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「……遅い」
カイルが、執務室の絨毯の上を何度目かも分からないほど往復している。机の上には、決裁を待つ書類が山積み。
『仕事をしながら待つ』
そう言っていたはずなのに、ほとんど目を通していない。
「出産とは、これほど時間がかかるものなのか? 侍医は本当に大丈夫なのか? 医療体制に不備があるのでは――」
「殿下、落ち着いてくださいって! 帝国一の名医と助産師が揃ってるんすから、万全っすよ!」
ソファに沈み込んだギルバートが、げっそりした顔で答える。
「本当か?」
「本当っす!」
(この確認、さっきから何回目だよ……)
そもそもカイルは、産室にまで入る気満々だった。けれど――。
『邪魔です!! 外で待っててください!』
アンナに容赦なく一喝され、さらに産室の前をうろうろすることすら許されず、すごすごと執務室へ退却してきたのが数時間前のこと。以来、ずっとこの調子である。
「殿下、気晴らしに演習場で手合わせでもします? 少しは気が紛れ――」
「ギルバート!」
「はいっ!?」
「何を考えている! 手合わせの最中に生まれたらどうする!」
「いや、終わったら戻ってくれば――」
「俺は我が子に、一秒でも早く会いたいのだ!」
「…………」
(ソフィア様への愛が重すぎると思ったら、今度は娘への愛まで重すぎだろ……)
昨夜遅く。復興計画の建設現場からようやく皇宮へ戻ってきたギルバートを待っていたのは、温かい風呂でも柔らかなベッドでもなかった。ソフィアの陣痛が始まって、完全に落ち着きを失ったカイルに捕まり、そのまま一睡もできずに朝を迎えようとしている。
(ああ……眠い……)
(頼むからマジで早く生まれてくれ……)
その時――。
バンッ!
執務室の扉が勢いよく開いた。
「殿下!」
息を切らせたアンナが飛び込んでくる。
「生まれました! 元気な女の子です!」
世羅 鈴🎨🎤
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花月夜れん
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ひより
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#ロマンスファンタジー
Jasmine
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「……っ!」
カイルが息を呑んだ。
「ソフィアは!?」
「大丈夫です! お嬢様も赤ちゃんも元気ですよ!」
「……二人とも、無事なのだな」
「はい!」
ようやく、その肩から力が抜ける。
「……そうか」
深く息を吐いた。
「本当に……よかった」
そして――。机の上に置いていた白い箱を掴み、扉へ向かう。
「ギルバート」
「はい?」
「今日の残務は任せた。至急の案件以外、俺を呼ぶな」
「え?」
「しばらく戻らん」
「ちょ、待ってくださ――」
バタンッ!
「…………」
一人取り残されたギルバートの前には、山積みの書類。赤髪を、がりがりと掻く。
「……俺、一体いつ休めるの?」
***
「ソフィア!」
「殿下。そんなに大きな声を出したら、この子が驚いてしまいますわ」
カイル殿下はベッドサイドへ駆け寄ると、真っ先に私の手を握った。
「本当に……無事なのだな」
「ええ。私も、この子も」
「……そうか」
ぎゅっ。
私の手を握る力が、少しだけ強くなる。
「よかった……」
その声が、わずかに震えた。
「本当に……無事でいてくれて、よかった……」
私は腕の中の赤ちゃんへ視線を落とす。
「抱いてみますか?」
「……俺が?」
「あなたの娘でしょう?」
「だが……」
珍しく、たじろぐ。
「……壊れないか?」
「壊れませんわよ!」
思わず、くすっと笑ってしまった。腕の中のおくるみを、そっと差し出す。カイル殿下は、まるで世界で一番壊れやすい宝物でも扱うように、小さな身体を受け取った。小さな頬へ、そっと指を添える。
「……温かいな」
じっと娘を見つめる。
「これが……俺たちの子か」
「ええ」
赤ちゃんが、ぱちりと目を開けた。
「……瞳は俺と同じ青だな」
「髪は私と同じ銀色ですわね」
カイル殿下は何も言わず、娘を見つめている。その表情は、見たことがないほど穏やかだった。
「そういえば――」
ふと思い出す。
「名前は決まりましたの?」
「ああ」
「127個の候補から、ようやく?」
「最終的には163個まで考えた」
「増えてるじゃない!!」
「だが、ようやく決めた」
娘の小さな手へ、人差し指を差し出す。
きゅっ。
小さな指が、それを握った。
「…………っ」
その表情が、一瞬で蕩けるように緩んだ。
「セレナだ」
「セレナ……」
「ああ」
もう一度、確かめるようにその名を口にする。
「この子が、皆の光となるように」
「……素敵な名前ですわ」
名残惜しそうにセレナを私の腕へ戻すと、カイル殿下はふと思い出したように顔を上げた。
「……渡したいものがある」
部屋へ入る時にサイドテーブルへ置いていた、白い箱を手に取る。
「あら、何ですの?」
蓋を開けると――中には、真新しい白いクマのぬいぐるみが入っていた。
「これ……もしかして」
「ああ」
カイル殿下が頷く。
「俺の執務室にあるものと、同じものだ」
以前見たことのある、ずいぶん古びた白いクマ。
「あれは、俺が生まれた日に母上が贈ってくれたものだ」
「……お母様からの贈り物だったんですのね」
「ああ。皇族には、生まれた子が健やかに育つよう、親がぬいぐるみを贈る習わしがある」
そう言って、セレナの隣へ白いクマをそっと置く。
「だから、これは俺からセレナへの最初の贈り物だ」
「きっと、この子も大切にしてくれますわ」
「ああ」
――そこまでは、よかった。
「安心しろ、セレナ」
「……?」
突然、表情がきりっと引き締まる。
「お前のことは、俺が必ず守る。セレナの隣に立ちたいという男が現れたら、まず俺が直接見極める!」
「生まれたばかりですわよ!?」
「何を言っている。当然だろう」
(まさか……)
(私だけじゃなくて、娘にまで過保護が広がったの!?)
「少なくとも――俺より弱い男には、絶対に任せられん」
「基準はそこですの!?」
「どうしてもセレナと結婚したいというなら――」
至極真面目な顔で言い放つ。
「まず俺を倒してからだ!」
「一体何年先の話をしてるんですの!!」
すると――。
ふわぁ……。
何も知らないセレナが、小さくあくびをした。それを見た途端、さっきまでの険しい顔が嘘のように柔らかくなる。
「……本当に可愛いな」
「……ふふ。そうですわね」
窓から差し込む朝日が、私たち三人と、小さな白いクマを柔らかく照らしていた。こうして――世界一、愛が重すぎるパパが爆誕したのだった。
コメント
1件
わあ、もう、おめでとうございます!そしてお疲れ様でした…! カイル殿下のあのそわそわした感じ、ギルバートさんが疲れ果ててるのも全部可愛くてたまらなかったです(笑)「まず俺を倒してからだ!」は生まれたての娘に言うことかとツッコミたくなりましたが、そんな過保護っぷりも愛おしい。白いクマのぬいぐるみ、受け継がれていく温かさが本当に素敵でした。セレナちゃん、すくすく育ってね…!