テラーノベル
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「ま、待ってたって……だ、大輝くんなにしてるの…?ここ、俺んちだよ……?」
恐る恐る聞いてみると、大輝くんは俺に近づいてきて目線を合わせてきた。
「楓さんに用があったので。昨日、後をつけさせてもらったんです…だめじゃないですか」
「一人暮らしのΩがこんな不用心じゃ、ねえ」
大輝くんは届託のない笑みをして言った。
勝手に人の家に侵入するなんて、普通の人がすることじゃない。
なのに目の前に立つ大輝くんは
いつもの大輝くんじゃないみたいに堂々と、平然としている。
まるでいるのが当たり前みたいに。
俺が距離を取るように一歩後ろに下がると
彼もまた一歩前に進み、ゆっくりと俺に近づいてくる。
「……………ねえ、楓さん、別に僕…こんなストーカーじみたことしたいわけじゃなかったんですよ」
「ただ…楓さんが嘘を付くから悪いんじゃないですか」
「嘘…?」
大輝くんは俺から離れたかと思えば
台所横のゴミ袋の入った円状のプラスチックのゴミ箱を抱き寄せて
俺に向かって投げ付けてきた。
その拍子に昨日、半分だけ食べて捨てた
チョコケーキケーキと誕生日プレートが床に散乱する。
「……っ!!」
「楓さん、ちゃんと全部食べたって言いましたよね」
「なのになんなんですかこれは…?ネームプレートぐらい食べれたんじゃないんですか、なんで捨てるんですか?」
「そ、それは……っ」
「はは……おかしいと思ったんです。わざわざ楓さんが全部食べてくれたのが分かるように上の段を食べなきゃなんと書かれているか分からないようにしたネームプレートについてなんの感想もくれなかったし」
「僕がせっかく祝ってあげたのに対応も常連の客みたいで、挙句の果てには冷蔵庫に入る隙間があるにもかかわらずゴミ箱に捨てるってどういうことですか?美味しいって言ってくれたのも嘘だったんですか」
床に散らばったゴミとネームプレートを踏みつけて大輝くんが俺の前に立つ。
「そ、そういうんじゃない!…で、でも、俺は…大輝くんに誕生日なんて教えた覚えない…っ」
「そんな人から貰ったケーキに、あんな意図的に誕生日プレートなんて入ってたら誰でも気味悪くなって食うのやめるよ……!!」
「…そうですか……でもね、楓さん。僕が怒ってるのはそんなことじゃないんです」
俺は一歩後ろに下がるが、そのぶん大輝くんも距離を詰めてくる。
そして俺の肩を掴んで壁に追いやった。
「……僕、楓さんが食べなかった1層目の方にもうひとつ誕生日プレートを潜ませてたんですよ。」
「も、もうひとつ……っ?」
「はい。そこに「ILove Kaede」って熱烈なメッセージを書いていたのに……それすら見ずに捨てるなんて、酷くないですか?」
「……っ!そ、それって…あのメモ用紙と同じ…やっぱりあれも大輝くんが送ってきてたの……っ?」
「あれ、へへっ、今頃気付いたんですか?」
「なっ………なんで、そんなことしたの…!?」
「それはもちろん、楓さん僕の想いを伝えるためで
す」
「……っ、!」
俺の肩を掴む手に更に力が込められる。
骨に食い込むくらい強く握られて思わず顔を歪めた。
「僕ね、ずっとあなたのことが好きだったんです」
「一目惚れってやつですかね?だけど楓さんは中々僕に振り向いてくれなくて、それどころか他の男なんかに笑顔振りまいて必要以上に喋ったりするからムカついて」
「つい脅すような真似をしてしまいました。だからこうやって強行手段に出たんですよ」
その早口言葉に背筋が凍った。
大輝くんは毎日店に花を買いに来てくれる
どこにでもいる内気な男子大学生だと思っていたのに。
それがこんなにも簡単に覆されるとは思っていなかった。
「い、いい加減にしてくれ……っ!」
畏怖感から彼を勢いよく突き飛ばすと
彼は尻もちを着いて狂ったように不敵な笑みを浮かべて笑いだした。
「……はははは…酷いよ…恋人にこんな仕打ち」
彼の言っている意味が理解できない。
「何言って…こ、恋人って、大輝くんと俺が?」
「他に誰がいるんですか」
「お、俺と大輝くんは恋人なんかじゃないでしょ!
