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巨大スライム討伐(確保)から一週間ほどが
過ぎた。
他の場所―――
麺専門の村やブリガン伯爵領との境目の村、
カルベルクさんの町へ行っていた冒険者チームも
順次、公都『ヤマト』へ戻って来て、
そして先日、ワイバーンの巣へ『里帰り』していた
ムサシ君一家も帰ってきた事で……
日常が戻りつつあった。
「しかし、遠出をしてもらったパック夫妻や
ムサシ君たちはともかく―――
他の人たちの帰りが遅かったような」
冒険者ギルド支部の応接室でお茶を飲みながら、
いつものギルドメンバーであるジャンさん、
レイド君、ミリアさんと雑談に興じる。
初老の筋肉質のギルド長が、頭をかきながら、
「あー、足止めくらってたんだとよ。
冬だし客は少ないしで……
まあ歓迎って意味もあっただろうが」
そこで陽キャふうの褐色肌の次期ギルド長と、
その妻のタヌキ顔の丸眼鏡の女性が苦笑し、
「公都の連中は、下手に小金持っているッス
からねえ」
「仕事で行ったのに、何をしているんだか……」
経済的に消費してくれるのはいいんだけど―――
本当に何しているんだか。
「そういや、パック夫妻が持ち帰ったとかいう、
あのスライムはどうなったんだ?」
ジャンさんがふと近況をたずね、
「もう元の場所に戻したって言ってました」
するとレイド夫妻は同時に首を同じ方向に傾げて、
「?? そりゃまた何でッスか?」
「わざわざ研究対象として持ち帰ったん
ですよね?」
パックさんとシャンタルさんの研究バカっぷりを
知っているのか、思わず聞き返してくる。
「あー……
レムちゃんが怖がるのと不機嫌になるのとで……
ほら、あの子―――
あまりスライムにいい思い出が無いっていうか」
レムちゃんとは、小型のゴーレムの事だ。
もともと、ドラゴン二体から隠れようとした
ところ、スライムにまとわりつかれて……
そういう経緯もあったコだからなあ。
(■40話 はじめての せきざいさがし参照)
「そういやそうだったなあ」
「あー、そりゃ確かに」
「あのご夫婦も、子供には弱いんですね」
しみじみと知っている子供がいるご家庭の事の
ように語るギルドメンバー。
レムちゃんが抗議のため、新型の戦闘用ゴーレム
『19号』を起動させようとした事は黙って
おこう……
「そういえば今パック夫妻は―――
どちらかというと、あの『ホット・ストーン』の
研究に没頭しているようです」
「あの石か?
ただ単に、熱を長く保温するだけって
話だったが」
ギルド長が聞き返す。
「保温状態が長いというのは合ってます。
ただ、それは高温だけではなく、どうも低温にも
当てはまるらしいんです。
なのでいろいろと利用する幅が、広まってくると
思います」
よく理解出来ない、というふうに若い男女が
不思議そうな表情をするので、補足のために
言葉を続ける。
「例えば冷たくした場合、今は食品の保存や
搬送に氷を使っていますが―――
それに代わる可能性が出てきます。
個人宅でも箱に冷たくした石を入れておけば、
そこに食材を保存出来ますし、氷のように
湿気でべとべとする事もありません」
「それは便利そうッスねえ」
「やっぱりシンさんの世界でも、
そういう物が?」
レイド君とミリアさんが感心すると同時に、
地球での事を絡めて質問する。
「ありましたよ。冷蔵庫とか―――
ほとんどの家庭にあったと思います」
『おおー』と声をあげる夫婦の後に、
ジャンさんが、
「何か、そこまで便利になっていいのかって
物ばっかりだな。
シンのところは食事が必須だから、
それもあるんだろうけどよ」
「こっちからすれば魔法が便利過ぎますからね?
