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「……娘を誇りに思うわ」
「そう言ってもらえて、母もきっと喜んでいると思います」
彼女は静かに微笑み、もう一度オルゴールを開いて『きらきら星変奏曲』を聴いた。
曲が二周した頃、百合さんは静かに蓋を閉める。
「尊の話を聞いてからこの曲を聴くと、違う印象になったわ。今までの私にとっては悔恨の曲だったけれど、今はさゆりが一生懸命生きた証に思える」
「そうですね。俺にとっても色んな想いが詰まった曲ですが、最終的には未来へ繋ぐ曲と思えています」
俺も、この曲が呪いの曲に思えた時があった。
〝思い出〟は光と闇の両方の性質を持つ。
闇の思い出に囚われれば、常に後悔と悲しみ、憎しみに囚われる。
堕ちて獣のようになったほうが楽だと分かっていても、母の教えが俺にブレーキをかけさせ、強引に光の道へ引き戻してくれた。
「……人は簡単に闇に堕ちます。……篠宮怜香がいい例です。聖人などいませんから、どんな人も、激しい怒りや憎しみに包まれる事はあります。……でもそれに理性のブレーキを掛けられるかどうかは、生育環境などが関わっているんでしょうね。親が〝そう〟なら、子供も〝そう〟であっていいと解釈してしまう。認知が歪んだまま育てば、表向き社交的でまともな大人に見えても、いざという時に信じられない行動をとる人に育ちます。……母が苦境の中でも明るさを失わなかったのは、あなたの教えが生きているからだと思いますよ」
百合さんは苦く笑う。
「私はそんなにたいそうな事を教えられなかったわ。教えられたのは音楽に関する事だけ。……あとはプライドだけは高かったから、『常に誇り高い人間であれ。みっともない事をするな』とは言っていたかも」
「芯に宿る精神がまっすぐなら、いいんだと思いますよ」
「ありがとう」
彼女は微笑み、ツ……、とオルゴールを指先でなぞる。
俺は百合さんの爪が短く整えられた指を見て、「ピアニストの指だ」と感じながら続けた。
「……なるべく、好きなものが多い人生になりたいですね。母はあなたにピアノという生きがいを教えてもらい、とても幸せだったと思います。俺もいつか子供ができたら、音楽だけでなく、色んな事を教えて、世界は素晴らしい所だと伝えてあげたいです。世の中には沢山のものがあると教えて、選択肢を広げるのが親の役割で、その中から取捨選択していくのが子供の人生と思っています。……試行錯誤して子育てしていきたいと思うので、見守っていただけたらと思います」
「そうね。尊と朱里さんの子供……、孫が生まれるのを楽しみにしているわ。……そのためにも、健康でいなくてはね」
「はい」
微笑んだあと、思い切って提案した。
「もう少し涼しくなった頃、良かったら俺の家に遊びに来てください。勿論、皆さんと一緒に」
「ええ、伺うわ」
柔和に笑った彼女からは、俺に対する心の壁のようなものが、一枚剥がれたように思えた。
それは彼女も同じらしく、百合さんはクスッと笑って言う。
「こういう事を言ったら気分を害するかもしれないけれど、私、まだ緊張しているの。まともに会うのは二回目だし、二回目でいきなり旅行って……、ちょっと驚いてしまうわね。……でも長い時間を掛けて慣れていこうと言うには、私には時間の余裕があまりない。だから大地たちもこういう場を設けてくれたのだと思う。……私と尊は、もっとじっくりと、時間をかけて話し合い、分かり合っていかなければならないと思う」
彼女は静かに息を吐き、皺の刻まれた細い指を組んだ。
「私はもう十分に尊を受け入れているし、あなたも同じだと信じている。……けど、……そうね。たとえて言うなら、相性のいい血液型で輸血されても、何かしら副反応は出てしまうと思う。お互いを受け入れたいと思っていても、大地たちと同じように扱うには、まだ馴染むための時間が必要なんだと思うわ」
「……俺も同じですから分かります。受け入れてもらえて嬉しいですが、急に〝孫〟としてみんなと同じように振る舞い、『お祖母ちゃん』と呼ぶのは、『図々しくないか』とか、気恥ずかしさとかがあります。……それも〝慣れ〟だとは思いますが」
お互いの本音を吐露し、俺と彼女は同じタイミングで笑う。
臣桜
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臣桜
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#女主人公
#シークレットベビー
朝永ゆうり
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「……でも、私がずっと抱えていた罪悪感は、大体伝える事ができたわ。それで許されると思っていないし、尊を幸せにする事でさゆりとあかりに応えたい。残り少ない人生だけれど、今まで祖母として接する事ができなかった分、色々させてちょうだい」
「はい。……俺も〝お祖母ちゃん孝行〟させてください」
二人とも、最初にこの席に座った時よりずっと打ち解けられた気がした。
「小牧たちの力も借りていいかしら?」
「勿論です。〝みんな〟で速水家の親戚として仲良くしていけたらと思います」
「そうね。朱里さんも含めて〝みんな〟で」
彼女はそう言ったあと、視線を上げて「あら」と声を漏らした。
コメント
1件
うわあ、この回すごく沁みました……。「馴染むための時間」というタイトルがもう、そのままだなって。 百合さんと尊、お互い「受け入れたいけど急には馴染めない」っていう感覚をちゃんと言葉にして共有できたのがよかった。オルゴールの『きらきら星』が「悔恨の曲」から「繋ぐ曲」に変わる象徴も美しいし、最後の「〝お祖母ちゃん孝行〟させてください」で思わず目頭が熱くなった。二人の間に確かに流れ始めた時間の温かさが伝わってきます。続きが楽しみです!