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「あのね、なおちゃん。お母さんに私たちのこと、バレちゃったの」


実家からの呼び出しがあった夜。


私はアパートに戻るなりなおちゃんに電話をかけた。


コール数回。

いつものようになおちゃんは私からの電話にすぐに応答してくれた。



***



なおちゃんは年老いた盲目のお母さんと、奥さん、息子さん二人と一緒に住んでいる(らしい)。


なのに、私にはいつでも電話してきて構わないって言うの。


実際いつかけても彼は問題なく電話に出てくれて、そればかりか別段コソコソした様子もなく受け答えしてくれる。


以前なおちゃんが自嘲気味に「家族は俺のことなんて興味持ってないからね」って話してくれたことがあるけれど、こんな風に電話がいつでも通じてしまうたび、あの言葉は真実なのかなって思わされて切なくなった。


私にとって、掛け替えのない人になってしまったなおちゃん。


そんなに興味ないなら、必要ないなら私にちょうだい?って思ってしまう。

私が全身全霊かけて彼の寂しさを埋めるから、大切にするからお願い!って愚かなことを考えてしまう。


私はお馬鹿さんだから、なおちゃんが私に付き合おうって言ってきた時、最初に何て言ったか、つい忘れてしまいそうになるの。


あの時なおちゃんは「妻に対して恋愛感情はないけれど家族としての情はある。それを分かって欲しいんだ」って言った。


それをわきまえた上で付き合って欲しい、って。


そんななおちゃんが、彼が言うところの〝自分に無関心な家族〟を捨てて、健気けなげに自分だけを想う愚かな小娘のことを選んでくれる日なんて、決して訪れやしないって分かってるのに。


世間一般で言うところの〝コソコソとした不倫〟とは違う自分の境遇に、少しだけ。

そうほんの少しだけ。

もしかしたら明るい未来が拓けるかも? なおちゃんの気持ちが告白時あのときとは変わっているかも?と、有り得ない期待をしてしまう、恋に溺れた哀れな自分おんなが私。


その浅はかさが、ズルズルとなおちゃんとの実りのない関係を引き伸ばしてしまっていたのだけれど、それも今日でお終いにするの。


私は……私を大切にしてくれる家族をこれ以上裏切れない。


だから――。



***



『親に……バレた? 原因は?』


私にとっては一大事の告白だったのに、なおちゃんはいたって冷静で、原因は何だったのか?と模索してくるの。

それが、自分と彼との心の温度差を表しているみたいに思えて、私はひとり物凄く悲しくなった。


「お土産の中に……なおちゃんの名前が入ったホテルの領収証が入ってた」


何故そんなヤバイものが、よりによって私の実家への手荷物の中に入り込んでいたのかは分からない。



なおちゃんは少し思案するように『何でそんなものが菜乃香なのかの荷物に……?』ってつぶやいたけれど、そんなの、私のほうが聞きたい。それに、「何故?」はきっとなおちゃんより沢山沢山考えた。


けれど、実際それが真実で、変えようのない事実だって気付いたから。


「今更何で?なんて考えても仕方ないし、正直それはもうどうでもいいの」


私はなおちゃんの思案を断ち切るようにそう言うと、小さく吐息を落として黙り込んだ。



そんな過ぎ去ってしまったことより、私はなおちゃんに、ふたりのこれからについてちゃんと告げないといけない。


考えるなら、今から私が発する言葉の内容について、吟味して欲しい。



押し黙った電話口。お互いの吐息だけが通話口から聞こえてくる。


実際に対面で話していない分、相手の表情が見えないからやたらと音に敏感になってしまう。


どちらもが、相手の出方を待っているような、そんな息の詰まる数秒間。


それを先に破ったのは、もちろん私。




「あのね、なおちゃん。私……もうなおちゃんとの関係……お、……終、わりに、し……たい」


実家でお母さんの話を聞いて、そう伝えようと心に決めていた。


だけど実際なおちゃんに「さよなら」を告げようとしたら、何度も何度も言葉につっかえて、思ったようにスムーズに言えなかった。


なおちゃんは、私がたどたどしくも、懸命に彼との関係にピリオドを打とうとするセリフを、黙って聞いている――。



私、心の中でシミュレーションしていたの。



――嫌だ、菜乃香なのか。別れたくない。


――そうだね、菜乃香なのか。随分長いこと引っ張ってしまったけど、潮時だね。



なおちゃんは一体どちらの言葉を私にくれるんだろう?


前者だったら嬉しい。


だけどその時は私、心を鬼にして「それでも別れなきゃダメなの」って言わないといけない。



そうして後者だったら。


一体私の今までの数年間は何だったんだろうって思いながら、なおちゃんに「今まで有難う。元気でね」って伝えるの。


長い長い沈黙の後、なおちゃんが口を開いた。




菜乃香なのか、キミは本当にそれでいいのか?』


それは、私が想定していた二つのうちのどちらでもない答えで。

いつもズルイことばかり言うなおちゃんらしい、責任転嫁な返答だった。



「だから……そう、言ってる、よ……ね?」


私がそれでいいと思って別れたいって意思表示をしているのに、どうしてそれでいいのか?なんて聞いてくるの?



「なおちゃんこそ……どう、なの?」


別れたいの?

別れたくないの?

どっち?



予想外のなおちゃんからの言葉に、私は正直動揺してしまっていた。


なおちゃんが別れたくないって言ってくれたら私、考え直すよ?


さっきまではそれでもダメって言って、きっちりお別れするって決意していたはずなのに、「私の本心はどうなのか?」って問いかけられた途端、こんなにも揺らめいてしまう。


私はどこまでもダメな女の子だ。



『……俺の気持ちは関係ないよ。最初に言った通り、俺は妻や子供を捨てることが出来ない身だから。決定権はいつも菜乃香なのかにあると思ってる』



ズルイ、って思った。


こんな時でも私。

決めるのは私。

何があっても菜乃香なのかが決めたことだから、キミの自己責任だよってことだよね?



「なおちゃんは……私がいなくなっても平気、なの?」


泣きそうになりながら聞いたら『そんなことは言ってないよ?』って返しながらも、どこか困ったように吐息を落とす気配がした。


面倒臭い女だな、遊び相手としてはそろそろ捨て時だなって思われたのかな……。


そんな風に思われて、微塵も惜しまれもせずフェードアウトは嫌だ。


せめて、惜しいを失くしたと思われながら、かっこよく「さよなら」したかった。


なのに――。



「そんなことはないって言いながら……。それでもなおちゃんは結局『平気じゃない』とも言ってはくれないんだよね? ……なおちゃんはズルイよ。いつもいつも私にばかり責任を押し付けて、自分の気持ちはちっとも明かしてくれないんだもん! なおちゃんなんか……大っ嫌い! バカ!」


私は泣きながら一気にまくし立てて、なおちゃんからの返事を待たずに一方的に通話を切った。


ついでにスマートフォンの電源を落として、ベッドに伏せて泣きじゃくる。


こんな終わり方、したかったわけじゃないのに。


ねぇ、なおちゃん。


お願いだから……嘘でもいい。引き止める素振りを見せて?

叶わぬ恋だと分かっていても

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