テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#大人の恋愛
#ワンナイトラブ
「おはよう」
「「おはようございます」」
いつも通り出社をしデスク周りを片付け終わったところで、鷹文が登場した。
「おはようございます、課長」
お茶当番の可憐ちゃんが、コーヒーを配っている。
「ありがとう」
にっこり微笑む顔は、相変わらずいい男。
「一華さん、顔が緩んでます」
「ああ、ごめん」
可憐ちゃんに突っ込まれ、慌てて表情を引き締めた。
鷹文とつきあい始めてすぐ、可憐ちゃんには気づかれてしまった。
私としては隠していたつもりだったんだけれど、単純な私からは恋するオーラがダダ漏れだったらしい。
「あんなにトロンと課長を見ていたんじゃあ、誰だってわかりますよ」
小熊くんにまで言われ、さすがにへこんだ。
まあ、別にこの2人に知られたっていいんだけれどね。
ん?
朝のバタバタの中、珍しい人の姿が目に入った。
「あれ、三浦常務ですよね?」
可憐ちゃんも気がついたらしい。
「そうね、珍しいわね」
普段滅多にこのフロアで会うことのない常務。
もちろん私は小さい頃から知っているおじさまだけれど、仕事で顔を合わせたことはなかった。
「山川部長、髙田課長」
クイクイと、手招きして2人を呼んでいる。
部長と鷹文が慌てて出て行った。
「どうしたんでしょう?」
小熊くんも心配そうにするけれど、
「さあ」
私にもわからない。
それっきり、鷹文も部長も帰ってこなかった。
「もう、お昼ですよ」
「そうだね」
こんな時、兄さんなら何か知っているだろう。
でも、聞けない。
それをすれば、鷹文が嫌がるから。
ブブブ。
仕事用の携帯が鳴った。
「はい、鈴木です」
『高田だ』
「お疲れ様です」
『悪いが、うちの課の人間を会議室に集めてくれるか?』
「何かあったんですか?」
『その時に話す。お昼休みの時間で悪いが、できるだけ全員集めてくれ。15分後に緊急のミーティングを開く』
「わかりました」
何かあったのは間違いないらしい。
***
15分後。
外回りで間に合わなかった数名を除いて、25人ほどが集まった。
ザワザワ。
みんなが口々に色んな憶測をたてている。
バタン。
会議室のドアが開き、
「急に集まってもらって申し訳ない」
鷹文が現れた。
同時に配られた資料には、20社ほどの社名と取引の記録が載っていた。
「実は今、複数の企業から取引中止の申し入れがきている」
「「ええー」」
室内が一気にざわつく。
「今配った資料のうち、上から5社は完全に取引がなくなる予定だ。残る企業とは個別に対応しているがまだどうなるかわからない」
「何で急に?」
どこからともなく声が上がった。
「それも調査中だ」
随分長いこと取引をしてきた企業がほとんどだし、大口の取引先だって含まれている。
このままじゃあ、会社としてマズイ。
「みんな心配だろうが、担当の訪問を強化してもらってこれ以上影響が広がることのないように努力してくれ」
「「はい」」
返事はしたものの、みんな動揺している。
それはきっと鷹文も一緒。
心配だけど、忙しそうな鷹文には声を掛ける暇もない。
***
「一華さーん」
デスクに戻ると可憐ちゃんが寄ってきた。
ミーティングには事務方の子は出ていなかったから、何があったか聞きにきたんだろうと思った。
けれど、
「見てください。これってうちの会社ですよね?」
見せられた携帯には、会社名こそ伏せられているが、うちの会社だとわかる悪意ある書き込みが並んでいた。
「何これ?」
「うちから商品を入れている企業の関係者って体で、品質が悪くて使い物にならないとか、営業の態度が最悪とかって書かれてます」
「ふーん」
「それも一件じゃないんですよ」
んん?
「どういうこと?」
「こういう書き込みって、必ずあるんです。いいと思う人がいれば、悪いと思う人もいるわけですから。でも、極端に増えてるんです」
どうして?