穀物の確保も増やすのも規格外で―――」
それからしばらく、とりとめのない雑談に
花を咲かせていたが、
「……そういや、ライの野郎から手紙が
来てるぜ。
例のランドルフ帝国への対応についてだが、
その分析と方法について、お前さんの見識を
聞かせて欲しいそうだ」
そう言ってテーブルの上に手紙を置き、
全員で内容を一読する。
中身を要約すると、
・文明国を自称しているのなら、いきなり
宣戦布告もしくは攻撃をしてくる事は考え難い。
・まず最初に使者なり商人なりで、何らかの
アプローチをしてくる事が予想される。
・この際に実力を示す事が出来れば、戦争は
回避される可能性は高い。
・しかし、アストル・ムラトという亡命者が
いる以上―――
マルズや新生アノーミア連邦に関しては、
ある程度の技術レベルは筒抜けになっていると
思われる。
・なのでこの件について、シンに意見を聞きたい。
「聞きたい、って言われてもですねえ……」
何せ相手との対話チャンネルが無い、
イコール相手の情報が無いのだ。
アストルという男が亡命したという事は、
何らかの接触はあったのだろうけど―――
「そもそもランドルフ帝国って、
新生アノーミア連邦と国交を結んで
いたんですか?」
私の質問にギルド長は首を横に振り、
「まだマルズが帝国だった頃に国交を結んで
いたが、新生アノーミア連邦になってから
疎遠になったようだ。
それでも数年に一度くらいの割合で使者を
寄越していたらしいが―――
前回来た使者がアストルと一緒に姿を消して
いるってよ」
横で聞いていたレイド夫妻が手紙から頭を上げて、
「そりゃまた露骨ッスね」
「でもそれだと、連絡を付けるのは
難しそうですね……」
帝国時代に国交を持っていたのは、
当時覇権国家だったという事と―――
参謀に『境外の民』がいたからだろう。
マルズが帝国から連邦へと解体され、
『境外の民』もいなくなり……
警戒する必要が無くなったのに加え、
新技術を作り出すアストルに目を付け、
完全に関係を絶ったのか。
少し軽率過ぎるような気もするが―――
「……もしかして、『境外の民』が残した
技術が狙いだったとか」
「そりゃあねぇんじゃねーか?
もしそうならアストルってヤツに、
そのままマルズでスパイやらせ続けた方が
いいだろ。
そもそも70年以上前の話を、そこまで
重く見ているとも思えんし」
ジャンさんの反論にうなずく。
まあ、確かにそっちの方が効率的か。
そして新生アノーミア連邦と国交があったという
事は、それなりの航海技術があったという事を
示している。
確かマルズが帝国と称したのは七十年ほど前。
以降、周辺国を四十年に渡り支配したと
いうのだから―――
その間に国交を結んでいたとしても、
三十年以上前に海を越える技術を確立していたと
いう事になる。
「お前さんの世界では、こういう事は
無かったのか?
海外からの国家や新参にどう対応するとか」
「まあ確かに、大航海時代というのが私の世界でも
ありましたけど―――
大きな船を作る事が出来る、つまり
文明レベルが高い、なので発見即現地支配、
地元民は奴隷化という流れですね」
それを聞いたレイド君とミリアさんが驚き、
「うっわー……
シンさんの世界も結構エグいッスね」
「あれ? でもシンさんの世界では奴隷は
いなかったって」
私は片手を垂直に立てて左右に振り、
「正確にはいたんです。
ただ、大航海時代は500年前から300年前
くらいですから―――
