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「日帰りっつってたのに何してたんだと
思ったら……
氷サソリを討伐していたのか」
冒険者ギルドの支部長室で、私はそこの
最高責任者である、筋肉質のアラフィフの男性へ
報告していた。
ホット・ストーンの件を解決し、東の村で
一晩泊まった後―――
午前中には氷サソリの死骸と共に、
公都『ヤマト』へと帰還。
その顛末を、ギルドメンバーへ説明して
いたのである。
「まあ今はワイバーンもラミア族も魔狼もいるし、
防衛上の問題はあんまねぇけどよ。
アルテリーゼにシャンタル―――
いつまでもドラゴンが両方いないっていうのは、
公都の住人にゃ精神衛生上悪いからな」
ギルド長が片眉を吊り上げながら話す。
「しかし『石喰い』ッスか。
防御がカタい上、魔法も効きにくいって事で
有名なんスよね」
「何であんなところにいたのかな?」
黒髪褐色の長身の青年の指摘に、童顔の妻が
聞き返す。
「『石喰い』については……
実はあまりわかってないんですよ。
突然変異というか、記録もほとんど無く、
ただ通常の魔物に比べて動作が鈍いって
事くらいしか―――」
「まあ確かに動きが鈍重だったような気が
したのう」
「ピュ!」
丸眼鏡に丸顔、ライトグリーンのショートヘアーの
女性が書類に目を通しながら語り、
ロングの黒髪に抜群のプロポーションを持つもう
一人の妻が、子供と共に続く。
「よく倒せたモンだと言いたいが―――
まあシンだしなあ」
「ジャンさんは戦った事が?」
興味本位で質問してみると、彼はその情報を
記憶から引っ張り出すようにして、
「2回ほどある。
1つは今回と同じようなサソリ、もう1つは
鎧モグラだ。
武器攻撃をほとんど受付けねぇんで―――
関節とか隙間を突くような戦いだった。
すげぇ疲れんだよ、アレ相手は」
疲れる、という程度で倒しているところが
さすがゴールドクラスなのだが……
「まさか、食べた事はあるッスか?」
レイド君が恐る恐る聞くと、
「鎧モグラはともかく、サソリの方は毒が
あるんだぜ。
いくら何でも食わねぇよ。
……シンはねぇよな?」
ギルド長から話を振られ、さすがに首を
ブンブンと左右に振る。
食べられる、という話は聞いた事があるが、
いくら何でも私はそこまでゲテモノ食いではない。
「それで、氷サソリは?
今後どうするつもりでしょうか」
一応、冒険者ギルドへ引き渡したが……
その後の処分が気になり、ミリアさんに
質問する。
「解体する際、パックさんとシャンタルさんに
同行してもらおうかと。
お2人とも今日中には戻る予定ですし―――
彼がいれば、たいていの毒は浄化出来るで
しょうし」
そういえば二人は、ラミア族の湖まで行って
いるんだっけ。
「まあそだねー」
「妥当なところじゃの」
「ピュウ」
家族も続けて同調し、次いでジャンさんが、
「あれだけキレイな状態で討伐されたんだ。
まるまる一体、標本になりそうだぜ」
「すでに西地区の貴族や豪商から―――
屋敷に飾りたいって問い合わせが来てるッスよ」
アレを公都に『空輸』して来た時はすごく目立った
からなあ。
ギャラリーもすごかったし……
「そういえば話は変わりますが―――
エンペラー・ゲイターの肉ってもう
無くなりました?」
私の問いにギルド長は両手を腰に着けて、
「金持ち連中が買うからなあ。
ステーキ肉はあっという間に消費された。
1食分金貨5枚するにも関わらずよ。
唐揚げも1個銀貨3枚だったが、親が奮発して
子供に買っていったようだ」
金貨五枚=日本円で十万円。
銀貨三枚=日本円で三千円……
とすると、結構な高値が付いたんだなあ。
「じゃあもう残ってない感じー?」
メルが聞くと、レイド夫妻が首を左右に振って、
「ひき肉がまだ残っているようッスよ」
「つなぎにしないでそのままボロボロにして、
ボーロやラーメンの具にしているみたいです。
アタシもレイドと一緒に食べましたが、
美味しかったですよ。
値段もそこそこでしたし」
ふんふん、とうなずいていると、
「なるほど、そういう使い方か。
