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『神父、俺は孤児院を飛び出して申しわけないと思っていたんです。一度謝りたかった。』

胸に手を当てて答える。俺は焦っている。感じる心拍数は上がったままだ。

『君がこの国で収まるほどの器でなかったことは私も感じていました。当時シスターたちに何度か相談したものです。昔の話は十分でしょう。お互い元気でしたからそれで良いのです。あまり時間がありません。』

神父がこれほど焦っているのは生まれて初めて見た。貫禄があり、あくまでずっと平静を装っているものであるはずの教会の神父が、今は見る影もあまり無い。

「なになに。何話してるのか分からないよ。」

「あとで全部話そう。」

ガルネンが身を乗り出したララを抑えてくれる。今ばかりはとても助かる。

『今のは貴方のガールフレンドでしょうか。』

『いや、ただの同僚だ。言葉は通じないんです。』

ニヤニヤしているが、本当にただの同僚だぞ。

『ともかく、私は警告しにユングとコンタクトを取ったのです。これは世界への警告です。』

『警告とはなんのことでしょう。』

『きっともうすぐパンデミックが発生します。1ヶ月もしないうちにクリーチャーは爆発的に広がり始めるでしょう。フルードは容易に感染しうる細菌なのです。ここを発生地にヨーロッパ各地へ広がり、次にアジア、アフリカ、アメリカと広がる。まさしく世界の終わりです。』

わけがわからない。今の今まで豪華客船に優雅に乗っていたのに、降りたころには世界が終わっているだと。

『ですが発生地付近である神父は生きている。急に言われても信じられません。』

『本当にそうお思いですか。…この赤黒いデキモノを見てもそう言えますか。』

カメラ越しの粗い画質でもよくわかるほどの異物。赤黒い異物が腹部に無視できない大きさで存在している。それは人間の肌にはあってはならないものだと本能的に把握する。

『私にはあまり猶予が無い。急いでいたのはそのせいだったのです。ああ、ノアをもう少し早く打てていたらもっと良い状況だったかもしれないのに。』

『せめて、せめて、フルードについて詳しく教えてください。』

嘘だと思いたい。何か悪い冗談だと誰かに言ってもらいたい。神父が間も無く死んでしまうかもしれない。俺を育ててくれた父が。きっと手の込んだドッキリなのかもしれない。

「席を貸してくれないかシャルルくん。僕も神父に言いたいことがある。」

ああ、そうか。ガルネンにとっても育ての父だったな。思い直してみると体は促されるままに席を譲っていた。彼は俺にあくまで優しい口調で頼んだが、静かに怒っていた。だから、譲ってからというもの、神父に対してあるまじき態度でガルネンは口汚く罵っている。なぜもっと早く言わなかった。とか、僕に先に知らせるべきだろう。とか、そういう内容が、若干耳に入る。

ガルネンのこの感じだと、きっと神父がフルードに感染したことを本当に知らなかったのだろう。呆然と立ち尽くすしかない俺を尻目に、ガルネンの罵倒は若干の涙を含めて止まらない。きっと、彼自身も俺と同じように神父のことを父として愛しているゆえの罵倒だ。

しかし、話が大きすぎる。地球の危機と聞いて、自分だけでも長く生きたいと思っていた俺の考えは浅はかだと思い知らされる。

『あなたがたの人生にはなるべく介入したくなかったのです。私は、ただの一端の神父ですから。あなたがたの思いのままに生きてて欲しい。私の病気1つなんかで、人生を縛られない欲しかったのです。だからノアを作った。だからフルードを話さなかった。だから時間がなかった。

