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(杏……)
どうしよう。
本当のことを言うのは、恥ずかしいし照れくさい。
けど……私だって杏にはなんでも話してほしいと思うし、きっと杏も同じだ。
「中庭でのことは、その……。
交換条件というか、そんなのだったから、レイと付き合ってるとかじゃないの。
けど……」
私は深呼吸して、なるべく気持ちが伝わるように言う。
「……私は……その……。
レイのことが好きになったんだ」
言った途端、さっきよりもっと体が熱くなった。
これは……予想以上にめちゃめちゃ恥ずかしい。
たまらず片手で顔を覆った時、電話の向こうで杏がうわずった声をあげた。
「えっ、まじで!? ほんとに!?」
杏が興奮しているのがわかるだけに、どんどん恥ずかしくなる。
だめだ。
やっぱり私はこういうの慣れてない。
私は顔を片手で覆ったまま、「うん」と短く頷くのが精一杯だった。
「いついつ? いつからなの?」
「えっとすごく最近で……。
たぶん数日前……?」
「えっ、数日前に一体なにが起こったのよーっ!
レイさんともう付き合ってるの?」
「付き合ってないよ! レイに好きとも言ってないし」
「なんでーっ、言いなよ!
絶対上手くいくよ!」
杏の確信に満ちた声を聞いて、私は笑ってしまった。
上手くいくというのは、一体どの状態がそれにあたるんだろう。
レイとのこの先なんて、ぜんぜん想像できないから、少し悲しい。
「あはは、どうだろ」
「ってかさ、私と出かけるって嘘ついたっていうの、もしかしてレイさんと出かけるからなんじゃないのー?」
うぅ、鋭い。
杏は聞き流したと思っていたから、突然指摘され、たじろいでしまう。
「う、うん……」
正直に言えば、杏のテンションはさらに上がった。
「キャー!!
それって何時から? まだ私と電話してていいの?」
「うん、待ち合わせは6時だから、平気だよ」
「わぁぁ、いいなぁ! どこいくの?」
「さ、さぁ。 行先は知らなくて……」
「もー、超楽しみじゃん!!
おしゃれして行かなきゃだめだよ! 気合入れなきゃ」
「もう杏ってば! さっきから大げさだよ。
杏のほうこそ、佐藤くんとはどうなの?」
この話をしてると、尋常じゃないほど汗をかいてしまう。
話をふれば、杏は「えっ」と言葉に詰まった。
さっきまでの勢いはどこへやら、すぐに「あー……」と恥ずかしそうな声を出す。
「もー、杏?」
私は苦笑してしまった。
杏はこういうところが可愛い。
「ふ、普通だよ。
予備校が一緒だからたまに会うし、あとは勉強を教えてもらったりしてて……」
「へー、そうなんだ!
いいねーっ、青春してるって感じする!」
「からかわないでよ!
青春してるのは澪のほうじゃない!
これからデートなのに」
「えっ、いや、たぶんデートっていうわけじゃ……」
「デートじゃん! 今度こそふたりなんでしょ?
頑張ってね!告白してくるんだよ!」
告白という単語の響きに、私はわかりやすく慌てた。
「ちょっと! 勝手にハードルあげないで……!」
「澪こそなに言ってるの、中庭でレイさんにキスまでしといて」
「だからそれは……!!」
結局、中庭のキスのことは訂正できずじまいだった。
だけど杏と話していると、誤解されたままでもいいかと思えるのが不思議だ。
最初こそ不穏な空気だったけど、久々の杏との話は笑って通話を終えることができた。
私はスマホを耳からおろし、一息つく。
(杏、佐藤くんと上手くいっているようでよかった)
私の中に彼を好きだった気持ちははっきり残っている。
けど、思い出しても胸は痛まなかった。
ベッドをおりて、衣類ケースをいくつか開けた。
杏はおしゃれしろって言ったけど、レイは寝起きの私も知っているのに、気合いの入った格好は恥ずかしすぎる。
どれを着ようか迷った挙句、結局あまり普段と変わらない恰好を選んだ。
だけど髪型だけは変えてみようかと、ヘアアレンジの動画を見て髪をいじる。
昔からこういったのが苦手な私は、やっとのことでした編み込みを、うしろでまとめた時には、もう家を出ないといけない時間を過ぎていた。
(わぁっ、どうしよう!)
シャワーも浴びて、時間に余裕をもって家を出るはずだったのに、私はなにやってるんだろう。
慌てて鞄を掴み、時計をして部屋を飛び出す。
せっかく頑張ったのに、駅まで走っているうちに髪が崩れてきた。
汗だってひどいし、肩をかすめる遅れ毛を感じながら、ちょっと泣きたくなった。
バスロータリーで足を止め、あがった息を整える。
丁度電車が過ぎたところらしく、駅からたくさんの人が流れ出てきていた。
約束の時間に5分遅れてしまった。レイはもう来ているだろうか。
大きく息を吐き出し、急いで駅に入れば、レイは券売機の近くにいた。
予想通り、彼は立っているだけで注目されている。
目が合ったと同時に、レイはよりかかっていた壁から身を起こした。
「ごめん遅れて……!」
近付くのには勇気がいったけど、今は遅れた申し訳なさが勝っていた。
駆け寄って頭を下げれば、彼はじっと私を見つめる。
『どこか出かけてたの?』
『えっ?』
彼の視線が私の髪に集まっているのに気付き、私はぱっと髪を押さえた。