……って、ボーロとは?」
「ピュ?」
アルテリーゼが聞き返す。
スルーしてしまうところだったが、ボーロって
あの熊タイプの獣人族の人、だったよな。
「あー、カレーの事ッス。
シンさんが『香辛料の権利はボーロさんにある』
って口酸っぱく言ってたでしょ?」
「それで何か、香辛料=ボーロさん、
となって―――
カレーや香辛料を使う料理は、ボーロって
言われるようになったみたいです」
レイド君とミリアさんの答えに微妙な表情になる。
と言うと今は、『ボーロ食べようぜー』とか、
『今日はボーロにして』とかになっているわけか。
「でも美味しそうだね」
「今日はすごく冷え込んでいるし、
お昼はこれからだし―――
行ってみぬか、シン?」
「ピュイッ」
こうしてお昼のメニューを決めた後、
「他に公都で変わった出来事は……
あ、そうだ。
あのハチたちやアルラウネはどうして
いますか?」
私の質問に、レイド夫妻が『う~ん』と
うなり、
「ハチが子供たちを運ぶっていうか、
チビたちもそれで遊ぶようになっちゃった
ッスよ」
「あちこちでこう、ハチに背中をつかんで
もらって飛んで……あはは。
アルラウネさんは果樹や野菜のエリアで
大人しくしてますけど」
え゛ それって飛行しているって事!?
危険では、と声にする前にジャンさんが
手の平を胸のあたりで水平にして、
「飛んでいるっつっても、これくれぇの高さだよ。
重い物を持って高くは飛べねえみてぇだ。
そんでシン。
話にあったホット・ストーンってヤツは
持って来なかったのか?」
ギルド長の言葉にハッとなって、慌てて思い出し、
「あ、すいません。
これがホット・ストーンです。
これも出来れば、パック夫妻に渡して
頂ければ」
私がテーブルの上にいくつか、ホット・ストーンを
置くと、
「ほう、これがか」
「リバーシの石みたいッスね」
「わかりました。
お預かりいたします」
それらを彼らに任せ―――
私たちは冒険者ギルド支部を後にした。
「はいよ、お待ちどうさま!
エンペラー・ゲイターのボーロ・ライス2つと、
同じくゲイターの肉入りの担々麺2つ!
ごゆっくりどうぞ」
宿屋『クラン』で、私たちは目的の料理を
注文し……
アラフォーの髪を後ろにまとめた女性がそれを
運んできた。
「辛っ! うまっ!」
「寒いこの時期に、ちょうどよい料理じゃの」
「ピュウゥ!」
それぞれ、半分ずつ食べたら交換するという形で、
料理を堪能していた。
決して行儀はよくないが、まあ家族だし。
しかし、やはりプロの料理人が作った物は違う。
ボーロ・ライスの方はまるで、地球でいうところの
キーマカレーを食べているような感じで、
担々麺の方は肉そぼろが入った、あちらのお店の
物と比べても、遜色がないものだ。
「でも考えたものだねー。
これなら多くの人に行き渡るし」
「そうだのう。
この量でも、肉の存在感がハッキリと
出ておる」
「ピュピュ~!」
ハンバーグにしていた頃は気付かなかったけど、
そぼろにすれば肉の食感はそのままで―――
少量でも、ごはんや麺と一緒に食べれば満足感は
増すだろう。
見渡すと、子供連れでボーロ・ライスを頼んでいる
人は結構いて……
ラッチと目を合わせると、向こうも手を振って
返してくれた。
「本当にボーロ・ライスは人気だねー」
「特に子供にのう。
ラッチも大好きじゃし」
「ピュー♪」
こういうところはどの世界でも共通か。
子供は味覚が未発達な分、ハッキリした味を
好むと聞いた事があるし。
「シンー、お昼の後はどうする?」
メルの質問に食べる手を止めて、
「例のサソリの解体の現場に行ってみるよ。
もしパック夫妻が戻って来ていたら、
説明もしておきたいし」
それを聞いた妻たちが、飲み物を口にすると、
「でも私たちが戻って来た時は―――
まだいなかったんだよね?」
「あの後、帰って来たとしても……
すぐ解体現場へ向かうかのう?」
当然の疑問を口にするが、私は頭をかいて、
「でもあの2人の事だから、珍しい研究対象が
来たと知ったら―――
休む間もなく向かうんじゃないかなあ」
「あー……
ありそう」
「と言うより、そういう未来しか見えん」