少なくとも自分の国や近代的な国家では、
奴隷自体100年以上前に禁止しています」
私の答えに、彼らはホッとした表情を見せる。
「それにまあ、状況も環境も異なりますしね。
もしそのランドルフ帝国が新生アノーミア連邦の
上位互換程度であれば、そこまで差は無いかと。
ワイバーン騎士隊の設立は伝えられているで
しょうし―――
あとはどれだけ軍事力なり、文明レベルを
見せつけられるか、ですね」
「となるとやっぱり、使者に何を見せつけるか……
だよなあ」
ギルド長の言葉で、全員がう~んと考え込む。
「月並みの対応であれば―――
まず饗応、それに軍事演習を見せ……
最後に国のトップと謁見させるくらいですか。
ただ―――」
「?? ただ、何ッスか?」
「何かマズい事でも」
私が気になる言い方で止めたからか、若夫婦が
疑問を口にする。
「加減が難しい、と言いますか……
あまりやり過ぎると危険視される恐れが
ありますし、かと言って下に見られると
戦意を加速させますし―――
平和主義である事を見せつつ、
理不尽な要求には武力行使も辞さないよ、と。
それをどう相手にわからせるか、なんですよ」
『戦争は恐怖から始まる』という言葉も
あるくらいだし、過度な威嚇も良くないのだ。
そしてジャンさんは私の話を聞きつつ、
書面にカリカリと書き込んでいて、
「どちらにしろ、本格的に動き出すのは
春になってからだろう。
お前さんの今の意見をまとめて―――
返信出しておくよ」
そう言ってミリアさんにその紙を手渡し、
「お願いします。
では、私はこれで……」
私が頭を下げると、ギルドメンバーも一礼し、
そこで退室する事になった。
「あれ? もしかして―――
ノイクリフさんにグラキノスさん?」
ギルド支部を出たところで、ばったりと
魔族の男性二人と鉢合わせし、
「お久しぶり、シン殿」
「ちょうどこれから、ここのギルド長にも
あいさつに行こうと思っていたところでして」
茶髪の細マッチョふうの青年と―――
特徴的なスクエア型の眼鏡をかけた細身の
男性が、軽く会釈する。
「でも確かお2人は……
ユラン国との交渉のため、魔族領に
残っていたのでは」
すると二人は微妙な表情になり、
「まあ、その事で来たってのもあるんだが」
「フィリシュタがですね。
地上の魔族領にも例のゲートを設置したので、
魔界経由でこちらに来られる事になったの
ですが……
その件について何か聞いておりますか?」
私が首を左右に振ると、『デスヨネー』という
顔になる魔族二名。
「ま、まあ……
楽に行き来出来るようになるのは
いい事ですし。
……って、直接魔族領から来たわけでは
ないんですか?」
ゲートを使えば移動は一瞬だが、
魔界経由という事がひっかかり質問すると、
「ゲートを作って維持管理出来るヤツが、
魔界にしかいないんだと」
「ミッチーという魔族でしたか。
確かフィリシュタの側近で―――
彼女もかなり無茶ぶりをされたそうで、
半泣きでしたよ」
何やってんだろうなフィリシュタさん。
ミッチーさんも気の毒に……
そこで私はノイクリフさんにグラキノスさんと
別れ―――
取り敢えず我が家に帰る事にした。
「ふーん、そんな事があったんだ」
「まあ、出来る事はやっておいた方が
よかろう」
「ピュ」
小一時間ほど後……
自宅の屋敷で、私はメルとアルテリーゼ、
ラッチと情報を共有していた。
黒髪セミロングのアジアンチックな妻が、
魔族の事に触れ、
「でもフィリシュタさん?
