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「七種……?」
ななちゃんと同じ苗字だ。私は口の中でそう呟くと、すぐにあの穏やかに喋る優しい彼女を思い出した。七種という苗字は、決して多いとは言えない。少なくとも、一学校に一人いれば十分だ。
「たしかに『佐枝子』の佐枝も、サエグサとは読むな」
そんな割とどうでもいいことに納得しながら、背中には嫌な汗が伝っていた。距離はあるものの、ちょうど真横に位置するトマソン扉が気になって仕方がない。
七種子元の書いていたことが本当なら、平成七年当時のあの扉は図書室第二倉庫として使われていたのだろう。とはいえ、これは文芸部の書いた部誌の一部だ。お遊び半分でもおかしくはない。
『この作品の最後に資料を貼っておいたから、きみにも是非見てもらいたい。きっと気に入るはずだ』
ふと、彼が作中で述べていた言葉を思い出す。複数に向けているであろうその言葉も、なぜか私自身に向けられたかのようで気味が悪い。だから全体的に嫌な感じがしたのだろうと何気なしに頁を捲ると、私は予想外の光景に、思わずその本を落としそうになった。
そこには古い新聞記事をコピーして切り抜いたもの、過去の七ヶ崎高校新聞部の記事を一部抜粋したもの、一体いつのか分からない古い日記のコピーに、卒業アルバムの写真。そのどれもが限りなく縮小された状態で貼り付けられていた。
「なに、これ……」
膨大な紙片が貼り付けられた見開きは、糊やテープで貼られた関係上、紙の一部が縒れている有様だった。だというのに、何故今まで私はその頁を開こうと思わなかったのだろう。
その暴力的な情報量に目が眩んで手が震える中、私は最初に目についた紙片から順に目で追っていった。コピーされたものにも関わらず、その日記は文字のかすれ具合や言葉遣いからも、とても古いものだと分かる。
どうやら1915年頃、近所の県立病院で大火災が起き、多数の死傷者をだしたらしい。病院はやむなく移転し、その十年後の1925年。跡地に建てられたのがこの七ヶ崎中学・高等学校だと書かれていた。
『良い場所に建てられたわけじゃない』とはそういうことか。元を辿れば何処でだって人は死んでいるものだが、何かがずしり、と乗ったような気がした。
「こっちは新聞記事のコピーと、新聞部の切り抜き……?」
限りなく縮小された紙片はどれも字が潰れかけていたが、七種子元はこちらがぎりぎり読める範囲に落とし込んだのだろう。マーカーで引かれた線を辿っていくと以下の内容が読み取れた。
・1958年 一木 颯太郎(16) 6月6日 午前七時半頃、縊死状態で発見
・1969年 二階堂 夏 (17) 7月18日 午後四時頃、事務員の目撃を最後に行方不明
・1973年3月19日正午。1950年3月から行方不明になっていた、当時高校生だった木下三実(18)さんともう一人が白骨した状態で発見。もう一人は身元の確認が──。
・1982年 影浦 幸四郎(18) 11月17日 授業中に突然倒れ死亡を確認
・1989年 五十嵐 千夜 (25) 10月31日 午後七時二十分頃、同職員の目撃を最後に行方不明
・二階踊り場に設置してあった大鏡が、先の地震によりヒビが入ったことが確認されました。安全を鑑みて撤去する方針とのことです。
・渡り廊下脇の樹木に腐食が見られました。幹に不自然な傾斜が見られる為、今月中に伐採を行うとのことです。
水分の少ない唾液が喉に引っかかり、思わず噎せそうなる。新たに頁を捲ると、そこには七ヶ崎中学校の卒業アルバムをコピーしたものが貼られていた。写真の切り抜き方を見る限り、五十嵐千夜と影浦幸四郎はどうやら同級生らしかった。
そして、今しがた述べられた五人以外にも何名かの顔写真が貼られ、それぞれ赤いペンで行方不明と走り書きがされている。小脇には新聞の三行広告と思われる、人探し広告に掲載されたものが無造作に貼られていた。
解像度の低い写真たちはまるで現実味を帯びず、絡むような彼らの瞳は空虚な色で満たされている。思わず逃げるように視線を逸らしたところで、私の指先に電気が走った。
・1995年11月10日午後五時頃、県立高校の図書室倉庫から火の手があがり、焼け跡から一人の男子生徒が遺体で発見されました。身元の確認を進めた結果、同県立高校に通う七種子元 (17)さんであることが判明し───。
比較的新しめに見える新聞記事のコピーと、七種子元であろう中学の卒業写真が同じ場所に貼られている。
私は自分の顔がみるみる青ざめていくのが分かった。本を支える手に力が入らず、痺れるように冷えていく。心なしか真横の扉から冷たい風が流れてきているような気さえした。
この記事は一体誰が貼ったんだ───?
