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ひより
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#ロマンスファンタジー
Jasmine
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それから、季節は巡り――翌年の春。
「ゆっくり歩け」
「分かっておりますわ……」
カイル殿下に手を取られながら、皇宮の廊下をのろのろと進む。臨月を迎え、お腹はすっかり大きくなった。出産予定日も、もう間近だ。寝室から執務室まで、以前ならものの数分で歩けた距離なのに、今では身体が重くて息が上がる。
「疲れたなら休め」
「まだ歩き始めて3分よ!」
「3分も歩いた」
「3分しか歩いてないわ!」
最近では、私が立ち上がろうとするだけで、『どこへ行く』と飛んでくる始末だ。
(……もはや番犬同然!?)
ふいにカイル殿下が足を止めた。
「どうなさいましたの?」
「……今、動いたな」
すぐさま私のお腹へ手を添える。
ぽこん。その手の下を、赤ちゃんが蹴った。
「……!」
目が、ぱっと輝く。
「蹴ったぞ」
「ええ。最近は一日中、こんな調子ですわ」
「……早く会いたいな」
もう一度、ぽこん。
カイル殿下は何も言わず、愛おしそうにお腹を撫でた。
その時――。
カンッ! カンッ、カンカンカンッ!
廊下の向こうから、金槌の音が響いてきた。
「……ところで、殿下」
「何だ」
「朝からずっと気になっていたんですけれど……一体、何の工事ですの?」
「見れば分かる」
角を曲がった先では、大工たちが作業をしていた。
階段の降り口には、真新しい安全柵。廊下の段差は平らに直され、柱やテーブルの角には柔らかな保護材まで取りつけられている。
(皇宮が……)
(赤ちゃん仕様になってるんだけど!?)
「子どもが歩き始めたときのためだ。転んで怪我をしてからでは遅い」
至極当然という顔をされた。
(まだ生まれてすらいないんだけど!?)
***
ようやく執務室へたどり着き、椅子に腰を下ろす。
「……ふぅ」
大きなお腹が邪魔をして、以前のように机へ身体を寄せることもできない。書類にペンを走らせるだけでも一苦労だ。
「無理をするなと言ったはずだ」
「だって、生まれてからはしばらく仕事ができないでしょう? 今のうちに片づけられるものは――」
「そういうときのために俺がいるのだろう。一人で抱え込もうとするな」
「……分かりましたわ」
コンコン。
「お嬢様、お茶とクッションをお持ちしましたよ!」
アンナが、お盆と大きなクッションを抱えて入ってくる。
「……あ、殿下もいらっしゃったんですね!」
いつもの明るい口調。なのに――なぜか、カイル殿下と目を合わせようとしない。というか。
(アンナ、目が死んでない……?)
「ソフィア」
カイル殿下が時計を確認し、立ち上がった。
「そろそろ会議へ行く。終わり次第迎えに来るから、昼食は一緒に取ろう。あまり動くなよ?」
「分かってるわよ!」
部屋を出ていき、扉が閉まる。
「……カイル殿下と、何かあったの?」
「お嬢様ぁ! もう、聞いてくださいよ!」
アンナは孤児院で年下の子どもたちの世話をしていたため、育児にも詳しい。
「最初は『赤ちゃんは一晩に何回起きる』とかだったんですよ! それが『離乳食はいつからだ』『つかまり立ちはいつ頃だ』って、どんどんエスカレートして!」
遠い目で宙を仰ぐ。
「昨日なんて殿下に捕まって、夜中の12時まで質問攻めですよ……」
「……それは災難だったわね」
そういえば――。数日前、侍医から「おそらく女児でしょう」と告げられた時。
『……そうか。娘か』
カイル殿下はそう呟き、しばらく私のお腹を見つめていた。なぜか、その瞳を潤ませながら。
そして翌日。ギルバートが、げっそりした顔で盛大なため息をついた。
『妃殿下……昨日の殿下、本当に酷かったんすからね……』
『昨日?』
『夜中に酒瓶片手に俺の部屋へ押しかけてきて、“娘がいつか嫁ぐなど耐えられん”って、本気で泣――』
『……おい、ギルバート』
背後から、低い声がした。
『ひっ!?』
『余計なことを話すな』
『事実じゃないっすか!!』
――という事件まであった。
(まだ生まれてもいないのに、もう嫁入りの心配してるの!?)
(もはや親馬鹿っていうレベルを通り越してない!?)
