本宮さんは、細身の長身で全体的にすごくオシャレな雰囲気。シンプルな白いシャツの上に、アウターはグレーのジャケット。長い足に、黒のタイトめジーンズが良く似合う。
服装は派手過ぎなくていいけれど、髪がブラウンで、少しハーフみたいな印象を受ける。
前髪が長めでほんのり緩めのパーマ。少し襟足は長めのウルフカット。前髪の隙間から覗く切れ長の目がとても綺麗だ。
全体的に清潔感があり、下品な感じは一切しない。
でも、やはり……
私は、一弥先輩のような自然な黒髪が好きだ。
「嶋津君、森咲さん。急いで資料準備してクライアントとの打ち合わせに備えて。今回の案件は必ず成功させなければならないんだから、しっかり頼むよ」
石川さんが少し不機嫌な感じで言った。
いつものことだけれど、石川さんに言われるとなぜかテンションが下がる。こんな風に思うのは、きっと私だけではないだろう。
「はい、わかりました。すぐに準備をします」
一弥先輩が言った。
あまりの美形の登場に動揺はしたけれど、今はこのプロジェクトを成功させることだけを考えよう。
成功したら、きっとまたひとつ……
自分も成長できるはずだから。
先輩のことも、ただの尊敬できる男性として見れるようになる――時間はかかるかも知れないけれど、そうなれると信じたい。
広告代理店の仕事内容は多岐にわたる。
CMを作ったり、華ばなしい仕事ばかりではない。様々な分野において、今、何が流行なのか、またその先を読むためのマーケティング部門や、それを元に行う営業部門など、様々な部門があり、たくさんの人が働いている。
私も最初は事務や営業を経験し、適正を見てもらい、念願のコピーライターになれた。
夢にまで見たCM制作に初めて関わらせてもらえた時には鳥肌が立った。
忘れもしない、商品は女性用の水着――
若い女性を中心に大人気だったモデルさんが、私が必死に考えたコピーをとっても可愛く言ってくれた。
『私、この水着ごと、あなたのものだよ』
それを初めて聞いたときは、感動で胸が熱くなり、涙がいっぱい溢れたのを今でも良く覚えている。
モデルさんがキラキラ輝いていて、とっても可愛かった。
私はこの瞬間のために仕事を頑張っているのだと、心から嬉しくなった。
コピーライターなんて、商品に対する短い言葉を考えるだけだという人もいるけれど、どれだけたくさん考えても、クライアントからボツにされることもしばしばだ。
仕事を家に持ち帰り、たったひとフレーズを絞り出すために悩むことは日常茶飯事。
食事の時も、お風呂の時も、時にはベッドに入ってからも、ずっとずっと考え込むこともある。
だからこそ、商品にピタッとハマる言葉が思いついた時、そしてそれがOKになった時は心底感動する。
商品に命を吹き込むことができるコピーライターと言う仕事は、本当に素敵な仕事だと思っている。
今、関わっているのは、ある有名メーカーのお菓子。
昔からある誰もが知っているお菓子を多数発売している企業との大型プロジェクトだ。
今をときめく大人気アイドルグループがイメージキャラクターを務める。
今からカッコ良い男の子達をどう輝かせようかワクワクしている。
ひとつのプロジェクトが始まると、そのために集められたメンバーでチームが組まれる。
私は、よく石川さんのチームに呼ばれる。
今回も、夏希や一弥先輩と同じだ。
アートディレクターが全てをまとめて、声をかけられたメンバーで仕事をし、毎回、微妙に違うメンバー達と息を合わせ作品を作り上げている。
「森咲、ちょっといい?」
「あ、はい!」
資料を用意しながら顔を上げると、そこにはさっき紹介された本宮さんがいた。
勝手に心臓がドキッとし、一瞬、体が固まった。
「ちょっといいか?」
「え、あっ、はい! な、何でしょうか?」
あまりの顔の近さに驚く。
当たり前のように、本宮さんと目が合う。
お願いだから、こんな至近距離で私の顔を見ないでほしい。
そう思ってサッと顔を逸らした瞬間、ふんわりと良い香りがした。ツンとしない優しい香りだ。
「名前教えて」
「あ……も、森咲です」
「それは知ってる。苗字は聞いてない」
切れ長の綺麗な目、整った眉、鼻が高くて、唇は薄めで……
本宮さんに聞きたくなる、「あなたはなぜモデルにならなかったの?」――と。
「も、森咲……恭香です」
「そうか、わかった」
一体、何が起こったのだろう。
本宮さんは、それだけ聞いてさっさと向こうに行ってしまった。
「今の、何だったの……? 私の名前なんか聞いてどうするんだろう? 私、早速何か失敗したのかな? もしかして社長に言いつけられるのかな?」
本宮さんとの短いやりとりの意味がわからず、困惑してしまう。
だけれど、なぜか、さっきからずっとドキドキしている自分がいる。
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