テラーノベル
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「じゃ、いきましょ」
冷ましが足りているかわからないが、とりあえず切ってみないと味見もできやしない。慎重に型から外し、肉だけで網の上に置く。
包丁の刃をミートローフの端に当てる。表面のハーブが切り口に吸い込まれ、刃が沈んだ。
すっと抵抗がほどけて、断面が現れる。薄い湯気。肉汁が線になって縁を走り、きらっと光って止まった。
「うわぁ、いい色!」
二枚、三枚。厚みに迷って、四枚目だけ気持ち厚めにする。切り分けるたび、金属とまな板の軽い音が部屋に溶けていく。
小鍋のデミグラスをひと混ぜして、スプーンでとろり。縁から受け皿の余白へ流れない程度に、中央を渡す。
「うん、盛り付け天才」
しっかり自画自賛し、バゲットを二切れ添える。冷蔵庫の中野、コンビニで買ったサラダを小鉢に移し替え、ミニトマトを半分にして添える。
色が揃うと、写真に撮りたくなる。スマホを構えて二枚だけ。色味がちょうどよく写ったほうを保存して、もう片方は削除した。
「いただきます」
両手を合わせて、スプーンとフォークを持つ。箸でも良かったが、ここは見た目に逆らいたくない。
――最初の一口は、厚めに切った四枚目から。
フォークの背で軽く押すと、繊維がほどける。際からじわじわと肉汁が流れ、思わずつばを飲み込んだ。肉汁をスプーンで受け止めて、いざ、待ちくたびれた口の中へ。
「……美味しい!」
思わず目を見開く。最初に来るのは甘さ。肉の甘さに、炒めた香味野菜の匂いが重なる。どちらも、くどくない甘さだ。
噛むと、舌の奥で小さな粒がきゅっとまとまり、油が弾けてすぐに溶ける。スパイスは、入れ忘れて正解だったかもしれない。だからか塩は控えめで、デミの酸味が追いかけて、全体が丸くなる。
「ちょうどいいじゃん」
二口目は、薄めのスライスにソース多めで。あえてソースの味を楽しむことにする。
ソースの縁が舌に触れた瞬間、たっぷりのソースの中に、ワインの香りがふわっと抜ける。
「絶対レストランの味だ! いや、違うな……やっぱり、ホテル?」
パンをちぎってソースをすくう。パンが重くなって、指先に温度が移る。まろやかな油に、デミと肉汁も混ざって、優しい濁りになる。
「……二人分に多いと思ったのに、一人で全部食べ切れちゃいそう……」
薄いスライスをサラダと合わせる。ベビーリーフの青い匂いが、ミートローフの甘さを引き上げた。
「うんうん。サラダ添えて正解だね」
ミニトマトの酸が、鼻の奥がすっと通る。僅かなリーフの苦みと、この酸味が油を洗い流してくれる。
もう一枚切ろうか迷って、いや先に厚めのを、とフォークを移す。厚いほうは中心がしっとり。温度の差で味が変わる。
「真ん中って、一番ギュッと詰まってる感じがするよね。特別っぽくて好き」
テレビは消した。代わりに、時計の秒針と、キッチンの冷却ファンの細い音ふが広がる。
静かな部屋で、噛む音だけが自分に近い。
「あ、そうだ。ふちっこも切らないと……」
ここまで食べて、ようやく思い出す。あの、粒つぶの入った部分。どんな食感か、楽しみで仕方がない。
一度席を立ち、反対側を切り分ける。確かに、最初に切った時よりも、包丁の刃に引っかかる感触が伝わる。断面にも、白や半透明の色が増えた。
これは、そのまま食べてみたいと別のお皿へ。
「さ、どんな感じかな?」
#コメディ
宇津Q
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目当ての粒が入るように、大き目に切り取ってパクリ。
「……んんっ! ちょっとコリコリしてる!」
なるほどと頷く。
歯触りにざらつきが増え、噛み締めるとコリッと音を立てて崩れる。僅かに弾力のある部分と、歯で気すり取れる部分、それから、噛み切れているのかよくわからない部分があった。
「軟骨……? かな? あ、違う。ナッツかも」
それならば納得だ。食感の違いが種類によって出る。ナッツが入るとは、何ともオシャレなことだ。
ぺろりと端を平らげた後、お次はソース少なめで肉そのものを。
噛み切る瞬間の抵抗が軽い。先ほどのナッツ入りと比べると、やはり抵抗は少ない。舌触りも滑らかだが、食べ応えは少々落ちる。
「上手く練れたんだな。えらいえらい」
自分を褒めつつ頷く。自分が褒めてあげなきゃ、昔と違って褒めてくれる人はいないのだ、仕方ない。
ここでバゲットに、バターを少しだけつけた。新たに塩気が増して味が締まる。
「この組み合わせ、ずるいよねぇ」
四口目は、切り始めの端のカリッとしたところ。
焦げ目の香りが濃くて、噛むと薄い苦味が走る。そこにデミが絡むと、急に大人っぽい味に変わった。
「くぅぅ、ワイン開ければよかった!」
残念そうに言って、水を一口。完全に、口がワインを求めている。しかし、このタイミングで開けるには、もうミートローフの残りが少ない。
皿に広がる残りは、温度が少し下がっている。
だからこそ、味が落ち着いて、口に刺さる香りがわかりやすい。ソースは薄めにして、スパイスをひとつまみ。直接つけるとどうなるのか楽しみだ。
「うわっ! これも全然違う!」
同じ肉でも、急に爽やかさが主張し、次の一口が早急に欲しくなる。欲望には忠実になるべきだと、また一口放り込む。
いくら食べても、罪悪感がない。
「たまりませんね」
パンの端をちぎって、皿の隅に流れた細い油膜をすくう。透明に近いが、舌に乗せるとしっかり甘くねっとりしている。
一滴も残したくなくて、今までで一番パンで皿を綺麗にしたかもしれない。
皿はあっという間に空になった。フォークとスプーンを揃えて、深呼吸する。
「満点です。ごちそうさまでした!」
テーブルに戻ると、温かさがまだ残っている。
ランチョンマットの皺を指で伸ばす。布の手触りが心地よい。
「はぁ。いつまでも、この余韻に浸っていたい……」
湧かしておいたお湯を、ティーバッグの入ったカップへ注ぐ。
口の中に、ミートローフの甘さがまだ僅かに残っていた。
コメント
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わあ、めちゃくちゃ美味しそう……! 断面の色、肉汁のきらめき、そして「ちょうどいい」っていう自己満足が伝わってきて、読んでるこっちまで幸せな気分になりました。それにしても、ナッツ入りの食感コリコリと、端っこのカリッとした焦げ目を「大人っぽい味」って表現するの、すごく味わい深くて好きです。最後まで一滴も残さず平らげた満足感と、余韻に浸るお茶の時間まで含めて、全部が贅沢なひとときだなぁって感じました。