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#切ない
#長編
草凪葉月🌙⭐️🐈⬛@活休中?
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第五話 春雷
夜の吉原に、雷の音が響いていた。
空は重く曇り、遠くで稲妻が光る。
まるで何かの終わりを告げるみたいだった。
朔也は一人、橋の上に立っていた。
手の中には、銀鈴の簪。
冷たい銀細工を指先でなぞりながら、静かに目を閉じる。
『忘れないでください』
女将から聞いた、銀鈴の最後の言葉。
忘れられるわけがない。
忘れたくても、忘れられない。
笑った顔も。
泣きそうな横顔も。
全部、胸に焼き付いている。
「……銀鈴」
小さく名前を呼ぶ。
返事はない。
ただ夜風だけが吹き抜けていった。
翌日。
朔也は“天野屋”を調べるため、日本橋へ向かっていた。
天野屋は大商人だ。
表向きは呉服や薬を扱う豪商として知られている。
だが裏では、人身売買や裏金の仲介をしているという噂もあった。
「噂だけなら、いくらでもあるが……」
問題は証拠だ。
銀鈴は、その証拠を掴んでいた。
だから殺された。
ならば。
同じものを見つければ、犯人へ辿り着ける。
朔也はそう考えていた。
「旦那、何かお探しで?」
声をかけてきたのは、町人姿の男だった。
妙に愛想のいい笑み。
だが目は笑っていない。
「……別に」
「最近、危ないことを調べてるって噂ですよ」
朔也の目が細くなる。
「誰から聞いた」
「さぁ?」
男は肩をすくめた。
「ただ、忠告です」
男は一歩近づく。
「死人のことは、死人のままにしといた方がいい」
その瞬間。
朔也は男の腕を掴んだ。
「お前、何を知ってる」
男の表情が歪む。
だが次の瞬間、笑った。
「……やっぱり似てるな」
「何?」
「銀鈴花魁と」
朔也の呼吸が止まる。
男は静かに続けた。
「あの人も、そうやって真実を知ろうとしてた」
「誰に命令された」
「言えるわけないでしょう」
男は腕を振り払い、背を向ける。
「深入りすると、あなたも死にますよ」
そのまま人混みへ消えていった。
嫌な予感がした。
朔也はすぐに男を追った。
だが。
人通りの多い通りで、男の姿を見失う。
「くそ……!」
その時だった。
ドン、と肩がぶつかる。
振り返ると、着物姿の女が立っていた。
顔は深く笠で隠れている。
「……失礼」
小さな声。
だが。
その声に、朔也の心臓が大きく跳ねた。
「……待て」
女が立ち止まる。
「今の声……」
似ていた。
あまりにも。
銀鈴に。
女は何も言わない。
ただ、小さく俯くだけ。
「顔を見せろ」
朔也は一歩近づく。
すると女は、震えるように後ずさった。
「……人違いです」
掠れた声。
そのまま逃げるように去っていく。
「待て!!」
追いかける。
人を掻き分け、細い路地へ入る。
だが。
そこにはもう誰もいなかった。
残っていたのは——
鈴の音だけ。
リン……。
風に揺れるような、儚い音。
朔也は息を切らしながら立ち尽くす。
「……銀鈴」
ありえない。
死んだはずだ。
この目で見た。
冷たくなった身体を抱いた。
なのに。
今の声は。
今の空気は。
あまりにも銀鈴だった。
その夜。
激しい雨が降っていた。
雷鳴が空を裂く。
朔也は再び銀鈴の部屋へ向かっていた。
もう誰も使わない部屋。
けれど。
ここへ来ると、まだ彼女がいる気がした。
「……馬鹿だな、俺」
そう呟きながら襖を開ける。
すると。
部屋の中央に、小さな箱が置かれていた。
「……?」
昨日まではなかった。
警戒しながら近づく。
箱の中には、一枚の紙。
そして。
銀鈴がいつもつけていた香袋が入っていた。
「これは……」
朔也は急いで紙を開く。
そこには、短く文字が書かれていた。
『天野屋を信じてはいけない』
その下にはさらに続きがある。
『“桜ノ間”を調べて』
「桜ノ間……?」
聞いたことがない。
だが。
次の瞬間。
朔也の顔色が変わる。
この字。
銀鈴の字だった。
「……なんで」
震える。
死んだ人間の文字。
死んだはずの女からの警告。
ありえない。
ありえるはずがない。
雷が鳴る。
その瞬間。
ふっと部屋の灯りが消えた。
「……っ」
闇。
雨音。
雷鳴。
そして。
耳元で、誰かが囁いた。
『朔也様』
息が止まる。
聞き間違えるはずがない。
銀鈴の声だった。
朔也は勢いよく振り返る。
だが。
そこには誰もいない。
ただ、窓だけが開いていた。
冷たい風が吹き込む。
その風の中で。
鈴の音だけが、静かに響いていた。