何のために地上の魔族領にゲートを
作ったんだろ?」
「そりゃアレであろう。
魔王マギア殿を狙っておるのだから、
本拠地と繋げた方がいろいろと……のう♪」
「ピュウ」
西洋モデルのようなメリハリのついた体付きの
もう一人の妻が―――
我が子のドラゴンを抱きながら答える。
「どちらにしろ、春までたいした動きは
こちらにもランドルフ帝国にも無いだろうから、
しばらく様子見だけど……
今日、2人の方は何かあった?」
「これと言って特に。
まー平和なモン?」
「ただ氷精霊が、土精霊に圧をかけられて、
自分の守護する山へと連れて行かれて
おったのう。
それ以外は平穏そのものよ」
「ピュー」
土精霊様……あのコは生真面目だからなあ。
氷精霊様の気まぐれさに耐えられなかったのかも。
「すると今、精霊様で公都にいるのは
風精霊様だけ?」
「まあ、そういう事になるね」
「ただあの子は時々姿を消すという話で
あるから―――
守護する地へは折を見て戻っているのでは
ないかな」
眷属のハーピーたちの事も気にかけていたし、
そこは氷精霊様よりマシなのかもな。
そんな事を考えつつ―――
家族団らんの時間を過ごした。
「おお、シン殿!」
「ようやく人の姿になれました……!」
3日ほど後―――
冒険者ギルドの応接室で私は、ローブのように
大きな布で身を包んだ男女と対峙していた。
男の方は二十代後半くらいの、漆黒の短髪を
ボサボサに散らした、四角い醤油顔、
女性の方は男とは対照的に―――
銀のように輝く長髪をその太もも部分まで
垂らす。
年齢は十代後半から二十代前半に見え、
顔はタマゴ型で柔和だが、目だけは獣のように
鋭い眼光をしていた。
「クワイ国の森にいた魔狼の方々ですよね?」
(■127・はじめての くわいこく参照)
質問すると二人ともうなずき、
「この度、我らをこの公都へ迎え入れて
くださった事―――
群れの長として、人の姿で改めて
お礼を言おう。
そしてルクレセント様にも感謝を……
ホラ妹よ、お前も」
「わかってるって、兄上。
いえ失礼。
でも、本当に人の姿になれるなんて……
夢でも見ているみたいです」
多分、彼らが公都に来てから一ヶ月ちょっと。
それでようやく人間化に成功したようだ。
「お前さんの他は?
それとも、全員人の姿になれたのか?」
ジャンさんの質問に長が振り向き、
「ああ、全員だ。
まだムラがあるが―――」
ずっと人の姿でいるのは、まだ安定していないと
いう事か。
「なので、事前の説明通り―――
人間の姿になった時は、すぐ長い布を
まとうようにしております」
妹さんの答えに、同室のレイド夫妻がホッとした
感じで、
「チビたちが裸でいるのは問題ッスけど……」
「大人が裸でいるのはもっと問題ですからね」
思わず人間四人が苦笑し、
「だが、こうなると名前を付けないとなあ」
ギルド長の言葉に思わずうなずく。
確かに、いつまでも長とか、長の妹と呼ぶのも
話し辛い。
「しかし―――
名というのはどうやって付けたものか」
「わたくしどもに、そのような風習は無くて」
魔狼の兄妹はやや困惑した顔で返す。
「リリィさんや他の魔狼の方々は、
魔狼ライダーとなる……
つまりパートナーが付けたんですけど」
「練習には付き合ってもらったッスが、
特定の相手がいないッスから」
「ここに定住すると決まったわけでは
ありませんので……」
レイド君とミリアさんが私の言葉の後に続く。
彼らはあくまでもクワイ国の森へ帰る事を
希望しており―――
パートナーとなるにはそれも考えなければ
ならず、
魔狼ライダーとなればシルバークラス昇進が
決まるものの……
公都の快適さに慣れた冒険者は、そこまでの
判断を出来る人はなかなかいなかった。
「となると……
やっぱシン、お前じゃねぇか?
ワイバーンだって付けてやったんだし」
ジャンさん、いきなり振らないで!
予想はしていたけど! していましたけど!
