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榎本くもり
11,214
Sea Otter2026
38
NAL
97
八話目です
次の街へ行きます
吊り橋で喰い殺した男の、腐汁の混じった脳髄から吸い上げた記憶――そこに残されていた座標を頼りに、私は新しい「人間の皮」を無理やり密着させ、引きずりながら歩き続けた。 たどり着いた『次の街』は、一見すると美しい石畳の旧市街だった。しかし、私の鼻を突いたのは、パンの焼ける匂いでも花の香りでもない。真夏の炎天下に放置され、ガスが溜まって破裂した家畜の死体と、新鮮な生のドス黒い血液が入り混じった、凄まじい「屠殺場(とさつじょう)」の悪臭だった。 この街は、生きている。物理的に。「――あ、あ、ああアあァ……!」 すれ違う住人の一人が、突然歩道の真ん中で足を止め、喉の奥から獣のような喘ぎ声を漏らした。 次の瞬間、その住人の衣服が内側から吹き飛ぶ。背骨が「バキバキバキバキッ!」と凄まじい硬質な音を立てて逆向きに折れ曲がり、皮膚を突き破って真っ白な尖った骨が何本も露出した。裂けた背中の肉からは、泡立った黄色い脂肪と、まだドクドクと脈打つ生の肺や内臓がボトボトと地面に溢れ落ちる。 周囲の住人たちは、それを気にかける風でもなく、避けて通り過ぎていく。 それどころか、石畳の隙間から、無数の赤黒い「肉の触手(血管)」が這い出てきて、地面に落ちた内臓や血溜まりをズブズブ、ジュルリと音を立てて貪り、地下へと吸い上げていくのだ。 この街の地面そのものが、システムによって稼働する巨大な「胃袋」であり、住人たちは定期的に肉を剪定(せんてい)される家畜に過ぎなかった。「おい、新入り。いい肉を持ってるなぁ……!」 私の背後から、ねっとりとした体液の擦れる音が響いた。 振り返ると、そこには街の「肉の回収人(掃除屋)」と呼ばれる異形が立っていた。その男の顔面には目も鼻もなく、あるのはただ、縦に裂けた直径30センチほどの巨大な「肉の吸引口」だけだった。その口の周囲には、何百本もの不揃いな人間の指が、まるでイソギンチャクの触手のようにびっしりと生え、粘液を滴らせながら蠢いている。 掃除屋の肉口が激しく吸引を始めた。凄まじい肉の風圧が、私の身体を襲う。 ベリベリベリ、ブチ、ブチチチチッ!! 私が全身にステープラーで留めていた「偽りの少年の皮」が、一瞬で頭から足の先まで一気に剥ぎ取られた。縫い合わせていた自らの肉の繊維までが強引に引きちぎられ、生温かい赤黒い血が、シャワーのように周囲の石畳へぶち撒けられる。 皮を失った私の本体――99人分の死体と怨念がドロドロに融解した、巨大な「肉の塊」が白日の下に晒された。 「が、あああぁぁッ!!」 主導権を握る私の100回目の頭部が、激痛で目玉を血走らせながら絶叫する。 しかし、怒り狂ったのは私だけではない。私の中に混ぜられた99人分の死者たちもまた、自らの領域を侵されたことに狂乱した。 私のお腹の裂け目から、第45回目の政治犯の「歯が生え揃った肉の顎」が飛び出し、掃除屋の顔面の吸引口に食らいついた。 バリバリ、ボキボキ、ゴリリッ! 掃除屋の顔面にびっしり生えていた他人の指を、何十本もまとめて噛み砕き、肉の甘い髄液ごとグチュグチュと咀嚼して、私の胃袋(前世の死体の袋)へと強制的に流し込んでいく。 さらに、私の下半身を形成する親友の腐った腕が、掃除屋の胸元に指を突き立てた。爪が肉を裂き、肋骨の隙間に指を深くねじ込む。 ブチ、ブチッ、ズブズブ。 掃除屋のまだ生きている、真っ赤な心臓と、ドロドロに溶けた肝臓を、生きたまま素手で「グシャリ」と握り潰し、体内から力任せに引きずり出した。 引き摺り出された内臓からは、緑色の胆汁と黒い血が、私の顔面へと勢いよくブチ撒けられる。 掃除屋の身体は、中身の臓器をすべて失って文字通り「空っぽの肉の袋」となり、石畳の上にボトボトと崩れ落ちた。 地面の肉の触手が、その死肉を貪ろうと一斉に群がってくる。 だが、私はそれを許さなかった。私の下半身の肉の塊が、掃除屋の残骸をズブズブと体内に吸い込み、その「吸引の能力」と「無数の指」をも、自らの肉の一部として混ぜ合わせていく。 私の身体から、新しく何本もの人間の指が、皮膚を突き破ってニョキニョキと生えては粘液を散らす。 もはや美しい少年の面影などどこにもない。私は、この臓器の街の誰よりも醜悪で、誰よりも貪欲な、世界のバグそのものになり果てていた。「次だ……次の肉を、寄こせ……」 私の100回目の口からは、もはや人間の言葉ではなく、すり潰された肉の間から漏れるような、おぞましい駆動音だけが響いていた。
コメント
1件
読ませていただきました……凄まじい回でした。前回の吊り橋から繋がる「臓器の街」、もう最初の住人の変異シーンから息が止まりました。背骨が逆向きに折れる音、内臓が溢れ落ちる描写、そして地面そのものが胃袋という設定――一つひとつのビジュアルが鮮烈で、読みながら思わず眉をひそめてしまいました。 特に印象的だったのは、主人公が「掃除屋」の能力を取り込んで、さらに醜く、貪欲な存在へと変わっていく流れです。奪われ、奪い返し、また喰らう。そのループの中で「世界のバグ」という言葉が胸に刺さりました。続き、気になります……!