「これからもよろしくお願いいたします」
俺は、笑顔で握手をする。
ここは都内のホテル。
今夜は親父につれられて財界のパーティーに参加した。
今晩だけで一体何人の人と挨拶をしたことだろう。
「鷹文さん、彼は浅井建設の山口社長です。叩き上げの苦労人ですので、」
「わかった」
そう言っている間に近づいてきた50歳くらいの男性。
「山口社長」
俺の方から声を掛けた。
「おや、鷹文さんですか?」
「ええ。お久しぶりです」
「私を覚えていてくださったんですか?」
「はい。10年前自社ビルの完成式典で、お目にかかりましたね」
「ええ。まだ高校生でしたか」
「はい」
正直顔は覚えていない。
でも、自社ビル建設は浅井建設が取り仕切っていたはずだし、たたき上げって言うなら当時から勤めていたに違いない。
「随分ご苦労されたようですね」
先ほどまでの値踏みする視線が、一気に同情的になった。
「ええ、まあ。ご心配ありがとうございます」
無難に受け流すと、山口社長は建築業界の話を始めた。
単純だなあと思うけれど、仕事熱心でいい人だ。
この人に任せておけば、浅井建設はつぶれることはないだろう。
まあ、その代わり急成長もない気がするが。経営者としてどっちをとるかだな。
しばらく、熱く語る山口社長の話を聞いていると、
「失礼します。鷹文さん」
守口が声を掛けた。
見ると、手には俺の携帯。
そう言えば、パーティーが始まる前に預けたんだった。
「何?」
「鈴木様からお電話で、急用とのことでしたので」
ああ、一華か。
でも急用って、なんだろう。
「すみません。ちょっと失礼します」
山口社長に断り、俺はパティー会場を抜け出した。
***
「もしもし」
『俺だ』
「せ、専務」
てっきり一華だと思っていた俺は驚いた。
「どうかしましたか?」
『一華と連絡が取れないんだが、何か知っているか?』
「いえ、7時くらいまでは会社にいましたが。電話は?」
『つながらない』
あのバカ、何してるんだ。
「僕の方でも探して見ます」
『忙しいのに、すまない。きっと今日の俺に怒っていると思うんだが・・・無茶するんじゃないかと心配でな』
「わかっています。ああ見えて無鉄砲ですから」
『すまない』
「良いんです。何かわかったら連絡しますから」
『よろしく頼む』
心配そうな専務の声に胸が痛んだ。
ッたく、あいつは何をやっているんだ。
心配させやがって。
「鷹文さん?」
それまで後ろに控えてきた守口が、寄ってきた。
「すまないが、抜けても良いか?」
「ダメだと言ったら諦めていただけますか?」
「いや、それは」
何があっても、俺は一華を探しに行く。
「なら聞かないでください」
不機嫌そうに言われてしまった。
「すまない」
クスッ。
「やめてください。その代わり、私もお供します」
「えっ」
「私はあなたの秘書ですからね。是非その方のお目にかかりたいですし」
「わかった」
これ以上言っても、守口はひかないだろうな。
諦めるしかない
***
多少でも飲んでしまった俺は車の運転をできるはずもなく、守口に乗せてもらって動くしかなかった。
「まずはどこへ行きますか?」
「そうだなあ、マンションに向かってくれ」
きっといないだろうが、とりあえず行ってみよう。
「向かった先に心当たりはないんですか?」
恋人なら知っているんじゃないのかと言いたいらしい。
「さあな」
つい不機嫌になった。
「付き合っているんですよね」
「まあな」
「どんな方ですか?」
興味津々で聞いてくる。
どんなって言われても・・・
「一途で、無鉄砲で、目を離すと何をするかわからない」
「どこが良いんですか?」
呆れられた。
確かにな。
でも、好きになってしまったんだ。
「誰にでも誠実だし、不器用なほど裏表がないし、1度決めたら絶対に諦めない。俺にないものを持っているんだ」
ククク。
「あなたもそんな顔をするんですね」
おかしそうに笑う。
ああ、もう。好きなだけ笑え。
一華に関わる時、俺は自分のたがが外れるんだ。自分でも自覚がある。
***
「さあ、着きましたよ」
3日ぶりに帰ったマンション。
守口と2人部屋に入ってはみたが、やはり一華はいなかった。
その間に何度も携帯を鳴らしたが、出てもくれない。
「困りましたね。一緒に出かけるようなお友達とかいないんですか?」
友達ねえ。
とりあえず、小熊と橋本さんに聞いてみるか。
さすがに萩本さんの連絡先は知らないから、小熊にメールを送り確認してもらうことにした。
後は・・・そうだ。
ピコピコと携帯を操作し、
「もしもし」
『おお珍しいな、どうした?』
突然の電話に驚いた声をあげたのは、俺の幼なじみ。
「潤、お前一華と一緒か?」
『はあ?』
そうだな、いきなりすぎるよな。
『どうした、一華ちゃんと喧嘩か?』
「いや、連絡がつかないんだ」
どうやら、潤と一緒ではないらしい。
「すまない、もう少し探してみるから」
『ああ。俺も心当たりを聞いてみる』
「悪いが、頼む」
『気にするな。それより携帯はつながらないのか?』
「ああ、コールはするが出ないんだ」
『そうか。コールするんならGPSで探せるんじゃないか?』
ああ、そうか。
「潤、ありがとう。また連絡する」
『ああ、頑張れ』
からかうように言われ、ムッとした。
一華のことになると、なぜこうも動揺してしまうのか。自分でも情けない。
普段ならすぐに思いつくことがすっぽり頭から抜けるなんて。
「白川の坊ちゃんとも、お友達ですか?」
ここで潤の名前が出てきたことに守口が驚いている。
「まあな」
友達どころか、潤のお見合い相手だったって言えば、どんな顔をするだろう。
「なあ守口、あいつの携帯をGPSで探せるか?それも大至急に」
「承知しました。すぐに手配します」
さすが敏腕秘書。この後守口の動きは速かった。
電話で数カ所に連絡をすると、10分後にはおおよその居場所を突き止めてくれた。
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