「何かあるの?」
「わかりません。でもこういう場合、うちの会社に問題があるか、もしくは嫌がらせか」
「嫌がらせ?」
「ええ。でももし嫌がらせなら、必ず首謀者がいることになりますが」
首謀者ねえ。
誰か個人を恨むならまだわかるけれど、うちの会社をって・・・
「なんだかイヤな感じですね」
「そうね」
取引停止とか、ネットの書き込みとか、偶然にしては重なりすぎ。
「鈴木、もう出られるか?」
え?
鷹文は、すでに社用車のキーを手にしている。
「課長も行くんですか?」
「ああ。ここは部長に任せて、俺も取引先を回る。車で行くから、途中まで乗せてやるよ」
「じゃあ、お願いします」
***
私も急いで準備をし、鷹文と共に車に乗り込んだ。
「ネットの書き込みのこと、聞いた?」
2人になった車内で、思い切って聞いてみた。
「ああ。朝の会議でも話題になっていた」
「そう」
さすがに知っているわよね。
「そんなに心配するな。会社なんて良かったり悪かったりの連続だ。ここまできたからもう安心なんて状況はない。常に攻めていなければ、衰退していくし、やり過ぎると足元をすくわれる。お兄さんもお父さんもその辺のことは良くわかっていらっしゃる」
「うん」
鷹文って経営者みたいなことを言うのね。
きっと私を気遣ってくれているんだろうけれど、すごく堂に入っている。
「しばらくは忙しくなるな」
寂しそうな顔。
「会えないよね」
「ああ、時間ができたら連絡するよ」
「わかった」
私だって、鷹文の足を引っ張るつもりはない。
ブブブ。
鷹文の携帯が震えた。
「ちょっとごめん」
と、車を路肩に着け携帯を見ると、一瞬渋い表情になった。
「もしもし」
私から顔を背け、窓を見ている。
「ああ、ああ、それは・・・、うん。わかった。じゃあ、今夜。ああ、また連絡する」
電話を切って車はまた動き出した。
「仕事?」
つい、聞いてしまった。
「昔の友人だ」
「白川さん?」
「イヤ、潤じゃない」
ふっと、嫌な予感がした。
「・・・女の人?」
「えっ」
動揺しているのはイエスって事。
「今回のことで情報があるらしい」
今回のこと?
「その人に会うの?」
「そうだな。情報がなければ全容が見えてこないし、全容が見えなければ対策が立てられない」
確かにそうだけれど・・・
「安心しろ、会社の窮地になるようなことにはしない。俺が必ず守るから」
「鷹文?」
まるで、黒幕を知っているような口ぶりじゃない。
「そこの駅でいいか?」
「うん」
それ以上のことは聞けなかった。
しかし、その日の夕方意外な人から電話があった。
***
「いらっしゃいませ」
できるだけ早めに仕事を切り上げて、午後8時に着いたのは会員制のクラブ。
「遅くなるかもしれないが必ず行くから」
と言われたのを信じて待つことにした。
「何かお作りしましょうか?」
と声を掛けられ、
「オススメのカクテルを」
と注文。
この店に来るのも本当に久しぶり。
昔はよく兄さんや麗子さんと来たけれど、最近は来ることもなかったから。
以前の私にとってここは、唯一素の自分に戻れる場所だった。
「ごめん、お待たせ」
午後9時を回って、駆け込むようにやって来たのは、白川潤さん。
「私こそ、忙しいのにすみません」
「何言ってるの、呼び出したのは僕ですよ」
ニコニコと私の顔ををのぞき込む。
「久しぶだね?」
「ええ」
そういえば、『付き合いましょう』って言われたっきりそのままになっていた。
「鷹文と付き合うことにしたそうだね」
「はい。連絡もせずに、すみません」
「いいよ、こうなる気はしていたから」
水割りを注文し、隣の席に座る白川さん。
「本当に、すみません」
仮にもお見合い相手なら事前に知らせるべきだったと思う。
そういえば、お見合いの返事もまだだし。
「ところで今回の件、鷹文から何か聞いた?」
「え?」
唐突に言われ私の方が驚いてしまった。
今回の件って、今朝からの騒動よね?
