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ここはガトーラルコール王国、通称ガトラル。その名門貴族オードゥヴィ公爵家には二人の娘がいる。
長女フィナンシェ・フランボワーズ・オードゥヴィは、生まれた瞬間から美しく人々の目を惹き付け、成長するにつれその名は国外にまで知れ渡るほどになって行った。
一方の次女、ショコラ・フレーズ・オードゥヴィは生まれた時、「普通」であった。いや、「普通」とは悪い意味ではない。その後どんな美男美女になろうとも、生まれたばかりの赤ん坊というのは皆大して変わらないものだ。むしろ姉が異常だったのである。
とにかく、「普通」に可愛らしく生まれた次女だったが、その姿を見た両親と屋敷の者たちは彼女を大変不憫に思った。
「…この子はいずれ、姉と比較されて悲しい思いをするだろう。だが私にとっては二人とも可愛い娘だ。私たちだけは、何があってもこの子を愛してやろう。」
父親であるオードゥヴィ公爵がそう言うと、その場にいた者たちは皆涙を流し「うんうん」と頷いたのだった。
時は流れ、皆の心配をよそにすくすくと成長したショコラは12歳になった。
ここガトラルでは、良家の令嬢は12~3歳頃になると社交界にデビューする事が決まりになっている。国王陛下に謁見し、多くの人の前でお披露目をするのである。令嬢たちにとっては人生で一、二を争う晴れ舞台だ。そんな一大事がショコラにもやって来た。
ここぞとばかりに着飾り付けられ、父、母、姉と一家総出で王宮の夜会へと向かったのだが……
王宮に着くやいなや、会場中の視線は姉・フィナンシェにくぎ付けになった。可愛い妹のため、いつもに比べかなり質素な格好をして来たにも拘わらず。
それは当然といえば当然の事だった。まだ幼さのある12歳のショコラに対し、16歳になったフィナンシェは美しさが花開き、すでに絶世の美女と呼ばれるようになっていたのだから――。
オードゥヴィ公爵は夜会の出席者たちに次女のお披露目をするのだが、相手の視線は老若男女問わずショコラを素通りし、後ろに控えていた長女に注がれている。そしていつもの事ながら公爵の話をぼんやりと聞いていた。
恐らく彼彼女らは、ショコラの顔などおぼろげにしか覚えていないだろう。
分かっていた事とはいえ、その状況に公爵は憤慨し、失望し、姉・フィナンシェも大事な妹の晴れ舞台を台無しにしてしまった事に強い衝撃を受けた。
結果、両親と姉はショコラに対しこれまで以上に憐れみを強くする事となったのである。
「可哀想に……あんな辛い思いをさせる事になるなんて。ショコラ、お前はもう無理をしてまで人前に出る事はない。結婚相手も、わざわざ探す必要なんてないよ。大丈夫。きっとフィナンシェの元には素晴らしい婿が来てこの家を継いでくれるから、何も心配する事はない。安心していつまでもこの屋敷の中で自由に暮らせばいいさ。」
しかし、ショコラは思っていた。
『――そんな事、全然気にしていないのに…。だって、お姉様は世界一の美女だもの‼誰もがあんな風になって当然だわ。夜会にも初めて出席したけれど、お姉様ってやっぱり凄いのね!きっとあんな光景が毎回起こっているのだわ……』
自分への無関心など、どこ吹く風だった。
それどころか、夜会での姉を取り巻く様子を思い出してうっとりとしてさえいたのだ。
……これまでずっと、「フィナンシェは他の人よりも特別美人なだけで、お前だって私たちにとっては何よりも可愛い娘だよ」と言われ続けて育ったショコラは、それに対してこんな解釈をしていた。
『ああ、ここまで繰り返し言うのはきっと、私が余程のものだからなのでしょうね。お姉様が美女なのは当然知っているけれど、みんな優しいから、気を使ってくれているのだわ。』
そしてそれらが過保護から来ている事も感じていたので、ある種の免疫のようなものが付いていて、恐らく誰に容姿を罵られようと大して気になどならないのだろう。
本当はまたあの光景を見てみたいと思っていたショコラだったが、父が言うようにこの先ずっと悠々自適に暮らすのも悪くない。だからその通りに生きる事にした。
かくしてオードゥヴィ公爵家の過保護度合いは増し、深窓の令嬢・ショコラは出来上がったのである。
――ところで、絶世の美女の実妹が言葉を濁すような容姿をしているものなのだろうか?
美人は三日で飽きると言う。いや、見慣れるの間違いだろう。オードゥヴィ公爵家の人間は皆、使用人に至るまで絶世の美女に見慣れてしまった。だから、正常な判断が出来なくなっているのだ。
要するに、「美」の感覚が麻痺している。
更に言えば、娘たちを溺愛している自覚のあった両親他、公爵家にまつわる者たちの「フィナンシェほど魅了する事は無いながらも、ショコラも可愛いと思うのは親の欲目である」という妙な謙遜が、事をややこしくしていた。
これまでショコラのいる場所には、常に姉・フィナンシェの姿もあった。余所の人間と会う機会自体がほとんど無かったのだが、わずかにあったその時も、やはりフィナンシェに注目が集まってしまってその事実にはほぼ誰も気付く事が出来なかった。――そう、
ショコラも、充分な器量良しだったのである。
だが「絶世の美女フィナンシェ」が側にいる事で、今一つ認知されないのだった……。