私は両腕を組んで考え込み、少ない脳みそを
何とかフル回転させ―――
「…………
長の方は、『ロウ』、
妹さんの方は『ユキ』、でどうでしょうか。
『ロウ』は私の故郷でオオカミの別名―――
『ユキ』は空から降る雪のイメージでしたので」
『ロウ』は狼の漢字の音読みで、『ユキ』は
そのまま雪。
それを聞いた魔狼の兄妹は、いったん視線を
互いに合わせて、
「オオカミを意味する言葉か……
我は気に入った」
「雪のイメージですか。
確かに今のわたくしは、元の毛皮とは正反対の
雪のように真っ白な―――
ありがとうございます、シン殿!」
どうやら二人とも喜んでくれたようでホッとする。
「しかし、ルクレセント様もおられぬのに、
どうして人の姿になれたのでしょうな?」
長の疑問に人間サイドは考え込むが、
「リリィさんたちの場合―――
最初に公都に来て、その後フェンリルの
ルクレさんが来てから……
という流れだったッスよね」
「逆にロウさんたちは、最初にルクレさんに
お会いしていたわけですから……
順序が逆で、時間がかかっただけでは」
レイド夫妻の分析を聞いて、ギルド長がアゴに
手をやり、
「確かに順番は前後したが、条件としちゃ
合っているわけだからなあ」
その言葉に、同室の魔狼も人間もうなずく。
そこでジャンさんは言葉を続け、
「しかし―――
2人とも、これからちょっと大変な事に
なるかもな」
彼の予想に、指摘された兄妹は首を傾げ、
「はて?」
「どうしてでしょうか?」
するとギルド長は魔狼の男女を顔を指差し、
「だってその顔だぜ?
今までパートナーになるのをためらっていた
連中も―――
絶対殺到するだろ」
あー……
ルクレさんの趣味もあるのか、人の姿になった
魔狼って、イケメン美女なんだよなあ。
彼らの今後の苦労を察して人間側は苦笑し、
ロウさんとユキさんは疑問の表情を浮かべていた。
「ふむ。
ユキ、調子はどうだ?」
「もうすっかり慣れたわ、兄上。
走るのはまだ少し怖いけど」
三日ほど後―――
公都『ヤマト』の南側の郊外にある林。
私はドラゴンの姿のアルテリーゼにメルと一緒に
乗って、魔狼の長、そしてその妹に同行していた。
ロウさんとユキさんは人間の姿で地上を走り、
その上空で見守る、という形で。
魔狼は人間の姿でも身体能力が高く―――
その動きに慣れておくための訓練に付き合うため。
……と、表向きの理由はそれだが、実は裏があり、
「しっかし……
ギルド長の言う通りになったねー」
「ロウさんもユキさんも―――
パートナー志望者が一気に増えたから……
現金というか、何というか」
私とメルはため息をつきながら話す。
「リリィを見ておれば、美男美女になるのは
わかりそうなものであろうに」
アルテリーゼも下から同意の声を上げる。
そう―――
訓練と称して郊外に出て来た彼らだが、
実のところ、増え過ぎたパートナー志望者から
逃げてきたのである。
二人とも独身であり、そのあたりのトラブルは
無いのだが……
連日のように来る志望者に疲れを見せていた。
他に一緒に来たクワイ国の魔狼も人間化したが、
一番人気はこの二名であり、
そこでジャンさんからの提案で、郊外で訓練を
勧められ―――
私が護衛として付く事になったのである。
これは、自分が絡めば周囲も大人しくなるだろう
との、ギルド長の計算もあった。
「でも、リリィさんは人間の姿の時、
たいていケイドさんと一緒だから……
その身体能力は目立たなかったけど。
これだけ動けるってすごいな。
レイド君の移動速度アップくらい
あるんじゃないか?」
彼も身体強化は防御に回せないだけで、
その俊足は範囲索敵・隠密と相まって、
いろいろと活躍出来る。
そして魔狼は獣人族のように鼻が利く。
偵察や警戒において、威力を発揮するだろう。
「ところでシン。
どのくらいで戻るのじゃ?」
「1時間ほどもしたら帰ろうか。
あと30分くらい―――」
と、眼下の彼らを見下ろしながらアルテリーゼと
会話を交わしていたところ、
「んん!?」
メルが背中越しに声を上げる。
ロウさんとユキさんが突然足を止めたかと
思うと、二手に分かれたからだ。
「どうしたんだろう?」
「何かあったかの?」
上空から見ているので、細かい状況は
わからないが―――
何かトラブルが起きたのは確かだ。
見ていると彼らは雑木が乱立する中、
縦横に移動し、
何かから逃げているのかと思ったが……
それなら一直線にその場所から離れるはずだ。
「あれ、何かの攻撃を避けているんじゃないの?」
「つまり―――
何者かに襲われているのかの?」
妻二人が冷静に分析するのと同時に、
一方の動きが止まり、
「……!
