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「なんだよ急に」
「油買うの忘れてた…。これじゃ揚げ物できないよー…」
「……」
「もう、蒼がスーパーでごちゃごちゃ言って、どうでもいいものまで買わせるからだよっ」
「俺のせいかよ」
蓮はいそいそと薄っぺらいカーディガンを羽織ると、財布を持ってリビングから出て行こうとした。
「ちょ、ちょっと待てよ」
ぱしっと、すかさずその手をつかんだ。
「今から買いに行くのか?」
もう真っ暗で人気も少ない。
女ひとりで出歩く時間じゃないだろ。
「コンビニ行けば小さいのくらいあるでしょ。あのすぐ近くの交差点のところに行ってくるから」
「俺が行く。おまえは待ってろ」
「いいよ。
置いてあるものを実際に見ないと、何本買えばいいかもわからないでしょ」
ああ言えばこう言う…。
ったく。
「じゃあ俺も行く。あと、その格好で行くのもやめろ」
「ええ?いいじゃん、着替えるのめんどくさいしー。だめ?」
「だめだ」
思わず声にも力が入る。
当然だ。
そんな無防備な格好で、こんな夜中に外出なんて…。
と言うか、そんな心配以前に、他人におまえのそんな姿を見せること自体が、我慢ならねぇんだよ。
もっと自覚しろよ、バカ蓮。
けど、蓮は相変わらずムスリとした表情を浮かべてる。
「なんか上に着て来い」
「着てるじゃん」
「もっと長くて厚いのだ」
「そんなの無いよっ」
これじゃあ過保護な親と子供のやり取りだな…。
けど俺は必死だった。
「ほら。これ昨日洗濯したばっかだから、羽織れ」
と、俺は持って来ていたスポーツバックをあさると、ジャージの上着を出して、蓮に羽織らせた。
長めのデザインをしているけど、膝上までしか隠れない。
けど、ないよりずっとマシだ。
「…大きすぎるんだけど」
「当たり前だろ」
蓮は真っ赤になりながらにらんできた。
「はずかしいよ…っ」
「うるせぇな。今日は俺の言うこと、なんでも聞くんだろ」
「…」
「ほら、袖通せよ」
しぶしぶと袖を通して腕まくりをするけれど、すぐにズルズルと落ちてきてしまう。
かろうじてちょっとだけ指が出るのであきらめた蓮だったが―――
なんか、ヤベ…。
俺は思わず緩みそうになる口元を手で隠した。
これは…俗にいう萌えってやつじゃないだろうか。
勝気で態度が大きいから意識してなかったけど…やっぱり蓮も、か弱い女ってやつなんだよな。
俺のジャージを羽織っている姿は、いつもよりずっと華奢で頼りなく見えて胸が騒ぐ。
また恥ずかしそうにしている表情がたまらなくて…
すげぇ可愛い…。
「…ほら、早く行くぞ」
襟の中に入っていたポニーテールを出してやると、
俺はブカブカの袖の上から細い手首をつかんで玄関を出た。
※
真っ暗な住宅街はほとんど通行人がいなかった。
たまに通り過ぎると言えば、ジョキングに精を出すおじさんくらい。
車すら全然で、時折ガラの悪そうなカスタム車が遠慮ないスピードで横切っていくだけだ。
やっぱり、ついてきて大正解だ。
蓮も最初は不機嫌そうにスタスタ歩いていたけど、
しだいに速度を落として、今は俺に合わせるように歩いている。
「近くとは言え、こんな暗い時間にひとり歩きなんて絶対するなよ。物騒な世の中なんだから」
「……」
「なにかあった後じゃ遅いんだからな。美保さんに心配かけたくないだろ」
「…わかったよ」
しおらしくなっているのをいいことに、俺はさらに説教を続ける。
「あと人前でそういう格好も控えろ」
「…は?いいじゃないジャージ羽織ってるんだから」
「今の話じゃなくて、家にいる時の話だ。美保さんといる時は、今の格好でもいいかもしれないけど……今夜は俺もいるんだから」
蓮は意味不明なことを聞いたとのばかりに、眉間に八の字を作って俺を見上げた。
「…え、なんで?」
なんで、って…。
「いや…だから…美保さんは家族だけど、俺はちがうから…」
「蒼だって変わんないでしょ。…蒼だって、家族みたいなもんだよ…?一応」
紅い顔でぽそりと言った蓮の言葉に、
きっと悪意は全然ないんだと思う。
けど、それだけに、
俺の胸はずきりと鈍く深く痛んだ。
「ああそ。家族、ね」
つまりは、『男』と見てないってことか。
「なに?その意味深な反応」
「…別に」
そうこうしている内に、コンビニが見えてきた。
最近のコンビニって、なんでも売ってるんだな。
油は欲しかったサイズが置いてあった。
さぁ、帰って夕飯だ…と思いきや、蓮はデザートコーナーの前に立って動かずにいる。
賞味期限間近で安くなっているプリンを買おうか買わないかで悩んでいた…。
はぁ、女ってどうしてこう甘いものに弱いんだか。
待ちあぐねた俺は、コンビニの外で待つことにした。
ああサバサバした性格だけど、蓮は実はけっこう優柔不断だったりする。
ったく…プリンの他にロールケーキも候補にいれやがった…。
けど、甘いものを前にして真剣に悩んでいる姿は、なかなか見ごたえがあった。
悩みあぐねて、くるくる変わる表情や頬に指を当てる仕草は、
無邪気って言っていい可愛さで、ツンとして大人びている普段とは全然ちがう感じだ。
…でも多分、俺が横にいて、あれこれ茶々いれたら絶対見せない姿だよな。
そう考えると、じくりと胸が痛むけど。
なんて見つめていたら、その時だった。
「な、あのジャージ着たコ、すげーイケてね?」
「あ?お、ほんとだ。イイねぇ」