「なんで妹夫妻は家族と見なされなかったのか。家父長制度から考えれば、他家に嫁いだ娘はその家のモノ扱いだけど──日本全体に家父長制が定着したのは明治頃。死亡時期が天明二年で、江戸時代中期だ。自治組織の権力者が武家の家父長制を真似ていた頃かもしれない。そういえば三代子おばさんには孝太さんの他に、嫁いだ娘さんがいたな。しきたりにある飲食禁止の法がそっちに適応されないなら、やはり結婚した女性はもう三科家と見なされないのか? 死体の人物の認識では女性は家の持ち物という考えなのかも……」
「じゃあ、なんで大おばさんは死んだの?」
「あの人は……一度家は出たけど、一番最初に子どもができたことを理由に出戻ったって聞いてる。だから嫁いで他家の人間になったとは思われなかったんだろう」
推論だと言われたけど、賢人さんの言葉を聞いていると、それが真実に思えてくる。
流されやすいと言われてしまえばその通りなんだろうけど、説得力を感じてしまうんだから仕方がない。俺の中ではすっかり、これこそが三科家の座敷わらしにまつわる正しい解説なんだと思ってしまっていた。
優斗も、真剣な顔で聞き入っている。
「兄弟が生き残った理由は?」
「死体を発見したのが、この兄弟だったのかもしれない。かくれんぼで隠し部屋を発見した話なんかは外国でもよく聞くし、だとすると死体の人物にとってこの兄弟は自分を解放してくれた恩人だ。恩を感じていれば、命を見逃す理由にもなるだろう。本当のところは分からないけどね」
念を押すような賢人さんの言葉に、優斗は重い重いため息を吐いた。
「……座敷わらし……今はどういう状態なのかな」
これに、俺はドキッとした。
あの日見た、気味が悪い夢を思い出したからだ。たった二日前のことなのに、いろいろなことがありすぎて、すっかり忘れていた。
俺の頭を撫でながら、ありがとうと繰り返し言っていた誰かの夢。
花柄の着物、冷たい手、泥まみれの指と、あの感触。
夢の中で見たあの人は、なんて言ってた?
背筋を寒いものが駆け上がり、俺ははっきりと震え上がっていた。
「あ、あの」
震えた俺の声に、二人の視線が集まる。
「……陸、大丈夫か? ものすごい顔色だぞ」
「うん……大丈夫、だけど」
夢のことを話すべきだと思ってるのに、頭のどこかに、夢を大げさに話すなんて馬鹿げていると思う気持ちがある。それが俺の目を泳がせて、言葉を詰まらせていた。
なんなら、あの夢に出てきたのが座敷わらしだなんていう保証はない。それでもうっかり声を上げてしまった俺を、二人はじっと見ている。
居心地が悪かった。
「笑わないでほしいんだけど──優斗と墓を埋めた日、夢を見たんだ」
「夢?」
「うん、知らない人に感謝される夢。その人はその、なんて言うか。……頭の上にある重いものをどけてくれたって、俺に感謝したんだ」
この言葉に、二人が息を飲んだのが分かった。俺と同じことを考えたんだ。つまり、縛られていた座敷わらしが解放されて、今は三科家が全滅しそうになっているのかも、と。
もしそれが本当なら──ただの客としてここに来ている俺と、三科家とは血が繋がっていない賢人さん。それと座敷わらしの解放に一役買った優斗以外、全員死ぬかもしれない。
つまり、優斗の両親である大輔さんや茜さんもってことだ。
優斗の目が泣きそうに歪んで、茜さんを振り返った。疲れ切った桜さんと二人でなにか話している。お互いに背中をさすり合っている姿に、限界が近いんだろうと察しがついた。
これ以上死人が出たら、少なくともあの二人はきっと、心が壊れてしまう気がする。
「賢人さん、もう一回封印ってできないのかな。もう一回山に行って、墓を組み立てて、ごめんなさいって謝って……!」
「……どうだろう。以前は遺体があったから、名前を与え供養することで封じられたんだろうと思う。だけど埋葬されてからもう百五十年だ。……骨だって、もう土に還ってる」
心から悔しそうに、まるで納得できない判決を言い渡すように話した賢人さんの言葉に、優斗も肩を落とす。打つ手がないと思ったんだろう。
実際、詰んでることに変わりない。座敷わらしをどうにかして三科家に縛らないと、目の前で人が死に続けるかもしれない。なのに、それを止める手段なんてないんだから。
せめて座敷わらしに関係しているものが一つでも残っていれば、それを埋めて代用できるかもしれないのに。
──ここまで考えて、気づいた。
「ノートだ」
呟いた俺に、賢人さんが目を見開く。
「そうか、ノートだ」
「だよね!? ノートがあれば、もしかしたら……!」
頷き合って立ち上がったオレたちに、優斗は目を白黒させて戸惑っていた。
「え、なに? ごめん、わかんな──」
「座敷わらしの死体が見つかった場所にあったっていう、恨み言ばっかのノートを探すんだ。そいつを座敷わらしのシルシにして、墓に納めたらさぁ……!」
そこまで言って、分かったらしい。ずっと強ばっていた優斗の目に光が入った気がした。
そういうことならと、ガリガリと頭を掻く。
「昔は蔵があったって聞いたけど、管理が面倒で、所蔵品を売り払って壊したらしいんだ。でも座敷わらしに関係するものは全部残したって聞いたから、絶対どこかに……」
コメント
1件