いやそれよりも。此処まで読んで、漸く全てが実際にあったことだと認識し始める。七種子元は前の作品でなんと言っていた? 私は教科書から試験に出る単語を探すかの如く、パラパラと勢いよく頁を捲った。
『ホンモノの大元になった事件事故の被害者は、それぞれ漢数字と怪談に関わる名前になっていたんだ』
一つ目の怪談『旧校舎にある、一本だけ生えた木には絶対触ってはいけない。触ると木に取り込まれてしまう』。これが一番目の『括られの木』だ。『括られの木』は一木颯太郎。一と木、颯は風に関連する字だったはず。
この木は樹木の腐食によって伐採されたようだ。確かに、渡り廊下脇に木は一本も見当たらない。
二つ目は『学校のとある鏡に囚われると、二度と戻ってこられない』。これが『踊り場の少女』の二階堂夏。二と二階の踊り場にあったらしい大鏡。行方不明になったのが夏。
三つ目は『桜の木の下には死体が埋まっている』。『紅桜』の木下三実。三と、木の下で実る、ということか。
四つ目は『誰かの影が離れても気付かないふりをしなければならない。影に気付かれると、その影の持ち主は死んでしまう』。『影』の影浦幸四郎。影と四だ。
五つ目は『夜の校舎で放送を聞くと、知らない世界に引きずりこまれてしまう』。『子どもの時間』の五十嵐千夜は、五と夜。影浦幸四郎と同級生でもあり、この二人は最初からセットだったのだろう。
七つ目は『開かずの扉の先は違う世界に繋がっている』。七怪談を全てホンモノにしようとし、異界との垣根を無くそうと三十年前に怪異の種を撒いて自殺した七種子元。
「残りは六つ目の───」
そこまで言いかけて、心臓がドクンと高鳴る。七種子元は言っていた。実験が成功すれば、ホンモノの七不思議を知った人間は何かしらの怪異が降りかかるはすだと。
そして条件を満たす人間が現れれば、自動的にこの本が『本自体が怪談と呼ばれる本』になるとも。ホンモノを完成させる条件は───。
「六の数字、且つ本に関わる名前……」
本が手の中からするり、と零れ落ちた。真冬の最中にいるかの如く私の肌は粟立ち、歯の根が合わずにがちがちと音を立てている。
私の名前は、六堂───。
「読ちゃん」
突然、右横からななちゃんの声に呼ばれた私は「な、ななちゃん……! あのね」そう言いかけ、言葉を失った。見れば、あのトマソン扉が全開になっているばかりか、数日前まで壁だった場所に黒い空間がぽっかりと開いている。
「な、ななちゃ───」
再度呼びかけようとして、私はそこではたと気付いた。彼女は私を名前でなんか呼ばない。それは中学の頃からずっと変わらないことだ。
じゃあこの名前を呼んでいるのは───?
その考えに至った瞬間、あのトマソン扉からひやりとした風が流れてきた。足に纏わりつくような風が、妙に足を重くする。はやく。はやく此処から逃げなければ。
そもそも数日前に扉の先が壁であることを確かめたばかりじゃないか。その壁のかわりに黒い空間が広がっているなんて、何処をどうとってもおかしい。
私はほぼ勢いだけでその場から立ち上がると、真後ろにある図書室倉庫の出口へ飛ぶようにして駆け出した。だが、ふいに左手へかけられた重みにバランスを崩し、私は机上の本や椅子を薙ぎ倒すようにして倒れ込んでしまった。
「痛っ……」
倒れた拍子に頭でもぶつけたのか、左のこめかみがずきずきと痛む。咄嗟に左手でこめかみを押さえようとしたところ、くん、と何かに引っ張られる感覚があった。
反射的に顔を向けると、そこには例の本から無数の手が伸び、そのうちの一本が私の腕をがっしりと掴んでいるところだった。
「─────っ!!」
声にならない叫びが周囲にこだまする。影のような黒い手が揺蕩うように揺れると、迷いなく私の左足を掴んできた。
「や……っ!」
掴まれていない右半身で懸命に藻掻くと、今度は這うように伸びてきた一本が右足を掴み、私は右の肘から床に叩きつけられた。痛い。痛いけど、逃げなきゃ……!
「な、ななちゃん……!!」
あらん限りの声を出すものの、この空間だけ隔離されたかのように、誰かがやってくる気配は微塵も感じられなかった。涙でぼろぼろになろうとも、身体は着々と本に引きずり込まれている。カーペットには私が立てた爪の跡が一直線にのびていた。
やがて黒い手が肩までのびると、ゆっくりと視界を覆い始める。私は声の出せなくなった口で最後まで彼女を呼び続けるも、やがて、とぷん、という音とともにあたりは静まり返ってしまった。
傍らには六堂読の鞄だけが転がり、図書室倉庫はいつもの静けさを取り戻していた。
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#短編
水底 ずい
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コメント
1件
わあ…第17話、めちゃくちゃ怖かったです…!七種子元の本に隠された七不思議の謎が一つずつ紐解かれていく流れ、鳥肌が止まりませんでした。特に「六堂」という名前が条件に当てはまるって分かった瞬間の衝撃と絶望感がすごく伝わってきて…最後のトマソン扉から伸びる手の描写も本当に恐ろしくて、思わず息を呑みました。次回が気になりすぎて今すぐ続きが読みたいです…!😭✨