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再びカウンターへ戻る。クリスタさんは、先程とは別の魔導機械を操作し始めた。
「それでは冒険者証を出して下さい。D級に書き換えます」
「わかりました」
冒険者証を差し出し、魔力の動きを観察する。
なるほど、これも前世にあった証明書システムと同じような仕組みだ。
つまりこの世界、魔導機械に関しては前世とほぼ同水準と思っていいだろう。
つい職業病で機械を細かく調べたくなってしまう。勿論そんな事はしない。
この世界では冒険者としてのんびり生きるのだ。時々依頼をこなし、あとは釣りをして。
カードが仕上がったようだ。クリスタさんが記載事項を確認すると、カードを俺に渡してくる。
「これでエイダンさんはD級冒険者です。なおC級実技試験に合格した情報も書き込まれています。ですから次回試験はペーパーテストだけになる筈です」
「ありがとうございます」
カードは白色から黄色に変わっている。
名前、登録ギルド名、D級の表記。それ以外は恐らく機械でないと読めない。
「では次に、明日の話になります。朝食後、部屋の荷物を全て引き払って朝8時30分までに受付へ来て下さい。窓口に並ぶ必要はありません。装備の一時貸与や諸説明はその後行います。必要な買い出しがあれば続けて行います」
部屋の荷物を全て引き払う。つまり寮を出るという事だろう。
確かに8人部屋は少々きつかったが、それにしても早い退寮だ。
こんな展開になるなんて、村にいた頃は想像すらしていなかった。
「全て終わったら鍛冶組合へ向かい依頼を受理し、そのままエダグラへ向かいます。エイダンさんは高速移動魔法が使えますから、指導員が高速移動魔法を使ってもついていける筈です」
依頼も超特急で受理する模様。
高速移動魔法は前世で使いまくったので問題はない。
忙しい現場をいくつも回る必要があったため、使わざるを得なかったのだ。
「当日はエダグラで一泊し、翌日に鉱山組合でインゴットを受け取って帰還。その後報酬の受け取りと当座の宿を決めます。以上、明後日までに独り立ちしていただく流れです。宜しいでしょうか」
有無を言わせず初依頼をこなし、準備金まで稼ぐ――かなりの強行軍だ。
だが悪くない。これさえ終われば少しはのんびり出来るだろう。
そしてあの川辺でソウギョと戦える。いや、その前に釣り道具を作る方が先か。
そんな事を考えたところで、ひとつ質問を思い出した。
「明日お借りする装備は、依頼が終わったら返却でしょうか」
「9月30日までは使用可能です。初心者援助措置は級に関係なく半年間有効ですから」
なるほど。初心者講習と同じ扱いという訳だ。
「それでは明日、よろしくお願いします」
「わかりました。朝8時30分に受付に参ります」
頭を下げて受付を離れ、階段の方へ向かう。
本当は今夜のうちに土を掘って酸化鉄を分離し、流木を木炭化して鉄を作るところまで進めたかった。
川岸のアシが生えていた場所にソウギョが来ているかも確認したかった。
だが明日はハードだ。早めに休んだ方がいいだろう。
勿論、眠気を強引に覚ます魔法はあるし、実際前世ではよく使っていた。
さらに自分を7倍速にして1時間で7時間分働く、なんて魔法も使える。
だが今それらを使うべきではない。というか出来れば二度と使わない方がいい。
前世ではそういった魔法を使いすぎて過労死したのだから。
今日は寝る。そう決めて寮の部屋へ戻る。
同室の連中はもう皆寝ているようだ。
無理もない。農村では朝日と共に起き、日の沈みと共に眠るのが普通だ。
農村では灯火をつける習慣がほとんどない。
魔法も使えず、灯火は金のかかる贅沢品だからだ。必然的に早寝早起きになる。
ふと、俺の隣のベッドが小さくかさっと動いた。
「呼び出しはどうだった?」
ジョンだ。起きていたらしい。あるいは眠れなかったのかもしれない。
「ああ。いきなりだけれど明日、この寮を出ることになった」
「今日の依頼先で早くも見初められたか」
確かにそういう話はあると聞いた。
村から街へ来る途中、護衛兼案内をしてくれたクレイグさんとジルさんから聞いたのだ。
『依頼の中には新規採用者を探す目的のものもある。冒険者が合わないと思ったら、安定した仕事に就くため狙うのも手だ。それとどの依頼も手を抜くな。思いがけない登用がある』
『5人ほどはそんな形で途中離脱していったな。それも成功のひとつだ。最初は給料が安くても街に定住できるんだからな』
そんな話だった。
「正確には違うけれど似た感じだ。まだ詳しくは言えないけれどな」
「信用できる相手なのか? クレイグさんも言ってただろ。個人契約の中には危ないのもあるから必ずギルドを通せって」
「それは大丈夫だ。まさにこの冒険者ギルドを通した話だからな」
「ならおめでとうだな。確かにエイダン、冒険者って感じじゃないしな」
ここで実はD級に昇任して~なんて言えない。ジョンになら話してもいいが、他の耳もある。
確かに俺は荒事向きではない。淡々と畑を耕したり雑草を取ったりといった作業の方が性に合っていた。
むしろ荒事はジョンの得意分野だ。家が農家兼狩人で、弓や槍で狩りもしていたから。
村から来た6人の中では一番冒険者らしいのはジョンだったのだ。
それが順番が逆になってしまった。
「まあな。ただ、落ち着いたら挨拶に来るから」
「ああ。その時はよろしくな。ところでどんな仕事なんだ?」
そこを聞かれるのが一番困る。
「とりあえず明日やるのは運送関係だな。悪い、それ以上は言えない」
「そういう事なら仕方ないな。あとで話せるようになったら教えてくれ。もしそっちの仕事が良くて、もう1人分の枠がありそうなら頼むな」
「わかった。そう遠くないうちに連絡するよ」
これで俺が寮を出ても変な噂が流れることはないだろう。
ジョンは人付き合いが良い。村から来た連中にも事情を説明してくれるはずだ。
「頼むな。いきなり行方不明じゃ寂しいからさ」
「大丈夫だ。この街に戻ってくる予定だし」
「ああ」
安心したら急に眠気が押し寄せてきた。
何せ俺も今までは日の出と共に起き、日が沈めば寝る生活だ。
昨日今日で体質が変わるわけがない。
「それじゃ寝るわ。お休み」
「お休み」