「……え」
その場の空気が凍りつく。
つまり、初めての事なのだ。
忘れられたのは、俺だけ。
「…な、なんの冗談だよロボロぉ!お前のバディだろ?」
大先生がおちゃらけて、しごく明るく言う。そうだ、いつものロボロだったらここで嘘だよって、そう言ってくれるはず。
「バディ…?」
そんな、ことって…。
「う〜ん…、大量に出血してたからなぁ。そのショックからかもね」
1番最近の情報から消えちゃってるのかも、とも言われたが全く頭に入ってこない。
俺の存在そのものが無かったことになっている。
ロボロの中から俺が消えた。
身体中に走る鈍痛が、その信じたくもない事象が事実であると語る。
「…ポジティブに考えよう!一からシャオロンの印象を変える事だって出来るんだよ、喧嘩とかしてたらそれも忘れてることになる」
「いや、喧嘩はしてないけど…」
突然、頭に考えがよぎった。
世界で1番最悪な考えかもしれない。
でも、今しかできないんだ。
今なら俺は、ロボロと…。
「ロボロとふたりで話したいんやけど」
「いーよ」
「ロボロ」
「…あー、えっと……」
ロボロのいる部屋へ戻る。
声をかけると、一瞬驚いたように目を見開く。
もう他のメンバーは部屋にはいなくて、正真正銘ふたりっきり。
大きく深呼吸をする。静かな部屋で、お互いの呼吸音しか聞こえない。
俺はこれから、最低な事をする。
「俺はシャオロン」
「あ、ああ。シャオロン…。なんかすまんな、俺らバディだったらしいな」
「ちゃうよ」
「…え?」
しん、と空気が揺れたように感じた。
訳がわからないという困惑の表情を浮かべたロボロはそれはどう言うことかと聞いた。
「俺たちは恋人だったんだよ。誰にも秘密で」
記憶のあるロボロがこの状況を見たらいったいどんな反応をするんだろうな。
ぶん殴るかな。
持ち前の大声で怒鳴るかな。
でもそんなロボロはここにはいない。
「なあ、嫌だったら断ってくれてええけどさ。もう一回付き合ってくれん?」
俺はずるい。
義理堅いロボロの事だ。恋人だと言ってしまえば、忘れてしまった罪悪感で絶対に断れない。
でも、こうでもしないと振り返ってくれないだろ。
「…ほんま?」
「……おん」
「…やるやん俺ぇ…」
「……え?」
予想とは違う返答に戸惑う。
苦笑いしていいよと言う未来しか見えなかったから。
「俺死ぬまで恋人とか作れないと思ってた。こんな所やし、誰にも愛されないまんま死ぬんかなー、って……」
ロボロの目に涙が滲んでゆく。
そんなに、嬉しそうにしないでくれ。
俺はお前を騙してるんだから。
ロボロが俺の手を取る。その温かさに安堵を隠せない。
「シャオロン…やっけ?なあ、教えてや。お前のこと」
ニコリと、ロボロは優しく笑った。
その日から俺たちは“初めて”付き合い始めた。
誰にも言えない。
言いたくない。
(俺ってここまで狂ってたんやな…)
なんて、心底呆れつつも、掴んだ幸せがあまりにも大きくて。
どうしたって手放す気にはなれなかった。
それからの日々は何よりも充実してて、驚くほど円滑に時間は流れて行った。
ロボロの手の温かさ、恋人へ向ける眼差し、それらは全部前までの俺は知らなくて、自分の臆病さが嫌になる。
ロボロの前で手を広げるれば、それを見るやすぐにその腕の中へと飛び込んでくる。
「シャオロン?どうしたん?」
「んや、何でもない」
「ふ、変なの」
少し目を伏せて笑うと面の隙間からまつ毛がよく見える。
この状況を一言で表すとしたら平和の二文字に限るだろう。
この世の中は争いばかりではなかった。
そう思えば、前よりも生きることが楽しくなった。
「シャオロン、ロボロ、ちょっといいか?」
「ん?トントンどうしたん」
「ちょっと話があってな」
呼ばれたのは医務室だった。
つまり俺らに用があるのは恐らくぺ神。
