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「殿下ッ!」
血相を変えて飛んできたルーメンさんは、これまでにないほど焦ったような怯えたような表情をしていた。私に、正確にはリースに近寄ってきて彼の出血の具合を見るなり、さらに顔を青くさせた。ルーメンさんがパッと手を伸ばしたので私は、思わず「触らないで!」と叫んでしまう。
これは、予想外だったのか、ルーメンさんはハッとしたような表情で私を見ていた。
私の真剣な表情が伝わったのかルーメンさんは視線をリースの方へ落とした。
「遥輝……殿下は助かるのでしょうか」
「助けます。絶対に助けますから」
私はただそういうことしか出来なかった。
目の前に表示されているウィンドウを見て、魔法の詠唱方法にもう一度目を通す。
(回復魔法、大量の魔力を消費します……か……でも、やるしかない)
魔力が尽きると死ぬらしいが、聖女だしそれぐらいはあるだろうと私は軽く見た。だって、まだ死んでいるわけじゃないし、禁忌の魔法……死者蘇生とはまた違うだろうから。もし、魔力が枯渇したとして、何日か眠ることになっても私は構わないと思った。
目の前で倒れているリースを見て、私はそうするしかないと思ったからだ。
(何で、私を助けたの?)
そう、問いかけようとして私はやめた。きっと、返ってくる返答なんて「助けたかったから」とかしか返ってこないだろうと。だって、リースは……遥輝はそういう奴だから。
しかし、私の手は震えていてイメージが固まらなかった。
魔力を一点に集め、傷口に、と書いてあるが正直言うとどうしたらいいのか分からなかった。
血を止める? 傷口を塞ぐ? この魔法はどっちなのだろうかと。
そもそもに、攻略キャラが死ぬと言うことがあり得るのだろうか。そんなことを考えている暇などないのに、私の頭の中には様々な疑問が浮かび上がっていた。中身が元彼だからとかそういう理由なのだろうか。それとも、エトワールストーリーでは攻略キャラも死ぬのだろうか。
いいや、この際どっちでもイイ。
私は聖女で、私しか助けられないのだから。
私は腹をくくって、この場にいる騎士達に呼びかけた。
「皆さん、私が殿下の治療に当たっている間、魔物の動きを止めて下さい!」
私はそう叫ぶが、騎士達は首を縦に振ることはなく、はいともイエスともいわなかった。皆、何を考えているんだという顔をし私を見ていた。
(何で? この帝国の皇太子の命に関わるっていうのに?)
私が信じられないと首を横に振ると、攻略キャラ以外の心の声を聞えないように設定してあったのにもかかわらず、騎士達の心の声が聞えてきた。
『自分だけ逃げるつもりだろ。俺たちはこんなに必死に戦っているのに』
『安全圏で、治療か。そもそも、聖女じゃないだろう。髪の色も瞳の色も伝説と違うのに』
『殿下が死にかけているのも聖女のせいなんだから、自分で全部どうにかしろよ』
と、聞きたくもない心の汚い声が頭に流れ込んできた。
頭が割れそうに痛かった。自分の中がぐちゃぐちゃに汚されていくように、黒く塗りつぶされていくような感覚に陥った。
(私が聖女じゃないって言うのは分かる。私だって、好きで聖女って呼ばれているわけじゃないんだもん。それに私のせいだって云うことは私が一番分かってる。なのに、なのに――)
私は、怒りと不安の間に挟まって、涙が零れそうだった。
誰も私の味方をしてくれない。ルーメンさんは、リースの止血に当たっていて指揮を執れる状況ではない。勿論私にそんな権限があるわけではないのだが、誰も私の声に耳を貸そうとしない。皆、逃げたいばかりだった。
逃げたいのは皆一緒で、私だって逃げ出したい。
けれど、魔物はそれを許さなかった。赤黒い触手をうねらせ、騎士達に向かっていったのだ。
騎士達は悲鳴を上げながら、武器を構え応戦した。しかし、その攻撃は殆ど効いておらず、寧ろ騎士達がどんどん傷ついていくだけだった。このままではいずれ、全滅してしまう。
そうして、私の方にも触手が伸びてき、ダメだと目を瞑った瞬間ぐしゃりと赤黒い触手は地面へ切り落とされた。
「エトワール様!」
「ぐら……んつ」
目を開けるとそこには、私が与えた剣で私を守るグランツの姿があった。彼も、体中至る所に傷があり、立っているのもやっとだと思われた。
それでも彼は私のことを庇ってくれた。私はそれが嬉しくて、そして自分が情けなくて泣きそうになった。
「グランツ、ごめ、ごめん……」
