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◻︎少しでも気持ちを軽く
私は椅子を結衣の隣に並べて、くっついて座った。
「…それは、つらかったね」
そっと結衣を抱き寄せて、いい子いい子をするみたいに肩をさすった。
結衣は、泣いているのか震えているだけなのかわからないけれど。
「…私、汚くない…?」
「大丈夫、石鹸の匂いしかしない。なんていうのは冗談で…」
言葉を選ばないと、結衣の傷を抉ってしまうことになるから、慎重に。
「結衣ちゃんの3倍以上生きてきた美和子さんが思うのは…。汚い人というのは相手のことを思いやることもせず、自分の感情や利益だけで平気で人を傷つける人のことだと思うよ」
「……」
結衣は黙っている。
「でもねぇ…私も偉そうなことは言えないな。こんなに年を取っても自分のことしか考えてない時もあるし。周りの人を傷つけることだけはしないように気をつけてるつもりでもね…人間としてはまだ大人になれてないのかも?」
「美和子さんでも?」
少し驚いたような顔。
「そ。そこそこ欲もある凡人ですから。でもね結衣ちゃんは全然汚くなんかない、周りの人のことを考えて一生懸命だったんだからね。起きてしまったことは、結衣ちゃんが望んだことじゃないし抵抗しても無理だったんだよ。そうだね、たとえたら事故のような?」
「事故?」
「強引な解釈だけどね。自分では気をつけていてもそういうのに巻き込まれることってあるよね?そして心も体も傷ついてしまう。そんな人のことを誰が汚いと言える?」
いつのまにか、結衣は真っ直ぐに座り直していた。
「私、大丈夫…かな?」
「大丈夫!結衣ちゃんが自分のことをちゃんとわかっているなら、誰に何と言われても気にする必要もないし、そんな心無い言葉で傷つくこともないんだから」
まだ高校1年生の結衣には、難しいかもしれない。
でも、わかってほしい、自分のことを一番認めないといけないのは自分自身だということを。
心無い酷い言葉も、なんとかやり過ごして自分を守って欲しい。
「…いつかは、結婚してあったかい家庭ってものを作ってみたいんだ…できるかな?」
遠くを見るように呟く。
「できるよ、結衣ちゃんは誰よりも人の心がわかると思うから」
「でも…」
「でも?」
「男の人って、怖い」
当たり前かもしれない感情だ。
「そうだね…怖い思いをしたから、それはどうしてもね…。そうだ!」
私は礼子の部屋から、コピー用紙を何枚かと鉛筆を持ってきた。
「やっつけよう!!」
「えっ?」
「結衣ちゃんの記憶にあるその、大っ嫌いな男を成敗しよう!この紙にそいつの名前を書いて、ビリビリに破ってクシャクシャにして気分だけでも、成敗してやろう!ね?」
コピー用紙を見ていた結衣は、鉛筆を手に取ると何かを書いて立ち上がった。
「…の馬鹿野郎!バラバラになってしまえっ!!お前なんかこうしてやる!誰だかわからないくらいにしてやる!」
叫びながらビリビリと引き裂いて、くるくるとまとめて天井に向かって放り投げた。
天井に当たったそれは、バラバラになって床に落ちた。
結衣がなんて書いたのか、もうわからない。
おそらくは父親の名前だろう。
「もう一回、やっていい?」
「うん、気が済むまでやって」
2枚目を破って放り投げた時、結衣のスマホが鳴った。
礼子からだった。