「ピュウ」
呆れたように家族が同意する。
「というわけなので……
クレアージュさん、何か適当なものを
よろしくお願いしまーす」
厨房から『あいよー!』と彼女の声が聞こえ、
「じゃあ私とアルちゃんは、児童預かり所にでも
行ってみる?」
「そうじゃのう」
「ピュウ」
家族も昼食後の行先を決め―――
料理が出来上がるまで私たちは待つ事にした。
「まだ戻って来ていないんですか?」
手持ちで食べられるサンドイッチ系の食事を
持って、冒険者ギルド支部へ行ってみると……
まだパック夫妻は帰って来ていないとの事だった。
「あのお2人は、南の村を経由、その後
ラミア族の湖まで行って頂いているので―――
時間がかかっているのかと」
それはわかるが……
まあドラゴンもいるし、危険な目にあっている
という事は無いだろう。
「シンさんが探していた事を、お伝えして
おきましょうか?」
受付の女性が気を利かせてたずねてきて、
「そうですね。
もし戻りましたら、こちらの料理を」
そして荷物を手渡そうとした時、
「氷サソリがいると聞いて来ました」
「またシンさんが獲ったヤツですね?
解体場はどこでしょうか?」
興味津々な態度を隠そうともせず―――
女性と見紛うような銀の長髪を持つ男性と、
彼に勝るとも劣らない白銀の長髪の女性が
現れた。
「あ、パックさんにシャンタルさん。
お疲れ……」
「おお、シンさん!
確か東の村へ行っていたのは昨日ですよね?
つまり獲物は取れたてのほやほやですね!」
「ではさっそく見させて頂きますぅ~!
どこに運ばれましたか!?」
矢継ぎ早に次の行動に移ろうとする二人の口に、
サンドイッチを押し込む。
「むぐっ!?」
「もがっ!?」
そして口の中の料理を食べ終わるまで、
物理的に黙るしかなくなった夫妻に向かって、
「落ち着いてください。
氷サソリならすでにギルドへ渡して
ありますから。
ですがその前に、パックさんに浄化魔法を
かけて頂かなければなりませんので」
一通り状況を説明し、飲み物も渡す。
「……んぐ。
そ、そうですね。それは必要です。
ただ毒の見本を少し頂いてから」
「それで、氷サソリは」
人心地ついたパック夫妻は、受付の女性と
向き直り、
「すでにギルドの解体場へ運び込まれて
おりますので……
職人にも声をかけてあります。
どうぞこちらへ」
そして彼女の案内で、私と夫妻は解体場へと
向かった。
「ふむふむ、これが『石喰い』……
私も見るのは初めてですね」
「確かに硬さが通常のサソリとは異なります。
食べて強化しているんでしょうか」
研究用の毒を確保した後、全体に浄化魔法を
かけ―――
パックさんとシャンタルさんは分析に入る。
「これが食べていた石ですけど」
私が提供したホット・ストーンも用意されており、
夫妻はそれぞれ手に取って見つめ、
「ホット・ストーン……
氷サソリなのに熱い石を?」
「いえ、熱すると長く保温出来る性質、
というだけのようです。
拾った時は他の石と同じような感じでした」
「これも興味深い素材ですねえ……
頂いても?」
「元より、調べてもらうつもりで持ってきました。
ぜひお願いします」
研究者夫妻と話し合っていると、解体職人の
一人が近付いて来て、
「てか、硬過ぎるぜコイツぁ。
悪いんだが、解体すのに時間がかかるかも
知れねぇ」
彼の言葉に私たちは顔を見合わせ、
「う~ん……
まあ毒のサンプルは手に入れましたし」
「それと石の方を先に調べてみましょうか」
パックさんとシャンタルさんが答えると同時に、
『ク~~……』
『キュルルル~……』
と、お腹の音が解体場に響き、
二人はばつが悪そうな顔をして、
「か、帰ってきて公都長代理に報告してから、
すぐにこちらへ来たので」
「そういえばお腹減ってましたね……」
自分は冒険者ギルド所属なので、ギルド長に
報告すればいいのだが―――
彼らは冒険者では無いので、公都の別の公的機関に
出入りを報告する義務がある。
そして報告後、氷サソリの一件を聞いて、
一直線にこちらに来たのだろう。
「解体は時間がかかりそうですし……
『クラン』で何か食べませんか?