それって・・・・
「何で白川さんが知っているんですか?」
「いや、具体的に何を知っているって訳ではないんだが・・・」
白川さんは言葉を濁した。
「あの、教えてください。知っていることがあるならどんなことでも」
私は白川さんに詰め寄った。
「一華ちゃん、落ち着いて。鷹文は何か言った?」
困ったように私を見ている。
「いいえ。ただ、今日の昼、昔の友達って方から電話があって。今、会っていると思います」
「へー、悠里と」
「悠里さんっておっしゃるんですね?」
きっと今日の電話の相手。
随分親しそうだった。
「昔の友人だよ」
「8年前の?」
「ああ」
やっぱり元カノだったのか。
***
「一華ちゃん、誤解しないで欲しい。俺も鷹文も悠里も、同じ地獄を経験したんだ。どんなに頑張ってもその過去は消えないし、俺たちの関係は特別なんだよ」
どうか理解して欲しいと、頭を下げられた。
もちろん私だって、頭ではわかっている。
でも、気持ちがついていかないだけ。
「それに、悠里は本郷商事の娘だから情報を持っているのかもしれないし。鷹文はそれもあって悠里に会いに行ったんだと思うよ」
えええ?
本郷商事って、うちの同業者。歴史も経営規模も拮抗していて、業界の2トップなんて言われている会社。
悠里さんって人は、そこのお嬢さんで、鷹文の元カノ。
じゃあ、今回のことは、
「私のせいですか?」
無意識に口を出た。
「違うよ」
白川さんははっきりと答えてくれた。
でも、関係なくはないと思う。
「今回の件、鷹文には関わりがあるんですよね?」
「・・・」
白川さんは何か知っていて、隠している。
私に話せない何かがあるんだ。
「やっぱり、私が原因ですよね」
もう一度聞いて見た。
「だから、それは違う。確かに、鷹文のことを疎ましく思う人間も、側に置きたいと思う人間もいる。そういう人の利害が微妙に絡み合っているだ」
そう言うと、とても辛そうにグラスを傾けた。
「私がいなくなれば、彼は苦しまなくなりますか?」
「さあ、どうだろう。試しに僕と付き合ってみる?」
えっ。
「お見合いの返事も保留のままだしね、まだ間に合うよ」
「白川さん。冗談は」
やめてくださいと言おうとした私は、近づいてきた白川さんの顔に驚いて言葉が止った。
「僕は本気。冗談抜きで、僕とのことを考えて。今日はそれを言いたくてここに来たんだ」
.息の掛かりそうな距離で言われたのに、私は目をそらすこともできなかった。.
でも、
「私は、」
「わかってる。鷹文が好きなんだよね。それを承知で言っています」
「なんで」
「鷹文とあなたでは失うものが多すぎる。僕なら、あなたを幸せにするよ」
極上の笑顔を向けられて、私は何も答えられなかった。
ただ、目の前のアルコールを流し込んだ。
***
「一華ちゃん大丈夫?」
勧められるまま、カクテルを4.5杯飲んですっかりできあがってしまった私。
白川さんに抱えられるように家へと帰りやっとのことでベットに入った。
父さんも兄さんも今日は帰ってこないらしい。
きっと遅くまで仕事をして、ホテルにでも泊る気なんだろう。
何しろ今は緊急事態なんだから。
ピコン。
鷹文からのメール。
『ちゃんと帰ったか?早く寝るんだぞ』
もー、子供扱いして。
『さっき帰ったの。白川さんと会ったわ』
鷹文は?と聞きたくて聞けなかった。
『そうか。俺ももうすぐ帰る。明日からまた忙しくなりそうだ』
『そうね』
やっぱり、悠里さんとのことは話してくれないのね。
一体どんな顔をして、何の話をしたんだろう。
『しばらく、マンションには行けないわね』
『そうだな。こんな時だからな』
うん、わかってる。
でも、寂しい。
聞きたいことは山ほどあるのに、怖くて聞けなかった。
聞いてしまったら、私達の関係が終わってしまう気がした。
『一華、心配するな。俺がきっとなんとかするから』
不思議だな。
鷹文に大丈夫って言われると、なんとななる気がする。
彼の言葉には力がある。
『お休み、鷹文』
『ああ、おやすみ』
肝心なことには触れないまま、私は一日を終わらせてしまった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!