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ルナ
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# 軍港の少年寒い暖炉の中ドイツはこう言った
「君も、子どものころにどうしても忘れられない失敗があるだろう?」
ドイツが静かにコーヒーを置いた。
向かいに座る日本は苦笑する。
「……ありますよ。」
「聞かせてくれないか。」
日本は少し黙り、窓の外を眺めた。
港が見える。
昔と変わらない海。
その景色を見た瞬間、胸の奥にしまい込んでいた記憶が蘇った。
あのころ、僕は軍艦模型を集めるのが好きだった。
古い駆逐艦、巡洋艦、戦艦。
小遣いを何か月も貯めて、一隻ずつ増やしていく。
それが何より楽しかった。
だけど、隣町に住むアメリカは違った。
「見ろよ! 新作の空母だ!」
友達が集まるたび、彼は大きなガラスケースを開ける。
限定生産の模型。
海外製の精密キット。
誰も持っていない試作品。
「すごい……。」
みんなが目を輝かせる。
僕も、その一人だった。
だけど。
「これ? 父さんが海外で買ってきてくれた。」
「こっちは世界に百個しかない。」
「これなんか、日本じゃ売ってないぞ。」
聞けば聞くほど胸が苦しくなる。
(どうせ僕には買えない。)
(また自慢だ。)
(そんなに見せびらかしたいのか。)
そう思うたび、彼の笑顔が少しだけ嫌いになった。
ある雨の日。
アメリカは言った。
「ちょっと待ってて。飲み物持ってくる。」
ガラスケースだけが部屋に残る。
(少し見るだけ。)
僕はケースを開けた。
一番奥。
黒く塗装された大型戦艦。
息をのむほど美しかった。
「……触ってみたい。」
指先が船体に触れる。
その瞬間。
カタン。
模型が傾いた。
「しまっ――」
ガシャッ。
砲塔が床へ転がる。
艦橋が割れた。
マストが折れた。
僕の頭は真っ白になった。
(どうしよう。)
(直さなきゃ。)
焦るほど部品は増えていく。
接着剤を探していると、
「……何してる?」
振り返る。
アメリカだった。
手にジュースを持ったまま、立ち尽くしている。
彼はゆっくり模型へ近づいた。
折れたマスト。
砕けた砲塔。
散らばる部品。
何も言わない。
その沈黙が、怒鳴り声より怖かった。
「……ごめん。」
ようやく出た声は震えていた。
アメリカは模型を持ち上げる。
壊れた船首を、親指でそっとなでた。
「これさ。」
静かな声だった。
「じいちゃんが最後にくれた模型なんだ。」
胸が締め付けられる。
「もう手に入らないんだ。」
僕は言葉を失った。
アメリカは僕を見た。
怒っているわけでもない。
泣いているわけでもない。
ただ、とても悲しそうだった。
そして、小さく息を吐いた。
「……やっと分かったよ。」
僕は顔を上げる。
「君が欲しかったのは、この模型じゃなかったんだね。」
その一言だけ残し、彼は壊れた模型を抱えて部屋を出ていった。
僕は追いかけられなかった。
「……それで終わりです。」
日本は苦く笑った。
ドイツはしばらく黙っていた。
「そのあと、謝れたのか?」
「何度も謝りました。」
「許された?」
「分かりません。」
日本は窓の外を見る。
「あの模型は直せました。でも、あの日の空気だけは、最後まで元には戻りませんでした。」
今でも模型店のショーケースを見るたび、僕は思い出す。
あの日、本当に壊してしまったのは、模型ではなく、友人との信頼だったのだと。