンバートはマリアに着替えを渡し、天幕を出る。
「ありがとう、直ぐに行くわ!」
マリアは直ぐに起き上がり、ダンバートが用意してくれた蒼い修道服に袖を通して簡単に身なりを整え、サンダルを履いて天秤を象った杖を持ち天幕を出る。
空が微かに明るくなりつつある夜明け前の時間、ゼピスやロイスの指示で魔族や魔物達が慌ただしく行き交っていた。
マリアはその中でゼピス、ロイスを見付けて駆け寄る。
「ごめんなさい!寝過ごしたわ!」
「お嬢様、良く休まれましたか?」
「慌てるな、お嬢様。まだ始まっていない」
謝罪するマリアに対して二人は柔らかい視線を向ける。マリアは昨日大規模な自然干渉を行い魔力を極端に消耗しており、出来ればもう少し休んで欲しかったのが本音なのだ。
そんな二人の想いを感じたマリアも、表情を和らげる。
「ありがとう。状況は?」
「つい先程矢が射たれました。数は十、南側の茂みから放たれたものであると思われます」
「わざわざ朝の挨拶をしてくれたんだ。どうやら連中は諦めが悪いらしい。お嬢様、戦いは避けられんぞ」
「それは覚悟の上よ。敵は南側ね?」
杖を強く握るマリアを見て、ゼピスは言葉を掛ける。
「お嬢様、魔法の使用はお控えください。昨日から身体を酷使しております。魔力や体力は獣王を相手にする時まで温存すべきです」
「でもそれだと犠牲が増えてしまうわ」
昨日勝てたのは森を開き視界を広げた為であると考えるマリアは難色を示す。
「こんなところで無理するなよ、お嬢様。まだ先はあるんだ。ここは俺たちに任せとけ」
ロイスは笑みを浮かべながらその逞しい胸板を叩く。それを見てマリアも少し迷いを抱えながらも頷く。
「分かった……でも皆が危ないと判断したら魔法を使うからね?」
「矢ダーっ!マタキタゾーっ!」
「むっ!」
再び矢が飛来し、それを死霊騎士達が大楯で防ぐ。矢は全て南側から放たれていた。
「陣形を組め!奴等は南側に居る!生意気な奴等を叩き潰すぞ!」
「周囲への警戒を怠るな!何が出るか分からんからな!」
死霊騎士達を先頭に陣形を組みながら少しずつ南下する。周囲への警戒を怠らずに進撃していくが、間も無くマリアが作り上げた広場が終わり森へと侵入することとなった。
死霊騎士の前に出たロイスは身の丈はある巨大な大剣を構え、薙ぎ払うように振るう。
「うぉおおおおっっ!!!烈空斬っ!!!!」
その体躯から繰り出される斬撃はその勢いを殺さずに飛び、見渡す限りの木々を纏めで薙ぎ倒すほどである。
「相変わらず素晴らしい一撃だな」
「こんなことも出来るのね、ロイス」
ゼピスとマリアは感心しながらそれを眺め、魔族達からは歓声が挙がる。
「ふぅ!何度も繰り返せるようなもんじゃないがな」
ロイスの一撃は一気に視界を広げたが、何度も繰り返せるようなものではなく有視界に限界が生じた。
更に再び森林に侵入してから、四方八方から散発的に飛来する矢は彼等を大いに悩ませた。
「昨日とは状況が変わったな。出来れば迂回したいのだが」
「そういかん。獣王の居る遺跡に向かうには、この方角しかない。罠であろうが、突破する他ない。警戒を怠るな!常に周囲を観察せよ!」
幸い飛来する矢は全て狙いも甘く、死霊騎士の大楯に防がれているが不安と疲労が蓄積されつつあった。
隊列の中心ではマリアが死霊騎士達に囲まれて守られており、側にはダンバートが待機していた。
「これは、誘い出されてるね。昨日の奴等とは違うよ」
「ええ、私達を誘き寄せて殲滅する計略があるのでしょうね。私にもっと力があればこんなことには……」
「悔やむのは後だよ、お嬢様。どうせ森の中じゃワイバーン達も使えない。森を焼き払って良いなら直ぐにやるけど?」
ダンバートの提案にマリアは首を横に振る。
「それは最後の手段よ。未開の土地とは言え、森を焼き払ったなんて知られたら……私の評判は別にどうでも良いけど、皆が批判に晒されるのは我慢ならないわ。甘いかしら?」
「いや、お嬢様らしいよ。弱者救済を掲げてるんだから、理想は捨てちゃダメだよ」
「ありがとう、ダンバート……ん?泉?」
一行は散発的な攻撃に悩まされながらも森の中を進撃。突如として開けた空間に出る。そこには大きく美しい泉があり、水を飲む動物達の憩いの場となっていた。
「視界が広がったな。隊列を変更する!もう少し左右に広がるのだ!急げ!」
空間が広がったため、円陣を更に広げて周囲からの攻撃に備える。
だがそれは、ガルフの望みを叶える結果となった。
彼等の正面にある繁みにはマスケット銃を装備した狼獣人達が潜んでおり、マリア達を待ち構えていたのだ。
「狙い通りだな。よぉく狙え!」
開けた場所は視界が広がるが、木々によって射線が邪魔されることも防げるメリットもあった。
散発的な攻撃を繰り返して奇襲を警戒させ、待ち構えたマスケット銃による正面から一斉射撃で大打撃を与える。
今さら真正面からの攻撃はないと思わせたガルフの策略は、ここに完成を見たのである。
「放てぇーっっ!!」
次の瞬間轟音が鳴り響き、盾を容易く貫通した銃弾が死霊騎士、ゴブリン、オーク達を傷付け血煙が各地から挙がるのを見て、マリアは戦慄する。
「マスケット銃!?しまった!銃火器を使う可能性を考えてなかった!」
人間を見下す獣人が人間の武器を使うことはないだろうと言う思い込みが、予期せぬ反撃を招いた瞬間であった。
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