私は世界を救えとは言いません。ただ、あなたがたには生きていてほしいのです。』

『僕たちは今からモナコへと向かっているのです。1ヶ月後に到着します。客観的に見て、僕たちが生きてゆけるとは思えませんね。』

『ああ、なんという偶然でしょう。ヨーロッパへと来てしまうだなんて。神よ…私はどうすれば。教会の孤児たちも、みな、感染してしまった。強い感染力を持っています。』

ずっと黙っていたララは、自身が会話出来ず置いていかれている状況に我慢出来なくなり、ついに俺に説明を求めた。

「ねえ、なんとなく察しはついてるんだけど、どういう状況なの。これ。」

「ペストが歴史上どこで流行したか、覚えているか。そう、ヨーロッパだ。俺の出身もそうだ。フルードがアノルドミンスト教会で出土されて、感染者は捕らえたものの俺たちの父が感染してしまった。もう長くはない。」

「そんな…ノアで何とかできないの。」

「できるとは思えない。この歳の人間なら、ノアに殺されるかフルードに殺されるかの2択だろう。

彼の発言では、いずれ世界も1ヶ月後にはそうなるらしい…。」

青ざめた顔を隠せずにいる。聡明なララなら分かることだろう。ノアは2日に1度計20回は打たなくてはならない。例え今から全人類に配って打ち始めても、1ヶ月を優に越える。つまり、この船の乗員以外には打っても意味がない。

災害は忘れた頃に突然やってくる。それは世の理だ。それを1ヶ月も事前に知らされた我々は実に幸運かもしれない。はたまた不幸かもしれない。我々は一刻と迫るカウンドダウンにどうすることも出来ないのだから。

『でも、神父が警告したらどうです。国と繋がっているなら、メディアどもに警鐘を伝えることだって出来ますでしょう。』

ガルネンはあまり頭が回っていないようだ。俺たちの父は殺しを教える人であり、言わば殺しの師匠だ。それは表向きにはもちろん知られてないが、世に無名な人間が突然出てきてアラートを出したとすれば、それはテロリズムやクーデターと思われても仕方が無い。神父の立場がめくられれば尚更だ。もしくは、話を一切聞き入れられてもらえないかもしれない。何も知らない市民の立場になって想像すれば当たり前のことだ。急に世界の終焉を告げられれば、信じ難い。世界征服を疑う市民だって少なくはない。どちらに転ぶにせよ、世間は混乱を招き、一層終末を迎える日が近づくことは目に見えている。

『それは無用です。いい結末にはなりません。』

加えて1ヶ月という期限はあくまで予測でしかない。もっと早く訪れる可能性もあるし、もっと遅くなる可能性だってある。

短絡的な思いつきだが、俺はいい方法を思いついた。この船は大抵の単調な操作をプログラムが行っている。乗組員にうまいこと取り入ってそのプログラムを弄られれば、行先を変えることも不可能ではないはずだ。問題はそれをいつ行い、船をどこへ運ぶかだ。

『私の願いを叶えてください。それはあなたがたに自由に生きていただくことと、できるだけ長く生きていただくこと。それで十分なのです。

そしてきっとこれが最期のご挨拶ですから、あなたがたの懺悔などを聞いておきたい。』

『神父は我々の事実上の父です。隠していることなど何もありません。我々もただ貴方には生きていて欲しかったです。俺の語った夢を覚えていますか。』

『そういえば、貴方の願いは今の私と同じ願いでした。長く自由に生き続けること。最初、私には理解し難いものでした。人には相応しい終わりがあり、それに従うことは何よりも大切な終わりなのだ。と思っていました。ですが、こうして死を身近に感じると私も切に思います。シャルル、あなたは私よりもずっとずっと先を見据えていたんですね。

私たちが殺した人々も、きっと直前に生きることを望んだはずなのに、私たちは聞き入れませんでしたね。だから、この病気はきっと私たちに対する罰かもしれません。』

我々3人は、まだ生を実感しながら、死にかけ神父との通話を最期の挨拶で切った。俺にはこの先が思いやられる。何をすべきかまるでわからない。たった1つの道しるべを森の中で見失ったような感覚だ。

不死身«クリーチャー»

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