医務室に入るとやはりぺ神が何か難しい資料を片手に椅子に座っていた。
もちろんロボロの記憶の件についてだろう。
嫌な予感を感じつつ、ロボロに何かあってはたまらないと思い、意を決してぺ神に何があったのか聞く。
「ロボロ。お前、シャオロンの事思い出せるって言ったらどうする?」
「………え、?」
大変驚いたような顔をして固まるロボロとは逆に、俺の手のひらには冷や汗が滲んできている。
思い出したら、それこそ俺たちの関係は終わる。
いやだ。
…思い出してほしくな
(いや、それは自分勝手すぎか)
実際、ただ悪いのは俺だし。
関係を切られたとしたら、それは受け入れるべき事実なのだ。
しばらくの沈黙のあと、ロボロが口を開く。
「俺は思い出したい。やっぱりわからないところがあるのは嫌だ」
ロボロならそう言うと思った。
でも、不思議とすとんとその言葉は胸に落ちて行って、安心すらした自分がいた。
好きな人に嘘を吐き続けるのは、ここまでくるしい事だったのか。罪悪感に苛まれるのか。
「お前は記憶をとりもどす事ができる。でも、だ」
ぺ神が続ける。
「記憶を失っていたこの約1ヶ月間の記憶は綺麗さっぱり無くなることになる」
それでも良いか、と。
良いわけが無い。
ようやくこの気持ちを消化させてもらえるのかと思っていたのに、これじゃあ振り出しじゃないか。
「それ、は…っ」
「あくまでも決定権はロボロにある。話し合ってもいいけど、無理強いはしないでね」
ストップをかけられ、次の言葉に詰まる。
何と言って止めれば良いのかもわからないけど、なくなってほしくない。
この1ヶ月を無かったことにはしてほしく、ない。
「シャオロン」
「…な、何…?」
「俺はお前を思い出したい」
その声は驚くほどにまっすぐでよく通っていて、面の間から覗く全てを見透かしているかのようなその紅い瞳はこちらをじっと見ている。
「ロボロは、また記憶が消えるの嫌じゃないん…?」
「あほか、嫌だし怖いわ。」
意外な言葉に思わず目線を上へあげる。
よく見てみると、硬く握られた手が震えていた。
当の本人が1番怖いはずなんだ。
怖くない、はずがない。
それでも俺を思い出そうとしてくれてる。
「……ふへ、おまえ俺のこと大好きやん」
「あぁ?なんや、悪いか」
「ううん、嬉しい」
俺を見てくれる人はここにいるんだ。
俺の願いは、いとも容易く叶ってしまった。
「そっかぁ…ふ、うん。…わかった」
正午。
辺りの空には雲ひとつなくて、大きく息を吸えば澄んだ空気が肺を満たした。
日差しが差し込んできて、ベッドが暖かい。
「ん…、どこやここ」
頭上からよく聴き慣れた声が聞こえた。
ベッドに伏せていた顔を上げて見れば、体を起こしてケロッとしているロボロがいた。
「ロボロお前…おまえ〜っ!!」
「え、シャオロン…?俺なんでこんなとこ…」
「お前銃で撃たれて1ヶ月以上寝とってんぞ!」
…と言う設定。
1ヶ月間シャオロンに関する記憶だけを失ってそのシャオロンと付き合ってましたなんて言える訳がない。
後者はともかく、ロボロを変に混乱させるのも良くないと判断されて、この1ヶ月ロボロは寝ていたということになった。
記録上からも、記憶からも、恋人のロボロは消え去った。
それでも、俺の中にだけはいる。あのロボロは、俺の大好きな恋人だ。
このロボロは、俺の大事な相棒だ。
そこの区切りをつけてようやく諦めがついた。
ロボロの目覚めを祝福するかのように燦々と輝く太陽が西へと傾き始めた。
拝啓、全てを忘れ去った貴方へ。
この1ヶ月は俺の人生の中で一番幸せでした。
*
ギリ不幸せなくらいがいい
コメント
2件
あぁー、もう前からずっと思ってたけどるぱさんの小説好き過ぎるっ…!ほんとこう…読んでる側の心臓をぎゅっとしてくるの駄目よ…できればこれからもお願いします()