賢人さんはまだ資料を読みながらむずかしい顔をしていたけど、この写真をしばらく眺めたあとは慌てて郷土史と見比べ、大きなため息を吐いてしばらく黙ってしまった。
説明もなく、俺たちにはなにが起こったのか分からない。それでもしばらく待っていると、賢人さんはもう一度息を吐いて顔を上げた。
「──君たちがあれの調査に行ってくれたことは感謝するよ。たぶんこれが、三科家から解放された座敷わらしを再び閉じ込めてしまった呪式だ」
「呪式って……」
ファンタジーやホラー作品でよく出てくる、魔術的なものが頭に浮かんだ。
「明治八年、座敷わらし供養の標(しるし)、三科家って刻まれてるだろう」
「しるし? 普通こういうのって、慰霊碑とか言うんじゃ」
「そうだね優斗。だけど一般に碑は、銘文を刻むこと自体を目的としたものなんだ。だけど──君たちが見たものは、一見して墓だと分かるものだったんだろう?」
俺と優斗は顔を見合わせ、揃って頷く。賢人さんは、そうだろうねと返答した。
「生き残った兄弟はね、きちんと墓のつもりで建てたんだよ。ここに書いてある」
見せられたのは郷土史の一ページだ。さっきみんなで読んだものより、数年後部分らしい。さっきと同じように指で追いながら、賢人さんは現代語訳して話してくれる。
「明治八年四月。明治三年に三科家で発見された死体が、三科家長男清久が十五歳を迎えたのを機に、供養されることとなった。寺に安置されていた遺体は改めて供養を受け、明笠山の中腹に埋められる。死体は天明二年に開かずの間に閉じ込められた、妾の子と判明している。しかし名前がないため、墓銘もしないという。今後は三科家にて手厚く祀っていくらしい」
相変わらず、こんなのたくった文字をよく読めるなぁなんて少し感心しながら、やはり呪式というのが分からない。
「供養してもらったのに、なんで成仏しなかったんだろう」
「それはね陸くん、ここに座敷わらしと刻んでしまったからだよ」
「え?」
賢人さんが指さしたのは、俺たちの撮影してきた写真だ。
「この下に埋まっているのは座敷わらしだと、名を固定してしまった。形のない曖昧なものっていうのはね、名前によってその性質を縛られてしまうんだ」
「……よく分からないです」
「例えばあの花瓶に生けられた花。見た目は綺麗だけど、口に入れると下痢と嘔吐を引き起こす毒なんだ」
「え」
「というのは嘘だけど、二人とも、信じたよね?」
にっこりと笑った賢人さんの言葉に、俺と優斗は瞬き、顔を見合わせて首を傾げた。
「う、嘘なんですか?」
「嘘だよ。例えばスイートピーやシクラメンは観賞用の毒花だけど、あれは違う」
嘘なのかとホッとする気持ちと、挙げられた二つの花が毒だと知って驚く気持ちが一緒になって、変な顔をしていたかもしれない。賢人さんは少し笑ってから、深刻な顔をした。
「いま僕は『正体が分からないものに対して属性を付与』したけど、名前はそれ以上に重いものだ。名は体を表すと言うだろ? 軽々しくつけるものじゃない。まして座敷わらしだなんて、名前とともに誰でも想像する属性が付随している。正直、最悪の名付けだ」
「じゃあ、どうしたらよかったんですか?」
俺の言葉に、賢人さんは沈み込むように上半身を屈めていく。
「妾の子で、生前名もなかったとあったから──近所の噂通り座敷わらしとして供養したんだろうけどね。せめて墓銘に三科家縁者の墓と入れていれば、違ったかもしれない」
「どういう風に?」
「少なくとも人間として供養できたはずだ」
なるほどと、優斗が頷く。
確かにそれなら死体は座敷わらしとしての役割を終えて解放される。新しく三科家で座敷わらしが祀られたとしても、別の座敷わらしということになったのかもしれない。
だけど墓に座敷わらしだなんて彫ったせいで、そうはならなくなった。
「もしかしたらこれまで通り家を守ってもらいたい、なんて思惑もあったのかもしれないけど……発見時に恨みを書き付けたノートまで見つかってるんだ。そんな相手を、利用し続けようなんて虫がよすぎた」
「それがこの事態の原因なんですか?」
「ああ、いや──今のは僕の推論でしかない。本当に呪いだとかそういう原因なのかどうかは、まだ分からないよ。ただ」
賢人さんはメモ帳に、ボールペンを走らせていく。
三科家では明治時代、正体不明の死体が見つかってる。
この人物が書いたであろう、恨み言の書かれたノートも見つかった。
その後三科家の人間は、幼い兄弟を残して全滅。
兄弟は当主の妹夫妻に引き取られ、兄の元服頃、当主として死体を供養した。
この頃には遺体の正体が、天明二年に死んだ妾の子(名ナシ)だと判明している。
供養墓に墓銘はなく、座敷わらしの標と書かれた。
ここまで書ききり、ふむと低い声が漏れる。
「開かずの間で発見されたノートが気になるな。恐らく天明二年に死んだってくだりは、このノートに書かれていた情報だろう。気味が悪いと燃やされた可能性もあるけど、座敷わらしと目された人物が書いただろう物だ、残してあってもおかしくない。あと──三科家は全滅したけど、妹夫妻はここに含まれなかったって部分」
ぐるぐると赤いボールペンで印をつけた賢人さんは、唇を尖らせて何度も舌を鳴らした。
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想像を超える三科家の罪……