(ちょちょちょ、何で、何で、そうやって煽るの!?)
「ちょっと、ラヴァイン!」
思わず、私はラヴァインの肩を掴んでしまった。愛称で呼んで欲しいとかそんなこと過去の記憶で、今は、何故ここにいる騎士達を煽ったのか、何でそんなことしか言えないのかと、問い詰めたかった。でも、ラヴァインは先ほどの言葉を撤回する気は無いらしい。
(阿呆、バカ、阿呆――――!)
心の中ではどれだけ酷い罵倒でも言える。いや、罵倒になっていないかも知れない。切実な叫びだ。それは良いとして、本当に何をやってくれたんだと、私はラヴァインの肩を揺さぶる。でも、びくともしなかった。しっかり両足で立って、尚且つ、自分は圧倒的強者だという佇まいで。
「何だと貴様」
「どの口が」
騎士達も、彼の挑発に乗って閉ざしていた口を開けていく。出てくるのは、それはもう殺意たっぷりの言葉で。ラヴァインが如何に恨まれているか分かる言葉だった。態度から、その声色から、ラヴァインの日頃の行いというか、これまでの事が伺えるようだった。
本当に何をやったら、こんなに怒りを買うことになるか教えて欲しいぐらいに。
「ちょっと、ラヴァイン、本当にやめなさいって」
「だって、言いたいことがあるなら直接言えば良いじゃんね。俺本人がここにいるわけだし、そのギラギラした目で見られるのあんまり好きじゃないかなあ。自分は冷静ですっていってるようで、イラつくって言うか、怒りを抑えているのが格好いいと思っているって言うか」
「もう、口閉じなさいよ。アンタ」
私は、ラヴァインの足を踏みつける。彼は、「痛っ」と言ったものの、その見下した目は変わらず、かかってこいと言わんばかりに騎士達を見下ろしていた。
どうなっても知らないと言いたかったが、此奴を連れ来た渡しの評価も下がるだろうなあ……何て、この場に及んで自分の保身に走っていた。情けないことに。でも、此奴を連れてきた責任というのはあるわけだし、私が何とかこの場を切り抜けなければ、とそんな淡い思いを抱いていた。
「お前のせいで、何人死んだと思っている」
「そうだ。お前が指示したヘウンデウン教の奴らに俺の家族は殺された」
「身ぐるみを剥がされ、金品も奪われ、最終的に家屋を壊していった。お前のやったことは許されることじゃない。記憶を失ったとしても、罪は消えない」
「なのに、のうのうとお前は――――!」
あふれ出して止らないラヴァインへの怒り。私が割って入って納められる状況じゃなかった。ラヴァインは恨まれていた。勿論、ラヴァインが直接手を加えたわけじゃなくて、間接的な物だったとしても、それをまとめていた指示していたのはラヴァインで、全責任はラヴァインが、と。
彼らの言い分は分かったし、家族を殺されたこと、家を失ったこと、そういう話が出てしまえば、ラヴァインを擁護すること何て出来なかった。ここで擁護したら、火に油を注ぐような物だ。
私は、何も言えず、この怒りがいつ収まるのか、この事態は同収拾を付けるのかと、ラヴァインを見つめていた。ラヴァインはじっと、その曇りのない黄金の瞳で、彼らの言葉を聞いている。初めは聞き流している物だと思っていたが、しっかり聞いていたのだ。こんなの、過去の自分がやったとしても、記憶のないラヴァインには耐えられないんじゃないかと。でも、先ほどの事場に合ったとおり、罪は消えないのだ。
「ラヴァ……」
「うーん、矢っ張り思い出せないや」
私の心配をよそに、彼の口からでてきた言葉はそんな意味不明な物だった。
思い出せない。ケロッとした顔で、そういったと思えば、ハハハと高笑いし始めて、とうとう狂ったかとも思った。でも、初めからこういう奴だったと、正気に戻れば、また、何でそうやって周りのことを考えない煽るような発言をするのかと、頭が痛くなる。
煽ったところで、敵を作るだけだ。
騎士達の怒りは頂点に達したのか、腰に下げていた剣を引き抜こうとしたので、私は慌てて間に割って入った。
「すみません。私が謝るのは可笑しいかも知れませんし、これで免除して下さいとか言いませんけど、こ、この、えっとラヴァイン・レイは報告が言っているとおり記憶喪失で……ええっと私が責任持って彼を監視するので、剣を納めて下さい」
下手な敬語と、懇願と、私は自分でも何を言っているか分からなかったが、兎に角、事を荒げたくないというように、彼らに言った。騎士達は、怪訝そうな顔で私とラヴァインを見る。私に対しても、あまり良い感情を持っていないようだった。それも、トワイライトが現われて以降よりもずっと酷い、疑い深い顔をして。
「あの、聖女様は、本当に聖女様なんですよね?」
「はい?」
騎士の一人がそう尋ねてきたので、私は何て返せば良いか分からず、素のままそう言うと、騎士の顔が歪んだ。ピンと張った糸が、何となく全てをつなぎ合わせて、私はもしかして、と顔を上げる。