あの料理だけでは足りないでしょう」
夫妻は赤面しながら私の提案に同意し、
そちらへ向かう事になった。
「ふむ、このひき肉がエンペラー・ゲイター
ですか」
宿屋『クラン』で、パックさんがボーロ・ライスを
食べながら、
「ズルズル……
こちらも麺に絡んでいい感じです、パック君」
シャンタルさんは担々麺をすすりながら話す。
「エイミーさんたちや、ロッテン夫妻は
お元気でしたか?」
「ええ。
水中洞窟の方が暖かいという事で―――
今はもっぱら一家でそちらにいるそうです」
「ロッテン夫妻も、他のラミア族の子供たちを、
孫のように可愛がってましたよ」
あの年齢からすれば、そうなるのは仕方ない
よなあ、と思いつつ……
「あとカート君たち……
バン君にくっついていった女の子たちも
どうしているでしょうか」
公都とラミア族の住処の湖の途中に、
カート君たちの生まれ故郷の村があり―――
彼らの村にも行った事はあるが、カート君から
『冬になる前には』と聞かされていた事もあり、
(■108 はじめての しょうゆ参照)
去年、『はろうぃん』の前くらいに、
公都を離れ、そちらへ移住したのであった。
特にバン君は、彼を慕っていた女の子たちが
離れずに……
「あー……
カート君は付き合っているラミア族の女性と
今回一緒にラミア族の住処へ里帰りして―――
また私たちと村へ戻りましたけど」
「バン君はねー。
相変わらず移動する時は女の子10人くらい
一緒で。
従えているっていうか、
囲まれているっていうか」
うーむ。
児童預かり所では他の大人や、リベラ所長が
いたからある程度は緩和されていたけど。
「そういえば女性冒険者の方々が、
彼についていかなかったのは意外でしたが」
バン君は誰もが認める美形だ。
異性の冒険者にもかなり人気があったはず、
と思っていると、
「いえ、それはシンさんや公都と長期契約を
結んでいるからでしょう」
「契約項目の中に、『公都に定住する事』って
定められていましたからね」
パックさんとシャンタルさんの指摘にハッとなる。
確かに、一年の契約を結んでもらった人は―――
他の村や支部への異動を認めていないのだ。
当然と言えば当然だが。
「それは悪い事をしましたねえ」
私が頭をかくと、夫妻は首を横に振って、
「いやでも、あの村にも詰め所があるでしょう?」
「規模が一定以下の集落に、冒険者が行って
駐在してもらう依頼というか仕事がありますが、
あの村は女性冒険者の争奪戦になっている
そうですよ」
目的というか狙いは当然バン君なんだろうなあ。
ブロンズクラスの仕事は多岐に渡るが―――
良く言えば種類が多く、悪く言えば雑用が中心。
それも仕事の一つだから注文は付けられないが、
支障をきたすようなら考えないと。
「それとリーリエさんは、正式に魔狼の
男の子を恋人と認めたようです」
「結婚するのはまだ先でしょうが、
あの村でも歓迎されていましたよ。
夫婦の定住者が増えるのは、村としても
喜ばしい事でしょう」
そもそも彼ら三人は、孤児という事を
差し引いても―――
仕事が無いから村を出て来たのだし、
言ってみればかつての東の村よりも、
事態は深刻だったのだろう。
「それじゃバン君は……」
「それとですねシンさん。
彼らの村と、公都とのちょうど中間あたりで、
気になるものを見つけまして」
「時間があればシンさんにも見て欲しいと
思っていたんですよね、パック君」
思いっきり露骨に話題をそらされたような
気もするが……
まあ気持ちはわかるけれども。
「そこならそれほど離れた場所では無さそう
ですけど、何があったんですか?」
そこでパック夫妻は説明し始め、私はそれに
耳を傾けた。
「スノーバブル……ですか?」
「はい。
雪が泡のように広がって―――
大きさとしては直径5メートルほどでしたが。