ただの店員と客で……」
「今、大輝くんのしてることはおかしいことなんだよ……?」
それがどうして分からないんだ、と言おうとしたとき
「だって薔薇受け取ってくれましたよね?写真も受け取ってくれた……あはっ…これはもう、僕を受け入れてくれたってことですよね……??ねえ?そうですよね!!」
その圧はまさに狂気だった。
「あ、あ、あれも…あ、の、盗撮も、全部……大輝くんがしたの?」
「はい、そうです…大好きで大好きでたまらなくて、これをあげたら楓さんも喜んでくれると思ったんです。どうしてそんなに怒るんですか?」
「か、隠し撮りなんて最低だよ……っ!なんでそれがわからないんだ…!」
「最低なのはあの男ですよ、楓さんはあの男に騙されてるんです…」
「あの男……?な、なんの話をして…」
「やっぱり…知らないんですね。元、月龍組若頭で有名な不死身の仁のこと」
過去に非道なヤクザ・リプロダクションスレイヴという組織に誘拐をされたことがある身
驚きはしないが、どちらも初めて聞く単語だった。
「つきりゅう…?なに、それ…仁って…犬飼さん、のこと……??」
きょとんとして俺が聞き返すと
「それ以外誰がいるんですか。なんでも一度喧嘩を売ったら最後半殺しにされるとか…敵対組織の人間をわざと生かして、後で嬲り殺しているとか、そういう噂はよく聞きますよ…?」
「楓くんは純粋だから、何も知らないんですよね、あの男に刺青があるのも元ヤクザなのも悪人なのも」
「…噂、だよね。それに俺、犬飼さんに刺青が入ってることは知ってるよ。それで最初ヤクザなのかなって疑ってヒビカセのHP見たぐらいだし」
そう言い返すと重ねるように
「なんでそれで出禁にしないんですか」
と言ってきて
「正直ヤクザもαも苦手だけど、俺からしたら犬飼さんは大切な常連さんでしかないよ」
「それは大輝くんも同じ。俺と大輝くんは客と店員、それ以下でもそれ以上でもないんだよ……っ!」
そうこう独白をしているうちに彼はまた起き上がったかと思うと
今度は台所に向かって、台所のステンレス棚へ向かう。
ス、ラ……
鋭利な金属音が響き、包丁が彼の手に。
机を挟んだ向こうで、俺はその瞬間を目の当たりにする。
冷たい刃が光る。
逃げたいのに、足は竦む。
男の歪んだ顔と凶器が、距離を無意味にする。
恐怖が空間を支配したとき
玄関扉がバンっと大きな音を立てて開け放たれた。
それと同時に部屋着姿の犬さんが入ってきて
「花宮さん……っ!大丈夫ですか」
「い、犬飼…さん…っ?」
大輝くんの姿を認めると彼は顔を強ばらせた。
「な、なんでお前が…」
「……ここ壁薄いから君が長に花宮さんのこと捲し立ててんの筒抜けなんだよ」
犬飼さんの言葉に、大輝くんはカタカタと震える両手で包丁を持ちながら
「楓さんは僕のだ僕の人だ僕だけのなんだあああぁ
あ…っっ!!!」
大輝くんは癇癪を起こして俺の後ろの犬さん目掛けて突っ込んできた。
「い、犬飼さん危な…っ!」
声を上げて振り返るが
一瞬にして犬さんは突っ込んできた刃物を長い足で蹴り上げ
包丁は宙を舞って床を滑って、机の下に滑り込ん
だ。
咄嗟にそれを拾うと
その隙に大輝くんは犬飼さんに腕を取られ
背中で交差させられてがっちりと組み敷かれてしまった。
「チッ……っ!くそ、くそ…っ!!離せよおお!!」
その間に俺は急いで警察に通報した。
駆けつけた警官により大輝くんは確保され
俺と犬飼さんはお互いに事情聴取を受け、丁度手元にあった証拠をすべて提示して解放された。
後日、大輝くんは逮捕送検され
盗撮以外にも盗聴などの余罪が見つかったことで
警察はさらに調査を進めてくれているとのことだった。
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