まずい、アルテリーゼ!
降下してくれ!」
「わかったぞ!」
慌てて地面に猛スピードで近付くと同時に、
もう一方の魔狼もまた、停止した。
「ロウさん! ユキさん!!」
近場に着陸すると、アルテリーゼはすぐ
人の姿になって―――
私と妻二人で慌てて現場へと向かう。
「えっ?」
「これは……何じゃ?」
魔狼の兄妹はすぐ発見出来た。
それに対し、メルとアルテリーゼが驚きの声を
上げたのは―――
彼らが置かれた状況にある。
ロウさんは足から木にぶら下げられたように、
またユキさんは木の幹に縛り付けられていた。
ただ二人とも、胴のあたりを両手ごと、
何か白い糸がグルグル巻きになっていて……
「ハァハァ……
だから、話を、な?
アタイはただ……」
そして魔狼たちを前に話しているのは―――
上半身はその胸をさらけ出し……
髪は赤茶色、気の強そうな目と太い眉をした
二十代の女性。
そして下半身はというと、巨大な蜘蛛の
胴体が、八本の足を生やしていた。
地球でいうところの―――
想像上の生き物であるが、アラクネが一番近い。
「クモの亜人……!?」
「どうする、シン?」
まだ向こうはこちらに気付いていないようだが、
どうも敵意があるようには見えない。
問題は、ロウさんとユキさん二人が、無理やり
糸をほどこうと暴れ回っている事。
下手をしたら自分で自分を傷付けてしまう。
「糸を無効化してすぐに飛び出そう。
メルはロウさんを、アルテリーゼは
ユキさんを捕まえて」
解放された途端に目の前にアラクネに
飛び掛かったら事なので―――
妻二人に予め行動を指示しておく。
確かに、蜘蛛といえば糸というイメージがあり、
その頑強さも知識として知っているが……
それはあくまでも昆虫のミクロ世界においてで
あって、
ましてや半人半昆虫のクモが、人間くらいの
生き物を拘束出来る頑丈な糸を出すなど―――
「生物が生成するそんな丈夫な糸など、
・・・・・
あり得ない」
私の言葉と同時に、妻二人が地面を蹴る。
「あ、ありゃっ!?」
すぐにロウさんとユキさんは糸を振りほどき、
驚くアラクネの前で体勢を立て直して……
魔狼の姿へと変化する。
「ななっ、ま、魔狼!?
何なのこの人たち!?
何なのこの土地!? つーか場所!」
そして目の前でうろたえる彼女に狙いを定めた
ところへ、メルとアルテリーゼが突っ込み、
「とりゃー!!」
「落ち着けい!!」
と抱き着いて、何とか攻撃に移る前に動きを
封じる事に成功し、
「すいませーん。
大丈夫でしたかー?」
アラクネに近付くと―――
彼女はへたり込むようにして、地面に
クモの下半身を押し付けていたが、
「た、助かったぜ……
てかやっと話が通じそうな人が」
彼女は腕で顔の汗を拭うと立ち上がり、
「えーっとさ。
アタイ、この先の人間の住処に用があるんだ。
一応、風精霊様の知り合いで……」
それを聞いて、うなり続けていた魔狼たちは
大人しくなる。
「あれー?
ラウラじゃない、久しぶりー」
その時、頭上から彼女が話していた
人物の声が聞こえ、
ふわり、と―――
薄茶の長髪に白いローブのような服をまとった
子供が、降りてきた。
事の展開に、メルもアルテリーゼも……
ロウさんもユキさんもこちらと視線を合わせたり
下げたりしていたが、
「えっと、取り敢えず公都まで戻りましょう。
詳しい話はそこで―――」
「そだねー」
そして私とメルはアルテリーゼに乗って、
魔狼の兄妹は地上を……
ラウラさんというアラクネは、風精霊様が運んで
公都まで戻る事になった。