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幸せな週末は、瞬く間に過ぎ去った。
月曜日のオフィス
私たちは再び「完璧な部長」と「真面目な部下」に戻り、適度な距離を保って仕事をこなしていた。
……はずだった。
「部長! 大至急、確認をお願いします。今回の大型キャンペーン、先方の基幹システムとデータの整合性が取れていないと連絡が……!」
午後の静寂を切り裂くように、同僚の悲鳴に近い声が響いた。
一気にフロアに緊張が走る。
明日から全国展開される予定の、わが社にとって社運を賭けたプロジェクト。
それが、システムエラーで根底から覆ろうとしていた。
「状況を整理しろ。担当チームは会議室へ。飯沼さんは、先方の担当者と連絡を絶やさないでくれ」
健人さんの声が、氷のように鋭く、冷徹に響く。
私を「飯沼さん」と呼ぶその横顔には、甘い夜の面影など微塵もなかった。
けれど、私は怯まなかった。
今の彼は、私の大好きな「尊敬する上司」だから。
「はい、直ちに対応します」
そこからの数時間は、まさに戦場だった。
鳴り止まない電話、飛び交う怒号に近い指示。
健人さんは会議室にこもり、上層部や技術チームとの調整に奔走している。
私は彼の指示を仰ぎながら、現場の混乱を鎮めるために走り回った。
(……大丈夫。健人さんがいれば、絶対に解決できる)
夜の十時を過ぎても、誰も帰ろうとはしない。
疲労がピークに達し、フロアに絶望感が漂い始めた時、会議室のドアが開いた。
出てきた健人さんは、シャツの襟を乱し
髪も少し乱れていたけれど、その瞳だけは力強く輝いていた。
「……修正プログラムの適用が完了した。先方も納得してくれた。明日、予定通りリリースする」
一瞬の静寂の後、フロアに歓声が上がった。
崩れ落ちる同僚たち。
私も、安堵で膝の力が抜けそうになった。
ふと視線を上げると、健人さんと目が合った。
彼は多くの部下たちに囲まれ、労いの言葉をかけられている。
そんな中、彼は一瞬だけ
私にしか分からない速さで、優しく、誇らしげに頷いてみせた。
声に出さなくても、私には分かった。
それは、恋人としての甘い囁きよりも、今の私には何倍も力強く響く報酬だった。
「……お疲れ様でした、部長」
私は心からの敬意を込めて、深く頭を下げた。
「部下」として彼を支え抜いた誇りが、胸の中で熱く燃えていた。
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