「それって、銀髪の髪の女性を見たからですか?」
私がそう返せば、騎士達は黙り込んでしまった。図星だったようだ。私のことを疑っている、それがバレた、気まずいって言うのが伝わってきて、こっちも嫌な気持ちになった。私は相変わらず彼らのことが信用出来なかった。私のことも信じれずに、トワイライトにも疑いをかけて、何を信じて生きているのだろうと思ってしまうぐらいには。
不愉快極まりない。
「そう、でも、別に聖女様だとは思っていませんよ」
「そうです。ただ、銀髪の女性だって」
「この目ではっきりと見たいんです」
と、言い訳苦しい事をだらだらと続けるので、私のこめかみがピクリと動く。私が不機嫌になったと悟ったのか、それ以上騎士達は何も言ってこなかった。初めはラヴァインの煽りに乗って、それから、次は私に疑いの目を向けて、不の感情が連鎖しているな、と混沌がいなくなったからと言って、災厄が去ったからと言って人間は変われないのだと思った。誰しも、そういう疑心暗鬼の心は持っているわけだし、疑わずにはいられないって言うのも分かる。でも、これはあんまりだった。
後ろから刺さっていたらヴァインの視線が鬱陶しくなって、私はこの場を切り上げることにした。
「別に気にしてないので。アンタ達が何を思っているかとか、私を疑っているかとかどーでも良いんで。でも、私の前でぐだぐだなるのはやめて。不愉快なのよ」
私がぴしゃりと言えば、彼らはかたまってしまった。
一応、私の方が位は上だし、強く出られないのだろう。いや、強く出てそれをリースにでも報告されたら彼らは首が飛んでしまうかも知れない。物理的に。リースは感情的な部分がまだあるし、私が虐められた……とでも言えば、知れば、彼はすぐに実力行使に出るだろうから。
(この場にリースがいなかっただけマシね、あとアルバ……)
私のことを大切に思ってくれる人ほど、私の事になると、自分事のように怒ってくれて、まあ、それがやりすぎって言うのは毎回なんだけど、嬉しくもある。だから、この場にいなくてよかったとも思った。主人がこんな風に疑われていたら、良い気持ちにならないだろうし。
「ラヴィ、いきましょう」
「良いの?彼奴らのこと」
「言ったじゃん、どうでもイイって。関わるだけ無駄よ」
私は、今自分に出来る最大の睨みを利かせて、彼らの元を去った。アルバ達と合流するか、それとも先に、最後アルベドと別れた場所に行くべきか迷いながら歩く。彼らは、私を引き止めようとしていたみたいだが、私は止らなかった。あんな人達の話を聞くのは時間が無駄だと思ったから。
「エトワールって案外冷たい?」
「……そうかもね」
「怒ると思ってた」
歩きながら、ラヴァインは無神経に聞いてくる。私は冷たい人間だと分かっている。興味が無いこととか、自分の心を守る為に、スンと冷めてしまうところがあるから。それでも、私を優しいお人好しって言ってくれる人もいるわけで、人からの評価と、自分の評価は合致しないと言うことは分かっている。でも、直接冷たいって言われたのは初めてだった。
「何で、それだけで怒らないといけないのよ」
「うーん、何となく?」
「はあ……まあ、怒ってるのは、アンタが喧嘩をふっかけたことかな」
「喧嘩なんてとんでもない、ちょっと挑発しただけじゃん」
「同じよ、同じ!」
そんな子供が言う屁理屈みたいなことを返したラヴァインに私はデコピンを喰らわせると、額を抑えた彼を見た。何で彼が先ほどの行動をとったのかは疑問だった。
「何も思い出せないってどういうこと?」
「うん?手っ取り早いと思ったんだよ。元々、俺はエトワール達の敵だった。じゃあ、そいつらから向けられる殺意とか、雰囲気とか感じられれば記憶が戻るかもって、せっかくラジエルダ王国まで来たんだ。色々試さなきゃって思ってさ」
「そう……」
「でも、思い出せなかったよ。と言うか、あれだけ殺意とか怒りとか向けられていても、俺の心ちっとも動かないし、痛くも無かったんだよね。記憶が無いから、ああいうの、記憶を失う前の俺が悪いんじゃん!とか、なると思ってたけど、そんなこともなかった。慣れすぎている。身体も、心も全然動かない。可笑しい、かな」
と、ラヴァインは何故か私に問いかけてきた。
可笑しいか。
そう聞かれて、私は何て言おうか迷った。でも、頭で考えるよりも先に手が動いて、彼の頬に手を当てていた。それは、子供をあやすような、諭すような感じで、自分でも驚くぐらい優しい声色だった。
「可笑しくないよ。アンタは、可笑しくない」
「そっか」
そう言ったラヴァインの顔は、少し泣きそうだった。
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