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一緒にお昼を食べていた時はいつもどおりだったし、遅刻したこともあって、そう思われても不思議じゃない。
「そ、そういうわけじゃないんだけど、久々に髪をいじってたら遅くなって……。
ってか走ったから、もうぐちゃぐちゃだよね、ごめん……!」
恥ずかしいやら情けないやらの私は、一気にまくしたてた。
少しだけおしゃれしようとしたのに、いつもより不恰好になっただなんて、穴があったら入りたい。
急いで髪を留めたゴムを外そうとした時、レイが私の頬に触れた。
驚いて動きを止めると、彼は汗で張り付いた私の髪を、そっと耳にかけた。
『いいよそのままで。ちゃんと可愛いよ』
すぐ目の前で微笑まれ、思考と体が同時に固まった。
「キャーッ、見た今の……!」
どこからか黄色い声が飛んできて、私は慌てて一歩身を引く。
(も、もうレイ……!)
走って来たから十分に体が熱いのに、今ので顔まで真っ赤になったに違いない。
そんな私をよそに、レイは笑って手を離し、改札へ歩き出した。
駅で待ち合わせした時点で、どこかに出かけるかもしれないと思っていたけど、どうやらそのようだ。
動悸を抱えつつSuicaを取り出した時、レイもポケットから同じものを取り出した。
それを見て、使ってくれてるんだと少し嬉しくなる。
『時間を早めに言っておいてよかったよ。
まさかミオが遅刻すると思わなかった』
『ご、ごめん。
っていうかどこに行くの?』
ホームへ続く階段をあがっていると、ちょうど電車が入ってくるアナウンスが流れた。
『この電車に乗って、5駅先かな』
(5駅先……?)
それは私の学校のあるとなりの駅だ。
駅前はそれなりに賑やかだけど、繁華街というほどでもない。
『そんなところになにしに行くの?』
レイは聞こえているのかいないのか、返事をしない。
聞き直そうかとも思ったけど、どうせあと20分ほどでわかると、私はそのまま電車に乗った。
車内は冷房がよく効いていて、汗だくの私にはありがたかった。
日の入りはまだで、空は明るい。
通学で見慣れた景色から、ガラスに映る私に目を移した。
思ったほど髪は崩れていない気がするけど、どうだろう。
レイに言われた言葉を思い出して、やっと熱が引いたのに、また顔が赤くなりそうになってうつむいた。
目的地の駅に着き、レイに続いてホームに降りる。
大きな住宅街があるからか、この駅で降りる人はかなり多かった。
駅前広場に大きな樹が一本あり、その周りを花壇がぐるりと囲んでいる。
人波のあいだを抜け、レイはその淵に座って改札のほうを眺めた。
『……レイ? どうしたの?』
わざわざここまで来て、どこに行くわけでもなさそうな彼の様子を不思議に思った。
レイは改札を眺めたまま、私を見ずに言う。
『今日、リオンが誕生日らしいんだ』
前振れもなく告げられた言葉に、一瞬頭がついていかなかった。
『え?』
『昨日、ミオの父親と引きあわせてもらう約束は出来なかったけど。
今日リオンの家族は食事にいくらしくて、この駅で父親と待ち合わせてることは教えてもらったんだ』
それを聞いて、私の心臓は急に大きく跳ねた。
『待ち合わせは、6時45分に改札らしい』
咄嗟に腕時計に目を落とす。
現在時刻は6時30分。
時間まであと15分だ。
(どうしよう……)
私は改札から目を外さないレイを見つめ、しばらくの間黙って立っていた。
レイがどうしてここに連れてきてくれたかは、私が昨日「お父さんに一度会ってみたかった」と言ったからだとわかっている。
鼓動が耳元で聞こえるほどの緊張の中、私はレイのとなりに腰を下ろした。
『……大丈夫?』
短く問われた。
それは昨日『辛い?』と聞かれたのと同じ声音だった。
私はかすかに頷き、彼の視線の先を辿る。
それからしばらくして、視界にリオンの姿が映ると、息が苦しいほどの動悸が襲った。
思わず両手を握りしめる。
その時、リオンが改札の向こうに手を振った。
駅舎から出てきたのは、けい子さんと同じ年くらいの男の人だった。
その人の顔を見た瞬間、大きく目が開いていく。
お父さんだった。
もちろん、私の持つ写真の中より、ずっと年を重ねている。
けれど、写真と同じ優しい顔、優しい目のあの人を、私ははっきりお父さんだとわかる。
お父さんがリオンに近付き、しばらくしてふたりの傍に女の人が合流した。
雰囲気がリオンによく似ていて、彼女のお母さんだとわかるのに時間はかからなかった。
ふいに、リオンはなにかを探すように視線を左右に振った。
花壇の淵に座るレイを見つけたようで、それからとなりにいる私を見る。
リオンと目が合ったのは、瞬きすれば消えるほどの一瞬だった。
私たちの間を通行人が通り過ぎ、視線をほどいた彼女は、両親になにか聞かれて笑い返した。
たぶん、それはなんでもないことだろう。
だけどその姿を目に、心臓を強く握りしめられた。