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深冬芽以
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「…ぁ、……あ、あ……」
喉が焼ける。
10年前の熱湯の痛みが蘇り、視界がチカチカと白く爆ぜる。
それでも、私は蓮を抱きしめたまま歌い続けた。
掠れた子守唄が、狂乱の会場に静かに染み渡っていく。
140……120……100。
蓮の心拍数が、私の鼓動に寄り添うように落ち着きを取り戻す。
首輪の警告音が止まり、赤い光が静かな青へと変わった。
「……お姉ちゃん……温かい…よ……」
蓮の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
怪物の最高傑作として育てられた少年が、初めてただの「弟」に戻った瞬間だった。
だが、パンドラという怪物は、その奇跡さえもエンターテインメントとして消費しようとしていた。
会場中の巨大モニターに、ノイズ混じりの結衣の顔が映し出される。
彼女はワイングラスを片手に、退屈そうに首を傾げた。
『最高に美しい姉弟愛ね。…でも、ハッピーエンドなんて私の趣味じゃないの。パンドラにはね、情緒なんて関係ない「強制起爆」の裏コマンドがあるのよ』
結衣の指が、キーボードの「Enter」へと振り下ろされる。
蓮が目を見開き、九条さんが絶望に顔を歪めた、その刹那——。
『——そのコマンド、デリートよ』
会場のスピーカーから響いたのは、結衣でも蓮でもない、凛とした「第三者の声」だった。
画面の中、結衣の背後の扉が蹴り開けられる。
そこに立っていたのは、包帯を全身に巻き
火傷の跡を生々しく残しながらも、不敵に笑う一人の女。
「……美波!?」
私が声を絞り出す。
10年前、私の喉を焼き、自らもパンドラの炎に焼かれたはずの主犯格、美波だった。
『栞…あんたに地獄を見せた私が言うのもなんだけど。……あんな女の描いたシナリオ通りに死ぬなんて、プライドが許さないのよ』
美波の背後には、意識を失った結衣の姿があった。
美波は、結衣が潜伏していたアジトを独自に突き止め、物理的に彼女を制圧したのだ。
『パンドラの全システムを、今から私が心中する。栞、あんたは……その子を連れて、今度こそ本当の「光」の下へ行きなさいよ』
画面が激しく乱れ、美波がシステムの中枢を破壊する音が響き渡る。
首輪のカラーがパチンと音を立てて外れ、蓮の膝の上でタブレットが完全に沈黙した。
会場のセレブたちのスマホからも、パンドラのアプリが次々と消去されていく。
すべてが終わった。
「…九条さん、美波は……」
「……彼女なりの『落とし前』だったんだろうな。…行こう、栞さん。夜明けだ」
九条さんに支えられ、私は蓮の手を引いて、崩壊した社交場を後にした。
エレベーターを降り、ビルの外へ出ると、そこには冷たくも澄んだ朝の空気が広がっていた。