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相当茫然としていたのか、疲れ切っていたのか…その夜の帰り道のことは、あまりよく覚えていない。

家に着いた早々化粧も落とさないでベッドにばたんきゅーして、しまいには寝坊をやらかしてしまった今朝だった。

朝は始業時間の三十分前に着いて、オフィス内の掃除やコーヒーをおとしておかなければならない。もちろん、朝にデリケートな先輩たちのためだ。

なのに今朝は十五分も遅れてしまった。

絶望的。今日一日どれだけねっちっこくいびられるだろう、と不安で頭が一杯で、昨晩の余韻にひたる余裕もなくエントランスホールを通り抜ける。

「すみません…!寝坊しちゃって…!」

ロッカーにもよらずジャケットと手袋を持ったままオフィスに駆け込んだ時には、ほとんど泣きそうになっていた。

けど。

「…あれ、誰も…いない…」

低血圧にやられた不機嫌な顔が並んでいるはずのオフィスは、なぜだかすっからかんだった―――

どうしたんだろう?

訝しんでいると、廊下がざわついているのに気づいた。

ざわめきは総務部のすぐ近くにあるラウンジの方で起こっているみたいだった。

ラウンジは社員の食事場所や休憩場になっている場所だけれど、この時間はほとんど人がいないはず…。どうしたんだろう。

近づいてみると、社員がどんどん集まってきていた。

もしかして、社内中の社員が来てる…?という予想は、朝礼さながらの人数がラウンジに集まっているのを見て確信に変わった。

みんな、ちょっと興奮気味に人だかりの中心を見ている。

特に女性が熱心で、男性はなかば女性社員の興奮に圧されて遠巻きに見ている感じだ。

人だかりの中に顔見知りの他部署の先輩にがいたので訊いてみた。

「どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも。きっとここ数年で一番の事件よ!」

と、先輩はわたしに顔を向けることなく熱い視線を送り続ける。

「ほら、人だかりの中心見て見なさいよっ。ちょーイイ男がいるでしょ」

言われるがまま目をこらした。

そしてそのまま見張った。

だって女性たちに囲まれるようにいるのは、

遊佐課長だったから―――!

どうしてあの人が…!?

唖然とするわたしに、先輩は自分だけが知っているかのように得意げな笑みを浮かべた。

「聞いて驚かないでよ?あの人が、あの『幻の課長』なんですって」

「…えええ!!」

「ついにあの社内七不思議のひとつが正体を現した!ってみんな朝から大騒ぎよ。無理ないよね。だって存在自体が怪しまれていた『あの課長』が突然現れるんだもん。しかも、その容姿が想像を裏切る超イケメンだったんだから」

うちの会社には幽霊と同じくらい有名な社内七不思議がある。

「幻の課長」の存在だ。

数年前、IT社会の急速な変化に後れをとり深刻な経営難におちいっていたうちの社は、これまで多くの得意先から得た経験や要望を結集して、今までにない斬新で画期的なソフトウェアを独自開発し、それを中心としたシステムソリューションの企画営業をすすめた。

最後のチャンスとして立ち上げたこの事業は大成功をおさめ、経営状況はV字回復。

これをきっかけに、社はソフトウェア開発に力を入れるようになり、組織改革や人事見直しを経て、より細かなニーズに応えられる商社として業績を上げていった。

今では事業も拡大して、個人向けのパッケージソフトの自社開発、販売もおこない、収益を上げている。

その社の転換点ともなったソフトウェアを開発した人こそが、「幻の課長」と呼ばれるその人だった。

まさに社の危機を救った英雄とも賞賛される彼は、彼のためだけに設けられた「特別開発課」に所属し、今はアメリカに単身出張していることになっていた。

けれども。

その姿を見たことがある社員は、ひとりもいなかった。

なぜなら彼は、幹部のみで行われる重要会議にすら出たことがなく、本社とのやりとりも一部の社員とメールでしか行わないからだ。

当然、わたしたち平社員もその姿を見たことなどなく、詳しい情報すらも教えられていなかった。

ゆえに、社員たちは次第にその存在性を疑うようになって、彼のことを「幻の課長」と呼び、失敬にも七不思議にカテゴライズまでしていた。

そんなミステリアスな人物。

その名こそ…

「遊佐裕彰(ひろあき)…課長」

わたしは茫然としながら実在した「幻の課長」の名を繰り返した。

なるほど…通りで聞いたことがあるけど思い出せないわけだ。

「幻の課長」の名前なんて普段仕事していて耳にすることなんてなかったもの。

どうしてちゃんと教えてくれなかったんだろう…。って言っても、わざわざ「あの幻の課長です」なんて言うわけがないけど…。(そもそも幻扱いされているなんて知らないだろうし)

それにしたって、あんな意味深な名乗り方しなくてもいいのに。

遊佐課長は社員たちに囲まれて、矢継ぎ早に投げ掛けられる質問に笑顔で答えていた。

ハーフ独特の白い肌、やわらかな栗色の髪、端正な顔立ち…こうして普段見慣れている社員の中に立っているのを見ると、あまりの作りのちがいに、つい変な感覚におちいってしまう…。まるで、庶民の中に降り立った煌びやかな貴公子のようだ、なんて…。

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