シンさんの世界ではそのような現象は
ありませんでしたか?」
パックさんの質問に、私は記憶をフル回転
させるも、
「淡雪という言葉はあります。
広がる、というのはどういう事か
わかりませんが……
それに自然現象だとしたら、私には
どうにも出来ませんよ?」
私の出来る事は、私の常識以外の『無効化』
なのだ。
川の流れや重力そのものを変える事は出来ない。
「でも、風とかで広がっているようには
見えませんでした。
それに魔力も感じましたし……
ただこれは、雪の下にいる生き物の魔力なのか、
雪そのものの魔力かは確認出来ませんでした」
シャンタルさんの言葉にまた考え込む。
「う~ん……
専門家に聞いてみませんか?」
「「専門家??」」
私の答えに、薬師の夫とその妻は顔を見合わせた。
「それ多分、スライムじゃないかな?」
公都の各飲食店を回り……
ある店で見つけた、その透き通るような
ミドルショートの白い髪の12・3才くらいの
外見の少女は、あっさりと答える。
「雪のスライム、ですか?」
パックさんが驚いた表情で聞き返すと、
氷精霊様は、
「んー……
雪を取り込んだスライム、って言えば
いいのかな。
まあ放っておいてもいいと思うよー。
巨大化でもしなければこれといった害も
無いし」
カレーうどんならぬボーロ・うどんを
すすりながら彼女は語る。
という事は巨大化したら危険なのか。
直径五メートルほどあったって聞いているけど。
「巨大化なんてするんでしょうか」
「わらわのところのウサギみたいに、
大きくなっちゃう場合があるからね。
でもあれは、わらわの守護する山で、
わらわの影響を受けて巨大化しちゃう
だけで」
(■87話 はじめての うさぎがり参照)
そういえばそんな事もあったっけなあ……
と思い出す。
「危険というのは?」
パックさんが私の疑問に口を開き、
「元は無害でも、巨大になるだけで脅威と
化す場合があります。
特にスライムは雑食性なので、あそこまで
巨大化していると、小動物や一帯の草木を
捕食してしまう可能性が」
ううむ。今は冬だから草木の被害は少ない
だろうけど―――
放置は出来ないかも知れない。
ふと、シャンタルさんが店の中を見渡し、
「土精霊様は?
今日は一緒じゃないんですか?」
「あー、土精霊なら自分の守護しているところに
行ってる。
時々様子を見に行くんだって」
基本的に精霊は自分が守護する場所から
離れないと、彼女本人から聞いた事がある。
そして当人は『わらわは気まぐれなの!』
と開き直っていたが……
(■90話 はじめての きり参照)
恐らく生真面目な土精霊様は、定期的に
守護する場所へ戻っているのだろう。
「氷精霊様は、時々あの山へ戻ったりは
しないんですか?」
私の問いに、彼女は空を見つめて考え込み、
「そういえばずいぶんと戻ってないかも。
すっかり公都に慣れちゃってー」
「あの―――」
そこでおずおずとパックさんが片手を挙げ、
「もしかして公都が、氷精霊様が守護する
場所になっているとか……
そういう事はありませんか?」
彼の指摘に、沈黙が一瞬訪れ―――
「あ」byシン
「え」byシャンタル
「んん?」by氷精霊
その可能性に気付いた順に声を上げた。
「うわ」
「アレか!? シャンタル!」
一時間ほど後―――
私はメルと一緒にドラゴンの姿になった
アルテリーゼに乗り、
パック夫妻の案内のもと、現場へと来ていた。
そして眼下には、直径五十メートルはありそうな、
ブクブクと泡を立てる雪景色。
「ありゃー。
今日は一段と冷え込んだからかな。
ちょっとマズいかもー」
同行している氷精霊様も、空を飛びながら
呆れたように話す。
「早期に発見出来て良かった。
シンさんがいれば『無効化』出来るでしょう」
「お願いします!」
