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第6話:声のゆらぎ
夜が深くなるほどに、雪は静かになる。
マシロ家の小屋では、薪の代わりにライフヒーターが光を灯していた。
それでも寒さは抜けず、**ソウタ(7)**は母にくっつきながら毛布に包まっていた。
「……ねぇ、今日、テレビにマリアさん、映らなかった」
小さな声でソウタが言った。
「マリアさんって、隣のブラジルのおばちゃん?」
カナ(15)が振り返る。
ソウタは首を振った。「うん。でも、いなかった。名前も、顔もなかった。まるで……最初から、いなかったみたい」
父・タカユキは黙っていた。
母・ユミが不安そうにテレビを見つめた。
画面は、真っ黒だった。
その瞬間。
雪原の中心、ライオン像が鳴いた。
ギィ……ギチッ……と、石のひび割れる音。
風もないのに、像の周囲の雪がぶわりと舞い上がった。
「いのち……あ……ちから……くれ……」
低く、壊れかけた声が、空間全体に響いた。
それは像の口からではなく、空気そのものから湧いていた。
「まも……れ……る……か……」
カナは息を呑んだ。
「……祈ってないのに、声が返ってきた……?」
その夜、ソウタが一人で祈った。
「今日も、みんな無事でいますように。ライオンさん、ありがとう」
そして、テレビが点いた。
「死者:2名」
「祈り:受理」
「判定:不一致により凍結処理」
映像に映ったのは――ハート家の母・アリシアが、手を合わせながら凍りついていく姿だった。
ルークが叫ぶ。「祈った! ちゃんと祈ってた!」
ノアは、表情を変えなかった。
その夜、テレビが暴走した。
真っ黒な画面の中で、無関係な音声が混じり始めた。
「カナ、今日は学校……遅れるよ……」
「この山はもう駄目だ、逃げろ……!」
「ははっ、今夜の祈りは誰が落ちるんだ……?」
それは、明らかに“この山の声”ではなかった。
けれど、誰かの記憶や過去の言葉のように、混じっていた。
「……私のお兄ちゃんは、あげたよ……」
「たすけて。お願い。もういないの……誰も……」
カナは耳を塞いだ。
「うるさい……やめて……!これは、祈りなんかじゃない!」
ライオン像が、雪のなかで少し傾いた。
その口は閉じているのに、
その目は、カナを“見て”いた。
石のように動かない顔。けれど、その無表情に、なぜか悲しみが滲んでいるように感じた。
ソウタが小さくつぶやいた。
「……このテレビ、ほんとは、間違えてるんじゃないかな」
ユミがソウタを抱きしめた。
「大丈夫よ。お母さんがいる」
その言葉は本当だった。
けれど、“正しさ”は、もう壊れかけたこの場所では通じなくなっていた。