「大丈夫です。エトワール様。皆同じですから。それに、俺は貴方の味方です。彼奴らが、エトワール様のこと良く思っていなくても、貴方の声に耳を貸さなくても、俺は貴方の味方ですから」
「グランツ」
ブンッと、グランツは剣を振って触手を切り落とした。
グランツは一瞬だけこちらを振向き、安心させるような眼差しを私に向けると、再び剣を構えなおした。
「俺が、時間を稼ぎます。ですから、エトワール様は殿下の治療に専念して下さい」
「グランツは!」
「信じて下さい……俺を。貴方の騎士を」
そう言って、グランツはかけていく。
ああ、何て情けない主人なんだ。と、私は自分の事を責めた。でも、そんな責めている場合じゃないと私は知らぬ間に流れ出ていた涙を拭って倒れているリースを見た。
やるしかないんだ。グランツが、命をかけて時間を作ってくれたのだから。
私は、リースの傷口に手をかざし目を閉じた。
手のひらに温かい光が集まるのを感じる。温かい光の粒子が。
(あれ……回復魔法ってこんなに、体力つかうっけ……気を抜くと全部持っていかれそう)
くらりと頭が揺れ、集中しないと魔法が成功しないことを私は悟った。
それほどまでに、リースの傷は深いということなのだろう。あの触手は叩き付けるだけの脳の無いものだと思ったが、どうやら鋭く尖った先端で刺し貫くことも可能らしい。
私は、リースの体を治すことに集中した。
幸いなことにリースは息をしていた。そして、さきほどよりもその息づかいは穏やかなものになっていた。それならばまだ助けられる。
「ヒール……うっ!」
「聖女様ッ」
コレで最後だと魔力を振り絞ると、ふっと、光が消えた。それと同時に私の体はぐらりと傾いた。それを慌てて支えてくれたのは、ルーメンさんだった。
彼は、私が魔力切れを起こしかけたのを察してくれたのだろうか、私を支えてくれていたのだ。
「聖女様、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……だと思いたい。でも、これで、リースは、大丈夫になった……と思う」
ルーメンさんは、無茶をする。といったが、まず無茶をしたのは貴方が使えている皇太子だろと言い返したかったが、私はそんなことを言う余裕がなかった。
それほどまでに疲れていて、指の先すら動かすのが困難だった。
(これで、大丈夫なんだよね……)
そう、私がリースを見ると目の前に、クエストクリアの文字が浮かびあがった。
【攻略キャラ、リース・グリューエンの命の危機! 回復魔法で助けよう! クリア!】
確か、報酬はリースの命だったか、と思っていると倒れていたリースは小さな呻き声を上げゆっくりと身体を起こした。
その様子に私はほっとして、ルーメンさんを押しのけリースの方へ這うようにして向かった。
「俺は……」
「リースッ!」
多分、考えるより先に身体が動いていたんだと思う。
私は、嬉しさのあまり思わずリースを抱きしめていた。リースの温もりが心地よくて、彼が生きているという証が私に安心感を与えてくれる。
良かったと心の底から思う。本当に良かったと……
「えと、エトワール?」
「よかった……アンタが死んじゃうかと思って」
「俺が?」
と、何とも的外れのような、先ほどまで虫の息だった人間が何を言うんだと思ったが、私はただ彼を抱きしめることしか出来なかった。文句を言う気力もない。ううん、嬉しくてそれ以外考えられなかったのだ。
推しが死ぬ……とかではなく、頭の中ではっきりと遥輝が死ぬ。というのが浮かんでいたから。
そんなの絶対に嫌だと思った。大げさかも知れないけれど。
そんな私と、状況が理解できず固まっているリースを呆れたような表情でルーメンさんは見ていたが、良かったなあとでも言うような顔をリースに向けていたのがちらりと見えた。
「良かったな、遥輝」
「あ、ああ……だが――」
リースがそう口を開いた瞬間、ドンッ! と大きな音を立て、私の横を通り抜け、いや吹き飛ばされ大木に打ち付けられたグランツが見えた。
「ガハッ……」
グランツは口から血を噴き出し、そのまま地面へと叩き付けられた。
「グランツ……!」
「エトワール様、ダメです、逃げてください。彼奴は……」
「エトワール危ない!」
「聖女様! 避けてください!」
グランツに駆け寄り、彼の身体を起こそうとしたとき、後ろからリースとルーメンさんの叫び声が重なって聞え、私は振返った。
するとそこには、先ほどまでいなかった魔物が目の前まで迫っており、その大きな口を開き、何本もの触手を伸ばし、無数の目玉は私を捉えていた。
「え?」