共に飛んでいるもう一組の夫婦が、事態の解決を
要請する。
魔力かスライムか、どちらかを無効化すれば
いいんだろけど―――
そこで私は考え込み、
「もしスライムを倒してしまった場合、
その死体というか死骸ってどうなります?」
私の質問の意図を察したのか、ドラゴンに乗った
薬師は少し考えて、
「それは……死体は残ると思います。
そしてこれだけ広範囲に残りますと、決して
影響は少なくないでしょうね。
スライム系は雑食ですが、そのスライムを
捕食する動物や魔物はあまりいませんし」
「体はほぼ水分だから、夏場でもあればすぐ
消えて無くなると思いますけど―――
今は冬ですし、このまま凍って残りでも
したら……
少なくともその下にある植物類は全滅でしょう」
彼を乗せているシャンタルさんも、このまま
倒した場合の悪影響を認める。
「でもさー、シン。
それはどうにもならないんじゃ」
「手をこまねいていては、被害が広がる
だけじゃぞ?」
私の背中と乗っている先から、妻二人が
仕方ない、と伝えてくる。
「1日でこれだけ大きくなった事を考えると、
たぶんもっと大きくなるよー。
ここはまだ公都からも離れているし、
プチってやっちゃった方がいいと思う」
緊張感の無い声で氷精霊様が解決を促してくる。
確かに被害を考えれば、ここで倒しておくのが
ベストだとわかっているのだが……
「……ん?」
そこで私はふと記憶からスライムの事を
引っ張り出す。
確かゴーレムのスライムを取り除いた時は、
その流動性や速度を無効化させただけだし、
(■40話 はじめての せきざいさがし参照)
スカベンジャー・スライムの時も、生物としての
機動力を奪っただけで殺してはいなかったはず。
(■103話 はじめての ぼうすいふく参照)
だけど今回はそれだと、動けなくなる・大きく
広がらなくなるだけ……
―――よし。
そもそもスライムそのものが私の常識外なのだし、
条件付きで無効化を試してみるのも手だ。
もし成功すれば……
「アルテリーゼ。
あの上まで降下してくれ」
「何か打つ手を考えついたのじゃな?
よし、行くぞ!」
そして私はドラゴンに乗って、スノーバブルへと
近付き、
「雪を取り込むスライムなど、
・・・・・
あり得ない」
そもそもスライムそのものがあり得ないのだが、
どちらも私の世界にいないのは確かなので―――
条件としては通っているだろう。
すると、その一帯の雪がブルッと震え、
泡立っていた範囲がどんどん小さくなっていく。
「なるほど。『雪を取り込む』事を
『無効化』させたんですか」
「つまり、あの小さくなっていく先には―――」
パック夫妻、そして他のみんなとしばらく
その現象を見つめていたが、泡立つのが
やがて中心だけとなり、それも終わった時、
ポンッ、という感じで雪の中からスライムが
飛び出してきた。
直径にして一メートルくらいだろうか。
「あれが本体かー。
雪全部吐き出して縮んだのかな?」
「どうする、シン?
プチッとやっておくか?」
妻たちに、いや、あれはもうただのスライム
だから……と言おうとすると、
「ゴム製の採取用の袋も持って来ているし、
研究用として持ち帰ろうか」
「そうだね、パック君。
じゃ、降りましょう」
それより前にパックさんとシャンタルさんが
動き、地上へと降り立った。
多分こちらが無効化する事を前提に、スライムの
一部を持ち帰ろうと準備していたのだろう。
「終わりかなー?
じゃあ、わらわは先に戻ってるね」
上を見上げると、氷精霊様が身をひるがえして
一直線に公都へと戻っていく姿があった。
この騒動のいわば張本人の彼女を―――
私とメル、アルテリーゼはただ苦笑して見送った。
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