***
そんな日々の一方で、復興計画も着実に進んでいた。ミモザ石鹸工房をはじめ、いくつもの商会や工房が進出を決定。道路の整備に加え、学校や診療所の建設も始まっている。本当なら、私も現地へ行きたいところだけれど――。
「視察は駄目だ」
言い出す前に却下された。
「まだ何も言ってませんわよ!?」
「身重で長距離移動など許可できない。現地はギルバートたちに任せろ」
ちなみに、カイル殿下自身も皇宮に残る。
『いつ生まれてもおかしくないのに、お前を置いて行けるわけがない』とのことだった。
***
その日の夜。
寝室へ戻ると、カイル殿下が机に向かっていた。仕事かと思ったけれど――違った。分厚い本を何冊も広げ、紙いっぱいに何かを書き込んでいる。
「何をなさっていますの?」
「命名辞典を参考に、名前を考えている」
「名前?」
背後から覗き込む。
オリヴィア。エマ。アメリア。セリア。エレノア。 その下にも、びっしりと名前が並んでいる。
「……これ、全部でいくつありますの?」
「127個だ」
「多すぎますわよ!!」
「我が子の名だぞ。簡単に決められるわけがない」
「だからって、そんな大量の候補を出す親がどこにいるのよ!?」
「まだ足りないくらいだ」
「もう十分よ!!」
よく見ると、目の下にはうっすらと隈まで浮かんでいる。
「……まさか、寝不足なのって……」
「ここ一週間、毎晩考えている」
「それのせいなの!?」
「当然だろう」
その時。
コンコン。
控えめなノックとともに、困惑した顔の侍女が入ってきた。
「失礼いたします。殿下……少々、ご相談が」
「何だ」
「先日特注された、お子様用のお召し物についてなのですが……」
「何か問題が?」
「その……皇宮の倉庫に、入りきりません……」
「……はい?」
嫌な予感がした。
***
皇宮の裏手にある倉庫。入口には、見上げるほど大量の木箱が積み上がっていた。
『新生児用』、『一歳用』、『二歳用』、『三歳用』
奥へ進むにつれて、箱のサイズが大きくなっていく。
『五歳用』、『七歳用』。そして――『十歳用』
「…………」
ゆっくりと振り返った。
「カイル殿下」
「何だ」
「どうして十歳用の服までありますの?」
「いずれ必要になる」
「ほぼ十年先ですわよ!!」
「事前に用意しておいて困ることはない」
「困ってるでしょ!! 現に倉庫に入りきってないじゃない!!」
視線を逸らされた。
「皇宮を勝手に赤ちゃん仕様に改装するわ!」
「安全のためだ」
「アンナには夜中まで質問攻め!」
「必要な知識だ」
「毎晩、名前を考えて寝不足!」
「妥協は許されない」
「子ども服を10年分用意!」
「成長する」
「そういう問題じゃないわよ!」
腰に手を当てる。
「もういい加減にしてよ! いくらなんでも限度ってものが――」
その瞬間。
「…………え?」
足元に、生温かい感触が伝った。私も。カイル殿下も。後ろに控えていた侍女も。無言で足元を見つめる。そして――顔を見合わせた。
「……たぶん……今、破水……しましたわ」
カイル殿下の顔から、みるみる血の気が引いていく。
(……魔物を前にしても、もっと冷静だったわよね!?)
「――今すぐ侍医を呼べ!!」
「は、はいっ!」
「助産師も! それからアンナもだ! 急げ!!」
侍女が慌てて駆け出していく。その時――。
「……っ」
下腹部が、ぎゅっと締めつけられた。思わずお腹を押さえる。
「ソフィア?」
「……陣痛、きたのかも」
「……!」
カイル殿下はすぐに上着を脱いだ。
ばさっ。
差し出された上着を受け取る。
「それでドレスを隠せ」
その直後――。
「きゃっ!?」
ふわりと身体が浮く。
「寝室へ戻るぞ」
「ちょ、殿下!? まだ歩けますわ!」
カイル殿下は私を抱きかかえたまま、足早に歩きだした。
「駄目だ。今は俺に任せろ」
コメント
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もう第68話か〜!ついに臨月&破水シーン!!😭💕 カイル殿下の過保護っぷりが毎話加速してて笑うんだけど、倉庫に10年分の子ども服ストックとか命名候補127個とかキャラ崩壊しすぎでしょ!でもあの冷静沈着な殿下がここまで親バカになるの、ギャップ萌えしかない⋯⋯ そして破水からの「上着でドレス隠せ」「俺が運ぶ」、もう完璧な王子様ムーブ。こんなに愛されてるソフィアが羨ましすぎるよ!!出産エピソードめっちゃ楽しみにしてます✨